ドラマシナリオ2「ドッグファイト・ドッグラン」③(終)
■前回までのあらすじ■
テーマは「卒業」。勤務先の役員の日野さやかと愛人関係にあり「役員のイヌ」と陰口を叩かれ、このままで良いのかと悩むサラリーマン、木戸の「卒業」を描く。さやかの命で勤め先のイベントを手伝うことになった木戸。イヌの着ぐるみを着て参加。そんな中、木戸を快く思わない鈴木がイベント本部席で酔っぱらい、木戸に殴りかかってきた。木戸は着ぐるみ姿で応戦し、鈴木を叩きのめすのであった……
■シナリオ本編■
◯同・本部席
談笑していたさやか、騒ぎに気がつき、顔を音の方に向ける。
さやか「あら、なんかウチのブースが騒がしいですね、ちょっと見てきます。ええ、すぐ戻りますから」
さやか、周囲の関係者に愛想笑いしながら朝日建設ブースに向かって小走りに向かう。向かいながら不安げな表情に変わる。
◯同・朝日建設ブース
目の焦点の定まらない鈴木、木戸を睨みつけて立ち上がろうとするが、腰から砕け、再びペタリと尻もちをつく。
鈴木「こ、このクソイヌ、ふざけんじゃねぇよ」
着ぐるみの木戸、仁王立ち。肩で荒い息。
田中「部長、やめてください。みっともない……佐藤、部長を頼む」
ブースから男性社員が進み出て、鈴木を抱えてブースの奥に連れて行く。さとる、木戸に駆け寄る。さとるの頭を優しく撫でる木戸。
さとる「ワンちゃんすご~い。頭突き一発だね」
囲んでいた人をかき分けて、ブースに到着したさやか、田中に詰めよる。
さやか「田中さん、何がどうなっているの、説明してよ!!」
さやかの剣幕にうろたえる田中。さとると手をつないでいる着ぐるみの木戸、さやかに近付く。イヌの着ぐるみに近づかれてギョッとするさやか。
木戸「さやかさん……俺です」
さやか「俊くん!? 何これ、どうしたの?」
木戸「(うんざりして)イベント要員として着ぐるみを着て、いけ好かない酔っぱらいのオヤジを叩きのめしました。それだけです」
さやか「『酔っぱらい』って鈴木部長を?」
頷く木戸。イヌの頭が大きく揺れる。状況が飲み込めずイラつくさやか。
木戸「俺、会社もさやかさんの愛人もやめます」
さやか「わけわかんないわ、ちゃんと説明してよ」
木戸「いまさら説明必要ですか? こんなところでこんな騒ぎ起こして、二人共タダじゃすまないし、済ますつもりないでしょ、さやかさん」
さやか、腕組みして鈴木が入っていったブースを見つめる。ため息。
木戸「あんなどうしようもないオヤジでも、会社での立場がある。やめさせる訳にもいかないでしょ。会社的に」
さやか、木戸を見つめる。着ぐるみの口部分のから見える木戸の目と視線が合う。
木戸「俺には部下もいないし、ただの資材部の下っ端です。会社的にそんなに損失はないと思いますし、今回の責任とってやめます」
さやか「俊くん、誰も責任取れって言ってないわよ」
慌てて近寄るさやかを手で制する木戸。深呼吸。
木戸「もう、飽きたんです、貴方の愛人って望んでもない立場に」
ゆっくりとさとるの手を解く木戸。くるりとさやかに背を向けてブースに向かって歩き出す。呆然とするさやかと笑顔で手を振るさとる。
木戸「後で退職届は郵送しますから。後は上手く処理してください。そういうの得意でしょ、さやかさん」
人垣が割れて木戸の道を開ける。スタスタと歩き、振り返らずに片手を振る木戸。ブースに入っていく。
◯朝日建設ブース裏
男性社員に介抱されている鈴木。スタスタと木戸が歩いて来るが、見向きもせずに通りすぎてダンボールの前で止まると、うっとおしそうに着ぐるみを脱ぎ、ダンボールに投げ入れる。頭部を外し、忌々しげに見つめる。
木戸「もう、イヌも卒業だ」
思い切り頭部を投げ入れる木戸。あっけに取られている男性社員を無視して、チノパンとパーカーに着替えて歩み去る。
◯弁天橋(夕)
静かに流れる川にかかる橋。
木戸が欄干にもたれかかって、ぼんやりと眺めている。清々しい表情。学生や主婦の乗った自転車が木戸の後ろを通り過ぎていく。思い出したように左手の腕時計を見て、乱暴に外す。
木戸「卒業だもんな、いらねぇよ、こんな成金みたいな時計」
川に投げようとして、ピタリと止める。腕時計をまじまじと見てニヤケ顔になる。
木戸「そうだ、これ売っぱらって、卒業パーティーやるか、一人で」
欄干から離れて歩き出す木戸。橋のたもとにはリサイクルショップ。その先には『やきとり』『生ビール』と書かれたノボリが立つ居酒屋。
早足からスピードをあげ、駆け足になる笑顔の木戸。
終わり