創作の原動力:柚木沙弥郎と75年の型染めの道
階段を一段一段、懸命に登るその先には、まるで巨大なおもちゃ箱のようなアトリエが広がっていた。そこには、色と形が踊る世界、遊び心に溢れた楽園があった。アトリエの主、柚木沙弥郎さん。彼の創作人生は、驚きとワクワクに満ちた旅そのものだった。
おもちゃのようなアトリエと「面白い」という哲学
柚木さんのアトリエには、布の上に施された型染めの模様が無数に並んでいた。丸、三角、四角――シンプルな形が放つのは原初のエネルギー。布と響き合う模様は、そぎ落とされた北欧のデザインのようにシンプルでありながら、親しみやすさと温かさを感じさせる。
柚木さんが「面白い」と感じることを原動力に、日常からインスピレーションを得てきたことは、アトリエを見渡すだけで明らかだった。「発展の宝」と呼んで大切にしてきたスクラップブックは80冊にも及び、その中にはバスの中の人々の姿や爪の形といった身近なものが、模様の源として記されている。
「何気ない日常が楽しいと感じられるとき、創作のアイデアは湧いてくる」と語る柚木さん。その精神は、布を眺める私たちにも伝わり、「ワクワクが止まらない」という感情を引き起こす。
倉敷から始まった創作の旅
1946年、東京の家を空襲で失った柚木さんは、倉敷に新しい生活を始めた。当時24歳。大原美術館で働きながら、染色家・芹沢銈介の型染めカレンダーと運命的な出会いを果たす。「模様というものの存在を初めて知った」と語るその瞬間、彼の心に火が灯ったのだった。
芹沢氏の勧めで江戸時代から続く静岡の染物屋で修行を始め、1948年に倉敷で独立。沖縄の伝統的な紅型を自身の感性でアレンジした初めての布作品を生み出した。黒と鮮やかな色彩が響き合うその作品は、彼の創作人生の幕開けを象徴する一枚となった。
日常の中にある「模様」の発見
あるとき、柚木さんが閃きを得たのは、通り過ぎるバスを何気なく眺めていたときだった。座席に座る人々の姿を模様に昇華する――そんな視点の転換こそが、彼の創作の鍵だった。さらに、「爪の形が面白い」と気づいたときには、色とりどりの曲線を帯の模様に落とし込んだ。
柚木さんの創作は常に「楽しい気持ち」から生まれる。「何でも面白いと感じるとき、人は新しいものを生み出せる」と語るその言葉の裏には、彼自身の生き方が宿っている。
101年の生涯と受け継がれるワクワク
2024年1月、柚木沙弥郎さんは101歳でその生涯を閉じた。しかし、彼が残した作品や思想は、今も私たちに「ワクワクする気持ち」を伝え続けている。75年にわたる創作活動の中で、彼が追い求めたのは「誰もが楽しめる模様」だった。
「新しい模様が思いついたときは、子どものように嬉しい」。そう語る柚木さんは、どんなときでも純粋な気持ちを大切にしていた。アトリエの中にあふれるカラフルな模様と遊び心は、彼自身の生きた証であり、見る人の心を動かす魔法のような存在だ。
「ワクワク」を感じる日常を。柚木沙弥郎さんの型染めの道は、私たちにもその喜びを教えてくれる。日常の中に隠れた模様を見つけることで、世界はもっと楽しくなるのかもしれない。