足首を切ってください(在宅医療)
認知症で寝たきりとなった方の膝関節が曲がったまま固まってしまった。
それ自体は別に珍しくない事象なのであるが、この方の曲がり方は半端ではなく、膝関節を境にして上下の足がぴったりとくっつくような状態となってしまったのである。
そしてほどなく膝関節より末端(足先の方)の血流障害。
しまった・・と思っても後の祭り。
今更足が伸びる訳もなく、整形外科を受診させたところ即座に下肢切断を言い渡された。
90歳を過ぎて寝たきりで認知症・・ご家族も手術に踏み切れず、容態の悪化を覚悟の上でそのまま経過を見ることになった。
その結果、次第に足首より先が壊死(腐ること)が進行し、まるで黒い靴下を履いたような状況となり、そこに感染が加わった。
ほどなく感染は全身に広がり、短期間で不幸な転帰をとる(すなわち亡くなられる)であろう・・という私の予想は大きく外れ、足は肉がそげ落ちて骨が露出するという凄惨な状況となったが、当のご本人は至って平穏。
激しい痛みも訴えることもなく、高熱を出す訳でもなく、食事もいつもと同じようにとられていた。
ご家族に再度の整形外科受診についてお話してみても、そんなことを考えているそぶりはさらさらない。
今まで通り先生に診てもらいます・・って、実はその先生はとても困っている。
とりあえず消毒はして、時間だけが過ぎていく。
壊死が始まって半年近くが経過したある日、訪問看護から連絡が入った。
「体位の変換をしたら足首から先だけが変な方向を向きます。このままだと体位変換の時に事故が起きそうな気がするので、足首を切断してくれませんか」
爪や髪を切るのと訳が違うのである。
腐ってもそれは足。
泌尿器科の医者が、しかも在宅で足を切断なんてしていいものなのか。
気が小さい私は「やだ」と突っぱねることもできず、しぶしぶ足首を切断する羽目になってしまった。
電気メス、コッヘル、はさみ等々を準備しながら、私はふと、ある事に気がついてしまう。
身体から切り離された足首はどうすればいいのであろう。
診療所に持って帰る訳にはいかないし、ご家族に処理をお願いする訳にもいかない。
裏山に埋めて知らんぷりなんてのは下手したら警察案件になりそうである(マスコミが飛びつきそうなネタだなあ)
そこで役場に電話。
すると生体分離(というのだそうだ)の場合の火葬手続きを教えてくれた。
ところがいろいろと話をしているうちに、私はまたまた奇妙なことに気がついてしまう。
歯が抜けてわざわざ火葬にする人はいない。
手術で摘出した臓器は火葬にされてたか?
その筋の方が切断した小指が火葬されているなんて話は聞いたことがない。
結局は不思議なことに、身体のどの部分のどの大きさだと火葬にしなければならないなどという明確な取り決めがないのである。
取り決めがないのであれば、明確な罰則規定もないのではないか。
それなら手っ取り早く裏山に・・って、こらこら。
そしてその方の足首は無事に切断され、小さな棺に納められて火葬された。
ちなみに私と役所との会話には続きがある。
「もし足首を切られた方が亡くなると、あらためて火葬する訳ですよね」
「それが何か?」
「その場合、火葬費用は少し安くなるんですか? 足首の分だけ前払いしてる訳だし」
「なりません!」