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男三人兄弟両親W介護回顧録⑩ ~今日、ママンと外食した ~

パパの病院に行った週末、ボクとツマは実家の片づけを手伝った。

まずはパパの部屋を片付けようとしたのだが、どれを取っておいて、どれを捨ててよいかがわからず、それほど進まなかったように思う。

翌日、ママンはあまり調子がよくないと言いながらも、お礼にとボクとツマを食事に連れて行ってくれた。

オジの生前、パパとママンとオジが三人でよく行っていた近所のファミレス。

いつも三人が座っていた一番奥の窓際の席。

何を頼んだのか、何を喋ったのかは忘れたが、とにかくママンはいつものように自分の頼んだものの半分をボクとツマに分けてくれて、お腹いっぱいに食べさせてくれた。

そしていつものようにたくさん食べるボクたちを嬉しそうに見ていたことは覚えている。


話は変わるが、ツマがママンと外食に行ってくれることは、ボクにとって何よりもうれしいことだった。

うちには男ばかり。

女はママンひとり。

きっとうちに娘がいれば、ママンももっと気軽に買い物にも外食にも行けて楽しかったのではと勝手に思っていた。

だから、ツマには嫁と姑の関係よりも、娘と母というような近しい関係を築いてほしいと勝手に思っていた。

ちなみにツマは蕎麦派かうどん派でいえばうどん派で、塩党かしょうゆ党かソース党でいえばソース党。

食の好みが一緒だったこともあり、ママンもツマを随分とかわいがってくれていた。

去年の3月に、ボクとツマは実家から歩いて15分のところに部屋を借りて同棲をはじめたのだが、ママンはことあるごとに焼きそばやお好み焼きなどを作っては差し入れに来てくれた。

3人で外食も行った。

3人で買い物にも行った。

3人でお花見にも行った。

そんなママンとツマとボクの生活は本当に幸せだった。

こんななんでもない日常がずっと続いてくれるものだと思っていた。


ファミレスからの帰り道、いつものようにママンの運転でボクとツマは家まで送ってもらった。

その途中、車の中でママンはなぜだかこんなことをつぶやく。

「パパよりも私の方が先に逝くかもね…」

もちろんボクは、そんなことが現実に起こるなんてこれっぽっちも思ってもいない。

だから、翌日、お礼と一緒にこんなLINEをした。

「孫を抱いてもらって一緒に育てるのが夢なんだから『先に逝くかも』なんて悲しいこといわないでくれよな。まだまだ親孝行だってしきれていないんだし。落ち着いたらツマも一緒に旅行しよう」

返事はたったの一言。

「了解」

きっと調子がよくないんだろうと思い、そのそっけなさに対してはさほど気にしてはいなかった。

もしかしたら、この時にはすでに、ママンはもう自分に残された時間がそう長くはないことを、予期していたのかもしれない…






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