直木賞作家さんに文章と構成だけほめられたやつ晒しとくので踏み台にどうぞ


タイトル通りで。
先日の、小説講評イベントに出してきた成果物。
評価の先生はタイトルまんま、直木賞作家さんと、小説の評論家のかたでした。
もともとネットに晒してあるもんなのでこっちでも晒しておきます。

直木賞作家さんには「このまま悪いとこ直さないのはすごくもったいない」て言ってもらいました。お気を遣っていただいて、本当にありがたいです。指摘いただいたものは、せっかく指摘いただいたので、直せるだけ直してあります。
創作者の方におかれましては

「あ、へぇ~?? この程度の文章が”うまい文章”扱いなんだ~~?? ふ~~んこれくらい余裕で書けるし~~」

とか思うためのひとつの肥やしにしていただければ。
文章の上手い下手ってパッと見てわかるもんじゃないし、うまいにも色々方向性あるし、あくまで参考程度に。
創作者諸氏の書かれる諸々の物語が、いつか私を萌えさせる事をガチめに強く心から願って。

尚、ほめられると同時にくっそ怒られてきたので、本当に構成と文章だけの参考作にございます。
構成は漫画の王道「起承転覆結」ですが、さすがプロ作家さんはもっと緻密な読み取りをされてました。
転が3つくらいあって、結も2つあるらしいです。そんなにあるっけ!!? てなったけどあるらしいです。
創作者さんは「転を3つ見つけられるのがプロ……らしい」て粗さがし感覚で探してみていただければ。粗しかないから見つけるの大変だと思います。

評論家のかたにはPN(=HN)もダメ出しされてきました。漫画だとこういうPNは近年、わりと普通だと思うんですけど、小説だとダメらしいです。
仮名一文字のHNは、木を隠すなら森の理屈で、検索よけに有効です。
評論家のかたには段落についてもくっそ怒られてきたんですが、直木賞作家さんは理解を示してくださったので、段落云々はあんまり直してません。

創作者の皆さまは、本日までの創作大賞、楽しんで走り切ってくださいますよう。
物語をくわないと病む人間は一定いるので、色んな物語が生まれますよう。
翻訳小説みたいな金融ノンフィクションの応募作、あるといいなぁ。

以下参考作↓↓

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『信』

 先生は戸惑われるかもしれませんね。
 荒唐無稽な話ですから。
 信じてくださらなくていいんです。
 ただ、もう、事件から3年ですから。
 ようやく、最近、向き合えるようになってきたんです。
 遅いかも知れないですけど、何でも遅すぎる事はあんまりないって、先生、前のセッションでおっしゃってくれたから。

 ずっと考えてたんです。
 どう言えばいいかわからなくて。
 色々、調べたんです。
 妖怪辞典とか、読んで、はは、もうこの時点で、て感じですよね。
 いいんです、おかしいと思われても。
 でも何回も言うのはつらいから、警察には先生から伝えていただけますか。
 守秘義務とかあるから、ダメですか?

 ありがとうございます。先生、優しいですね。
 じゃあえっと、美里ちゃんとは、大学の登山サークルで仲良くなって、社会人になってからもよく、いろんな山に登ってたんですね。
 社会人きつーい、ビルの森つらーい、満員電車無理~、体動かしたーい、自然に癒されたーい、そうだ、山に行こう、爽やかに汗かこう~って。

 そうですそうです、事件のあった日も、ノリで行ったんです。
 あの日も、美里ちゃんが誘ってくれて、時期の割に空いてる山があるらしいって。
 私たち登山はよく行きましたけど、誘ってくれるのはいつも美里ちゃんからでした。
 美里ちゃんは、積極的っていうか、行動力のある人なんです。
 私なんかいっつも待ってるばっかりで、だいたいいつも、そろそろ美里ちゃんからお声がかからないかな、て、思ってたんですよ。
 3ヶ月に一回くらい、もうほとんど定期的に、美里ちゃんが誘ってくれるんです。
 宿とかロッヂとか、景観ポイントも、全部調べて、私が「レンタカー手配しよっか」ていう頃には「もうしちゃった」とか言って。
 美里ちゃんはそういう子なんです。
 大学の頃からずっとそうです、山登るためにジムとか行きだして。
 私は、だからテント張りとか、運転とか、お弁当作ったりとか、そういう現地での仕事で、なるべく役に立とうって。
 でもあの日は、社会人でしたし、連休明けたら仕事もありますから、そういう本格的なのじゃなくて。
 ほんのハイキング程度の気持ちだったんですよ。
 一日で行って帰って来られる山だったんです。
 普通に、登山道とか整備してある山に登ったんです。

