ドラマシナリオ9「所長は語りて」⑤(終)
■前回までのあらすじ■
作品テーマ(キーアイテム)は『窓』。単身赴任の中年男性、桂木は毎朝、電車から見える『ひだまり保育園』から窓越しに手を振ってくれている菊池優美から、保育園のイベント『おとうさんのおはなしかい』に、特別に話し手として参加してほしいと依頼される。
自分の好きな落語の絵本を読もうと朗読したものの、あまりの棒読みに辟易し、断ろうと保育園に訪れた桂木。しかし、応対した保育士の坂巻みずきのペースに巻き込まれて断れなくなってしまう。そして、ついにその日が近づいてくるのであった……
■シナリオ本編■
◯ひだまり保育園・ホール・中(朝)
ぐるぐると首を回す桂木。短い息を吐いて気合を入れる。
大きな拍手と歓声。髭の男性がホッとした表情で壇から降りる。
みずき「はい、佳苗ちゃんのお父さんでした。ありがとうございました。では、最後におはなししてくれるのは、桂木さん。お願いします」
優美「おじさん、頑張って」
めぐみ「いよっ、所長っ」
スマホをかざして桂木を撮影しているめぐみを見て、苦笑しながらトートバッグを抱えて登壇する桂木。壇の上のイスにゆっくりと座り、園児を見回す。不思議そうに見返す園児たち。
桂木「はじめまして。私は桂木と言います。誰かのお父さんではないんですが、みずき先生に頼まれてね。今日は参加させてもらいました」
まばらな拍手。トートバッグを見つめる優美。
ゴソゴソとトートバッグから絵本を取り出す桂木。表紙に『じゅげむ』と書かれている。
優美「『じゅげむ』? なあに、それ」
桂木「赤ちゃんの名前の話だよ……さて、お話を聞いているみなさん、自分のお名前、誰かにつけてもらったと思うけど、どんな意味があるか、知ってますか?」
首を振る園児たち。優美、力強く首を振る。カクッと凹む優美の母親。
めぐみ「(小さい声で)あら、なんかいつものプレゼンみたい」
桂木「これから読むお話はね、赤ちゃんに名前をつけるために、お父さんとお母さんが悩む話だよ……では『じゅげむ』を始めます」
ホール中に大きな拍手。見ている子供たちと同じように座るみずき。幼児が近寄ってきて甘える。抱っこして頭を撫でながら、桂木を見つめる。
絵本の表紙をめくる桂木。
桂木「……人の名前というものは、それぞれ意味がこめられておりまして……このお家でも赤ちゃんが生まれまして……『ちょいとお前さん。この子の名前、考えたかい?』」
食い入るように身を乗り出す優美。桂木、聞き入る園児を見回し、絵本をめくりながら話続ける。スマホをかざして桂木を録画し続けるめぐみ。
桂木「『めでたい名前をつなぎ合わせた長い長い名前になったもんで、長屋のみんなは、赤ちゃんの名前を覚える練習をしました……息を合わせて練習です……(早口で)じゅげむ、じゅげむ、ごこうのすりきれ、かいじゃりすいぎょの……』」
優美「あははっ、じゅげむ、じゅげむ……」
母親の膝の上でぴょこぴょこと跳ねる優美。園児たちも一緒にじゅげむの早口言葉を真似てはしゃぎだす。
◯同・入口・外
ドヤドヤとビルの出口から親子連れが出てくる。小躍りしてる優美が母親の手を引いて出てくる。もう片方の手で指折りをしている。
優美「じゅげむ、じゅげむ、ごこうのすりきれ、かいじゃりすいぎょの……なんだっけ?」
母親を見上げて小首を傾げる優美。
◯同・事務室・中
イスに虚脱して座る桂木。眼鏡の男性と髭の男性もグッタリとしている。
参加者にお茶を出して回るみずき。
桂木「終わった……仕事より疲れた」
みずき「お疲れさまでした」
お茶をすすり、一息つく桂木。
桂木「まあ、喜んでもらえてよかった」
腰をあげる桂木。慌てるみずき。
みずき「あら、もうお帰りになるんですか?」
苦笑しながらトートバッグを抱える桂木。
桂木「あんまりゆっくりすると、そのまま長居しちゃいそうなんでね」
事務所のドアを明けて、廊下に出る桂木。パタン、パタンとスリッパの音が静まり返った廊下に響く。
◯四つ境駅・ホーム(朝)
通勤客でごった返すホーム。電車待ちの列に並ぶ桂木。あくびをしながら周囲を見渡す。
列に並んだ大半の通勤客がスマホを覗き込み、読書や新聞を読んでいる人が数人。
ため息をつきながら、小さく首を振る桂木。ぼんやりと視線を上げる。
視線の先には『ひだまり保育園』が入居している雑居ビル。窓からホームを見ている園児。
桂木、顔を綻ばせて眺めている。
優美が窓に駆け寄り、キョロキョロとホームを見る。桂木と視線が合って、笑顔になり、ブンブンと手を振る。後ろを振り返って手招きして、窓をガラガラと開ける。
優美「おーじーさーん!! 桂木のおじさーん!! おはよー!!」
一斉に通勤客が桂木を振り返る。オドオドとする桂木。
『ひだまり保育園』の窓際に立っている優美の周りに園児たちが駆け寄る。
優美「せーのっ」
園児たち「じゅげむ、じゅげむ、ごこうのすりきれ、かいじゃりすいぎょの……」
大声で唱和し始める園児たち。楽しそうに桂木に向かって叫んでいる。
赤面しながら、胸を張って手を振る桂木。
終
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