 はい、そうです。蔵王の、その山です。
 晴れてたし、森が鬱蒼としてたとか、そんなこと全然なくて、でも今思うと、すごく静かだったなって。
 だって、沢の音、はい。事件現場の沢です。

 沢にですね。
 行こうってなったのは、聞こえ過ぎるくらい、水音が聞こえたからなんですよ。
 「水の音がする」て気づいたのは美里ちゃんです。
 「暑いし、足でも冷やそう」て登山道外れて、水音の方に行きました。
 そこは、警察にもお話しした通りです。
 誘ってくれたのは美里ちゃんです。いつもそうです。誘うのは美里ちゃん。
 蛇にだけ気をつけようって、ごつめの登山靴履いてたから、足が蒸れるよね、て、話しました。
 登山道の入り口に駐車場があって、車停めてたんですけど、そこまで歩いて三十分もないし、ちょっと足冷まそうって。

 行ってみたら結構小さい沢だったのに、しゃらしゃら~って、流れる音がよく聞こえて、だからちょっと見ていこうかってなったんです。
 そんな高い山じゃなかったし、下山途中で暑かったし、油断してたっていったらそうなんですけど、だって小学生とか林間学校で登る山なんですよ。
 あの辺は、水が透明で、底まで見えて、すごく綺麗なんです。
 だからちょっと清流観光みたいな、そんな、その程度の気持ちだったんです。

 十五時頃?
 そうです、そんくらいの時間です。
 全然なんか出るって感じしないじゃないですか。
 ゴールデンウィーク後でしたし、暑かったし、晴れてたし、明るいし。
 でも考えてみたらおかしかったんですよね。
 だって気軽に登れる登山道で、めっちゃ整備されてるのに、本当、誰とも会わなかったんです。
 だから私容疑者扱いされたてんですけど、はは、猟友会の方に、そこは、感謝してます、本当。

 沢は登山道外れたとこにあって、音を頼りに行きました。
 本当、道外れるから、蛇だけ踏まないよう気をつけて。
 麓まで、歩いて三十分なくて、近いですから。
 野生動物も降りて来ないだろって思って。
 沢は普通に綺麗でした。
 河原の石も丸くてすべすべして、ようこそって感じで開けてて。
 透明っていうか、泡が白くて、銀色に反射する、みたいな、そういう沢です。
 反対側も河原になってて、水深も、浅いとこなら膝までないくらいで底まで見えて。
 真ん中の方は少し深めで底も見えなかったから、浅いとこでパシャパシャやってました。

 なにがダメだったんですかね。
 どっからダメだったんですかね。
 そこでそのまま、1時間くらい話し込んじゃったのがダメだったのかな、早く帰ればよかった。
 すみません、やっぱり泣いちゃった。はは。

 気持ちよかったんですよ。
 太陽にあっためられた石河原とか、ぽかぽかで、でも足元だけ綺麗な水が流れてて、晴れてて、静かで、社会人3年目で。
 ボーナスの話とかしました。
 いくら下がったとか上がったとか。
 ゆうて趣味に時間使えて、こうして美里ちゃんとも定期的に会えて、仕事慣れてきたし、責任重い業務とか面倒みなきゃない部下とかまだいないし、今が一番幸せなんだろうな、て。

 包丁見つけたのは、その後です。
 そろそろ行かないと暗くなるねって話して、GPSで登山道割り出して、ちょっと近道のつもりで、沢に沿って歩いて、途中で見つけました。
 そうです、証拠で押収された包丁です。
 持ってきたんじゃないです、本当に、落ちてたんですよ。

 包丁は錆びてました。川水のせいだと思います。
 結構刃渡りがあって、中華包丁? 四角いやつです。
 見つけた時はびっくりしましたし、もう二人とも足止まったくらいで。
 こわいこわいこわいこわい、て後ずさったんですけど。
 三歩ひいた辺りからもう、笑えてきちゃったんですけどね。なんかシュールじゃね? て。 え、殺人事件? とか言って、はは。

 麓も近いし、釣り人が魚捌くのにつかったんじゃないかって。
 このまま放置して、水や土に錆びの成分が染み出したらやばいよね、て。
 美里ちゃんが言ってくれたんです。
 美里ちゃんは、しっかりした子だから。
 現場での仕事は私の担当だと思ったから、アクティブモンスターの美里ちゃんに拾わせる前にって、軍手してたし、私走ってって、摘み上げました。
 ええ。包丁を。

 包丁までの距離ですか? ほんと、数歩でしたよ。
 警察にも何回も聞かれましたけど、包丁までは、五mなくて。
 でも、私が先に動いちゃったから。

 いつそいつが出てきたのか、私は見てないんです。

 ただ、美里ちゃんが叫んで、私すっごいびっくりして振り向いたら、もうその拍子に美里ちゃんがすごい勢いで走ってきて、腕掴んで、そのまま私引っ張られて。
 包丁はその時落としました。
 落としたんです。
 後ろから、ばしゃばしゃ水割って、なんか、誰かが追ってくる音がしました。

 誰かは、わかりません、でした。その時は。美里ちゃんがぎぁーって叫んで、そんな声聞いた事なかったし、なになになになに、て、びっくりしたしびびったし疑問で頭いっぱいで。
 でも、今まで3年。シミュレートして。繰り返し。何が起こったんだろうって。
 警察の方も、すごく、順番てきいてくるんですよ。厳密に、なにがあって、それはなんの前で、なんの後か、とか。
 だから私も、三年、考えたんです。何回も。嫌でも、思い出したし。
 推測なんですけど。順番的には、そいつが対岸に現れて、美里ちゃんが見つけて、悲鳴あげて。そいつが沢渡って来たから、美里ちゃんは逃げたんだと思います。

 私が振り向こうとしたら「振りかえんな進め!!」て美里ちゃんに怒鳴られて。美里ちゃんは、逃げざま私を引っ張ってくれたんです。「前見ろコケんぞ走れ走れ走れ!」て、すごい剣幕でした。
 そんな命令みたいに美里ちゃんに怒られるとか初めてだったけど、足音で、追われてるってわかったから、もう私わけわかんなくて、熊かと思って泣いちゃって。

 そうです。美里ちゃんが手を引いてくれたから。
 前を走ってたのは美里ちゃんです。
 私「何!?」て聞いたんだけど、美里ちゃん、「いいから逃げろ!」て。
 めちゃくちゃに走ってるから、登山道つかないし、足場悪いし、そのうち涙で前見えなくなって、私、転んでしまって。
 美里ちゃんはがっちり私掴んでたから、引っ張られて転んで、私が後ろ確認したのはその時です。
 追って来てるのとの距離とか、何が起きてるのかとか、そういう。
 確認したくなるじゃないですか。

 本当、こっから荒唐無稽なんですけど……熊じゃなかったんです。

 猿でした。でも体は犬でした。毛色は白です、だけど黄ばんでた。熊みたいなサイズで、でも前足だけ、長くて、しわしわで、毛が生えてない、日焼けした人間の腕がついてました。手だけ不自然に大きかった。爪もめっちゃのびてて太いし。末端肥大症なんてもんじゃないです。鹿の頭砕けるんじゃないかってくらい大きかった。
 だからかな、重そうに腕垂らしてました。
 腕の付け根から、なんかぽとぽとって落ちてて。初見じゃわかんなかったんですけど、後から、すごい近くで対面した時。
 腕から落ちたの、ウジだって気がついたんですよ。
 肩まで毛が生えてるのに、付け根の毛みたいのだけ、ウジっだったんです。みっしりたかって蠢いてました。

 猿猴(えんこう)って知ってますか?
 中国の妖怪で、猿頭の山犬で、腕が長くて。河童の親戚みたいなものなんですけど。
 私が調べた中では、それが一番似てました。今検索しますね……これです。
 私が見たのが、これかどうか、科学的なのとか遺伝子云々とかは、勿論わかりません。
 でも、似てます、すごく。
 体つきとか犬なんですけど、毛の感じとか猿っぽいんですよ。もふって感じじゃなく、ごわっていうか、全身剛毛みたいな。
 目は大きくて、ちょっと飛び出てるっていうか、カメレオンみたいで、顔も人間と同じで毛がないのに、生まれたばっかの赤ちゃんみたく、しわくちゃで……。

 そいつが追って来てたんですよ。
 体犬なのに、二足歩行でした。熊くらい大きかった。
 私、動転しちゃって、立つって選択肢が出て来なかったんです。
 逃げなきゃって思って、思ったら、手も足もバラバラにしか動きませんでした。

 猿猴って、いえそいつが猿猴かはわかんないんですけど、猿猴は、河童の仲間だから、沢とか、水辺にいて。
 妖怪辞典だと、人間の内臓引っこ抜いて食うって、いえ、尻子玉ではないです。膵臓だったかな?

 私が振り向いた時点で、そいつとは3mも離れてませんでした。
 そしたら、美里ちゃんが、地面で這ってる私とそいつの間に、飛び出して来たんですね。
 飛び出して来てくれたんです。
 大きめの枝持って……。
 助かるかも、て、一瞬思いました。
 その時です。私が冷静さ取り戻したの。
 ああそうだ美里ちゃんがいるじゃんって。
 一人じゃないんだって。
 美里ちゃん、「来いやぁ!!」って。

 あとは一瞬でした。

 そいつが長い腕振ったら、美里ちゃん吹っ飛んで、勢いで首、あたま、首が……ちぎれて、頭、ぶちんって……とんで行って。
 血しぶきが、ばってとんできました。鉄臭くて、あつかった。

 報道では殺害時の返り血とか言われましたけど、違います。私じゃない。

 絶叫して、逃げました。
 逃げたんです。
 怖くて。
 体が勝手に動くって、本当にあるんですよ。
 気づいたら走り出してたんです。あんなに動けなかったのに。
 怖くて、怖くて、怖くて。
 なんにも考えられなかった。
 美里ちゃん、美里ちゃんは、私を助けてくれたのに……。

 めちゃくちゃに走って、疲れて、太い木の陰に隠れて……耳すますと、声が聞こえるんですよ。
 美里ちゃんの声です。
 私のこと、呼んでるんです。
 そんなわけないのに、私、美里ちゃん本当は、生きてるんじゃないかと思って。
 本当は全部夢なんじゃないかと思って。そうだったらいいなって。
 応えちゃったんです。「美里ちゃぁん!」て。バカでした。
 すぐ物音がして、美里ちゃんかと思って木陰から飛び出したら、そいつでした。
 そいつが、美里ちゃんの声で、私のこと呼んでたんです。
 口の周りとか血だらけで、涎だか血だかわからないのが口の端から垂れてて、もう私終わりだって。
 私死ぬんだって思ったんですけど。

 ここから、本当、本当に、荒唐無稽なんですけど。

 来たんです。美里ちゃんが。

 ていうか、美里ちゃんの首が、跳んで来たんです。ええ。そいつの後ろから。

 目とか片方潰れてて、腫れて、所々青黒くなってました。
 鼻血も出てたし、歯も何本か欠けてて、唇もぶっくり腫れてて、吹っ飛んだ時色々ぶつかったし、砕けたんだと思います。

 口に、私が落とした包丁を咥えてました。
 私、腰が抜けちゃって。
 最初、首が美里ちゃんだってわかんなくて、生首も私殺しに来たのかと思ったから。

 でも美里ちゃんの首は、思い切りそいつにぶつかって、そいつの肩に、包丁刺して。衝撃でウジがわーって散って。
 そいつは包丁刺されたとこから、煙だしました。
 すごいくさかった。
 腐った玉ねぎみたいな臭いです。
 生首は、そいつにすぐ振り払われたんですけど、そしたら肋骨が見えてて腸がはみ出てる、美里ちゃんの服着たぼろぼろの、体が、よたよた走ってくるんですよ。

 もう私わけわかんなくて。
 気が遠くなったんですけど。
 生首が叫んだんです。
 「逃げて!」って。
 美里ちゃんの声でした。
 生首が美里ちゃんだって気づいたのはその時です。
 すみません、もうだめだ、ティッシュありますか。

 ありがとうございます。
 美里ちゃん、美里ちゃんは、首は払い飛ばされて、またどっかいったんですけど。美里ちゃんの体は。
 猿猴に触れると、組みついて、そいつの肩から包丁抜いて、ええ、腕が。
 生きてるみたいに腕が動いたんです。
 そんで抜いた包丁を、猿猴の背中に刺しました。
 猿猴は暴れて、体を、美里ちゃんの体を上半身と下半身に裂いて。
 そうです。私じゃない。美里ちゃんの遺体がバラバラだったのは、そいつが引き裂いて、美里ちゃんが戦ってくれたからです。世間で言われてるみたいに、積年の恨みとかなんとかで、私が裂いたんじゃない。
 彼女が、戦ってくれたんです。
 引き裂かれて、落っこちた腸とか、猿猴に絡みついて、絞めたり縛ったりし始めて。
 腕が足を棍棒みたいに振り回したり、足が自走してそいつの股間を蹴り上げたり、信じなくていいです。
 腸も手足も、簡単に引きちぎられて、猿猴の口、びっしり牙が並んでたし。
 でも美里ちゃんは、千切れた肉片になっても、銃弾みたいに跳ねて、そいつにぶつかっていきました。肉片は豆鉄砲だったけど、骨片は猿猴に刺さったんですよ。
 肉片も。毛皮は貫けなかった肉片も。そいつの目は射抜きました。
 猿猴の目が潰れた時、爆発したみたいに煙が出た。
 私が逃げたのはその時、猟友会の方々と合流したのは、走り出してそんなにしない頃です。

 その後は、はい。先生もご存知の通りです。

 猟友会の皆さん、私の方に銃口、向けてました。
 その日何回目かの恐怖で、もう声も出ないし動けないし、お漏らししたんですよね。
 でも、そうやって漏らしたのを見て、猟友会の方々は、血まみれの私が生きた人間だって判断したそうです。
 それからは、皆さん機敏でしたよ。
 リーダーさんの合図で、そうです、リーダーの鈴木さんです。鈴木さんの合図で、ばっとこう、猟銃を空に向けて。
 一番若い方が私の口をふさいで。担いで。
 猟友会の方々は、私を誘拐するみたいに、一目散に山を駆け下りました。

 はい、猟友会の方々は、全部で5人です。手で合図し合ってました。
 ハンドサインなんだそうです。猿猴……猟友会の方々が呼ぶところの、山の神様、が出た時の。
 私が生きた人間か、ハンドサインで、念入りに確認してたそうですよ。

 猟友会の方々が会話を始めたのは、麓の山小屋を過ぎてからです。
 でも詳しい話を聞けたのはもっと後。
 病院で、私の正気が確認されてからでした。
 山小屋は、山との境界の目印なんだそうです。
 明治の廃仏毀釈で、黒祠、ていうんですか。異端とされた神様と仏様まとめて壊した歴史、習うじゃないですか。その時黒祠として壊されてしまったけど、山小屋のあるとこには、ずっと昔は鳥居があったらしいんですよ。
 猟友会の方々で、実際の鳥居を見たことがある方はいないんです。明治ですから、地誌に伝えられてたり、口伝で聞いてたりしただけで。
 山の神様、を見たことがあったのも、猟友会で最年長の鈴木さんだけでした。

 はい、その鈴木さんです。
 猿猴の出した煙を見て駆けつけて下さったのも、鈴木さんの判断だったそうです。
 鈴木さんとは、今も文通をしています。
 手紙には、山の神様、の事が、色々書いてありました。
 私が拾った包丁の事も。
 金気を嫌う、山の神様と、距離を置くためのものだったって、書いてありました。
 大昔は麓の集落に刀鍛冶さんがいて、日本刀を納めていたそうです。蔵王は山ですから、日本刀作りに必要な、きれいな水が手に入るんです。でも、寒いところでもありますから。
 廃刀令や江戸の平穏や飢饉で、刀鍛冶さんは暮らしていけなくなっていって。蔵王の辺りからも、いなくなっていって。
 今では地元の神主さんが、清めた金物を置いて、荒ぶる神様はこちらには来ず、どうか神様のエリアでお暮らしくださいってご祈祷する、て、手紙には書いてありました。
 あの包丁、私があの包丁を拾い上げなければ、何か違ってたんですかねぇ……。

 山って色々、口伝のルールがあるんです。
 登山が趣味だとそういうの、キャンプのおともに話したりするんですよ。
 呼びかけられても答えちゃいけないとか。声をあげちゃいけないエリアがあるとか。禁域があるとか。
 でも下手に山に慣れちゃうと、全部迷信だと思って、笑って済ませたりもするんです。
 そういう……先生も、ご興味がおありなら検索してみて下さい。

 先生にはお世話になりましたから。
 これだけ、お伝えしようと思いまして。信じて下さらなくても結構ですよ。
 先生なら記録をとって下さりますから。
 あのですね。
 美里ちゃんは、いつも私を誘ってくれる人なんです。

 昨日、SNSと留守電に、美里ちゃんから、登山のお誘いがありました。

 はい、ええ、そうですよ。
 美里ちゃんの声でした。私、いよいよおかしくなったって感じですよね。
 音声残ってますよ。聞きますか?
 死者の声かも知れませんよ。聞きますか?

 存じてます。
 電話の音声は、本人の声とよく似たサンプルを伝送してるから、本人の声ではないんですよね。
 携帯の音声も同じです。声紋の電気的再生ですから、必ずしも本人の声ではありません、存じてます。
 知っています。
 声紋アプリにもかけました。データはパソコンに保存してあります。

 いえ、美里ちゃんの携帯は解約されていません。
 昨日、留守電聞いてリダイヤルしたら、お母様が出ました。ひどく罵倒されましたよ。
 当然ですよね。娘がひどく損壊された遺体で見つかって、容疑者の私が、容疑を認めないんですから。
 でも、はっきりした事もあります。
 美里ちゃんの携帯は、今もご両親がお持ちで、この3年、SNSから私に何か送信した履歴も、発信履歴もない、ということです。
 事件が解決しない限り、解約はしないそうです。
 私に電話や連絡をくれたのは、さぁ。誰なんでしょうね。

 お母様はもう通報されたと思います。ですが県をまたいでいますから。
 娘の殺害の元容疑者が電話をかけてきた、だけでは。管轄の問題もありますし、警察もすぐには動けないんですよ。
 ですが、時間の問題です。
 私の殺人容疑は晴れていません。逮捕するには、証拠がないだけです。
 私が動いたとなれば、動かざるを得ない人もその内来るんじゃないですか、弁護士とか。

 そうですね。
 美里ちゃんの指紋がついた包丁も見つかりましたし、何らかのトラブルがあって美里ちゃんが私を襲って、私が返り討ちにした、ご両親は警察が立てたその仮説を信じています。
 世間もそうです。同級生も。同窓生も。登山仲間も。……家族も。
 仕方ないですよね。
 死体が包丁振り回したとか、指紋は美里ちゃんが死んだあとについた、とか、言ったって信じるひとなんていませんよ。
 みんな、自首しろって言います。
 母さんは泣いちゃったし、引っ越しちゃったし、さぁ、今どこにいるのか、私も存じません。父さんも、せっかく一軒家建てたのに、町内会とか頑張ったのに、近所中から嫌がらせの張り紙とかされて、まいっちゃって、私の顔も見るのしんどいって。
 猟友会の方だって、擁護はしてくださいましたけど、心から私の話を信じてくださってるのは、多分鈴木さんだけです。
 職場も、退職の挨拶に伺ったら、人目につかないように帰されちゃいました。
 でも仲良かった同僚はね、精神科の情報とか、統合失調症の治し方とか、調べて情報送ってくれる人もいて。
 登山仲間の方は……一番、あの人たちが私と美里ちゃんに詳しいから。
 わかっちゃうんですよ。あ、この番組のこの情報は彼女だろうなぁとか、この情報は彼しか知らないはずだけど、ずいぶん歪曲されてるなぁとか。

 そういうことも、鈴木さんに書いて送ると、年の功ってあるんですよねぇ。
 すごくあったかく言葉を返してくれるんですよ。
 こんな、どん底みたいな容疑者生活で、信じてくれる人が少なくとも一人はいる、てどんだけ救われるか、わかりますか。
 鈴木さんには、これからの事、もう全部書いて、投函してあります。

 私は美里ちゃんの誘いに応じます。

 いいえ。私は通報はしません。
 友達から遊びに誘われて、通報するっておかしいじゃないですか。
 ちょっと死んでるから何だって言うんですか。
 美里ちゃんは死んでも私を助けてくれたんです。
 バラバラになっても、骨片になっても。
 私のことあきらめなかった……。

 先生、信じなくても構いません。

 私は行きます。
 美里ちゃんが私に何か言うなら、私は聞きに行きます。
 どうして今なのか。
 何かあったのか。
 苦しいのか、痛いのか、囚われているのか、寂しいのか。単に気分だったのか。
 それとも誰かがいたずらで、美里ちゃんの名誉を汚したのか?
 行きます。警察が動く前に。

 先生は動かれますか。
 先生はどこまで信じて動かれますか。
 何を信じるから動くんですか?
 山の神様ですか。妖怪ですか。魂ですか。死後って時間の存在ですか。少なくとも麓の集落の方々は、山の神様を信じていました。
 信じるってこわいですよね。
 私は私の生存を望んでくれた、美里ちゃんを信じます。

 いえ、いいですいいです、一から十までミリも信じて下さらなくって結構です。
 お話を聞いてくださって、ありがとうございます。
 先生にはお仕事かも知れませんけど、ただお話を聞いてもらえるって、私には救いだったんですよ。

 行きます。
 どん底みたいなところにいる時、信じてくれるひとの存在がどれだけ救いになるか、存じているからです。

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