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【小説】01.Rise
不法投棄の知らせが入ったのは、夜のことだった。
とうに日は沈み切り、誰もが寝入る頃。窓から差し込むのは月の明かりだけで、ストラスは薄暗い部屋の中で丸くなっていた。何度も寝返りを打ち、いつものように夢と現実の狭間を行き来している時、家の戸を激しく叩く音で目を覚ます。
毛布を蹴り飛ばして駆け寄り、戸を開ける。急いだせいで眼帯をつけ忘れ、手で右目を隠しながら出ると、そこには、ストラスよりも頭三つ分背の高い人物が立っていた。
「北二番だ、今日中に片づけておけ」
月は男の顔に黒い影を落とす。
表情を読み取ることはできないが、それでも不機嫌の度合いが分かってしまうほど、男の言葉は鋭くストラスに降り注がれた。
男はそれだけ言い放つと、背を向けて去っていく。ぼんやりと見える背の高い建物群を持つ街はここから離れており、多くの者が暮らしている。そこに男の帰る家はあった。
くしゃくしゃの毛布を丁寧に畳み、右目に眼帯をつけてから、ストラスは家を出た。
わざわざ夜に知らせに来たことから推測すれば、投棄物検知システムが作動したのだろうということはすぐに察しがついた。
投棄物検知システムとは、北エリアに放たれた清掃ロボットが、縦横いずれかの幅が千ミリ以上のものを検知し、それが一定時間移動しなかった時、システムが作動する仕組みだ。北エリアに植物や生き物が生活していないため活用できるシステムとなっている。労働者が定期的に巡回するものの、大きな廃棄物に早急に対応できるように導入されているのだ。
物置小屋のシャッターを開け、わずかに差し込む月明かりで中を確認する。手前に置いていた一輪車を引っ張り出すと、ストラスは北二番へ向かおうとした。
「ストラス?」
声が聞こえたと同時に、辺りが明るくなる。一輪車にストラスの濃い影が落ちる。
目を細めながら振り返ると、見慣れた少女が立っていた。腰まである髪は真っ直ぐに切りそろえられており、動くたびにスカートと共に揺れる。前髪は鼻先まであり長めだが、当の本人は気にしていないようで、小首をかしげてストラスの返事を待っていた。ふわりとした服のシルエットからは女性らしさを感じられるが、裾は何度も引っ掻かれたようにほつれている。
「北二番に行ってくる」
「こんな時間に? 明日でいいじゃない」
「今日中にって言われたんだ」
「またあの人ね? 面倒な仕事はいつもストラスに押し付けるんだから」
「これが俺の仕事なんだ。すぐに帰ってくるから、エリーは家にいて」
「大丈夫よ、おねがいされたってついて行かないから。足手まといになるでしょ?」
「そんなことない。日が沈んで余計に見えづらいから、帰ってこられなくなるかもしれないってだけ」
「見えづらいも何も、そもそも私は何も見えないから朝でも夜でも変わらないわ」
切りそろえられた前髪が揺れる。その奥にあるはずの瞳は無く、空白を隠すように瞼は閉じられたままだ。
「エリー、眩しいからもう少しライトを下げて」
「お駄賃を貰えるわけでもないんだから、言うこと聞かなくてもいいのに。ねえ、明日にしたら? ストラスがいないと私、布団まで戻れない」
「ここまで来れたんだから大丈夫。いつも手伝おうとしたら一人でできるって言うくせに」
「今日は無理なの! 助けてストラス~!」
「はいはい、おやすみ」
きゃんきゃんと鳴き喚くエリーに軽く手を振る。ストラスは北二番へ足を進めた。
エリーが振り上げた腕に持っていたライトが辺りを乱雑に照らす。北の方角に建物はなく、平らな地面が広がっているだけだ。闇を照らすライトは簡単に呑み込まれてしまう。
視界をちらついていた明かりの動きが鈍くなり、やがて消える。振り返るとエリーの姿は無く、戸の閉まる音が小さく聞こえた。家の明かりがついたのを確認してから、地面を這うロープを頼りに錆びついた一輪車を軋ませながら目的地へと向かう。
北エリアは六つに分かれており、街に近い場所から六番、五番、と分けられている。その内二番は徒歩四十分ほどの位置にあり、この辺りまで来ると砂埃が酷く視界が悪い。行く先も帰る先もただただ地平線が広がっているため、迷いやすい場所だ。地面にはロープが伸びており、それを辿れば街に帰ることができるようになっているが、向かう方向を誤れば街から離れることになってしまうため、ロープの網目を確認してから進む必要がある。目の見えないエリーは、命綱となるそれを確認することができないため、北エリアには来ないのだ。
北二番に入ると、地面が赤色に近くなってくる。周囲を見回しながら歩いている中、進行方向に黒い影を発見した。ガラクタが無作為に積まれているのかと思ったが、それぞれはしっかりと繋がっており、一つの機械人形であることが分かった。
「これで四回目か」
近年街で見かけることが増えた機械人形は、危険な仕事を担うことが多い。怪我をしたり命を落としたりすることを少なくするために導入され、その結果、ストラスらが担っていた仕事が機械人形に割り振られるようになった。命の安全性を高くするという理由で普及したが、現在は別の問題に悩まされている。
それが、機械人形の脱走だ。北エリアで発見される機械人形の全てが、街から脱走してきてエンジン切れを起こしているという。労働に酷使されることに堪えられなくなったのかという推測もされたが、感情を搭載していない機械人形に限って有り得るはずがないという結論で収まっている。発見される機械人形はどれも動かなくなっているため真実は分からないが、かつて労働を強いられていたストラスからすれば、逃げたくなる気持ちは十分に分かった。
四肢を抱えるようにして倒れている機械人形を揺すってみるが、体の軋む音が虚しく鳴るだけで、それが動く気配はない。腕を掴んで引っ張ってみるが、全身鉄でできた機械人形の体は簡単には動かない。体重を乗せて力いっぱい引っ張るとようやく動き、地面には引きずった跡が残った。
(ずいぶん錆びているな)
一輪車を傾けてから機械人形の体を引っ張り、乗せていく。
(首が取れそうだ)
頭と胴を繋ぐ首部分が破損しており、引っ張る度に頭が左右に揺れる。ネジが外れているだけだとしても、落としたネジを北エリア内で探すとなると果てしない労力をつぎ込むことになる。試しに頭を押し込んでみたが、不安定さは変わらなかった。
機械人形が転げ落ちないように一輪車を押しながら、ストラスは来た道を戻る。
高いところから落ちても物にぶつかっても壊れない機械人形が軽いはずがなく、数分歩いただけで腕が痛みだす。夜の冷えた空気の中でも汗が滲み、重みで声が漏れてしまう。頬を流れる汗を拭いながら、四十分の距離をゆっくりと歩いた。
家に着いたころには両腕の震えが止まらず、乱れた呼吸を整えるのに時間を使った。エリーの家には明かりがついており、窓から漏れる光で、機械人形の姿をはっきりと見ることができた。
銀色だと思っていた体は赤茶色をしており、ヒビが入っていたり指が欠けていたりと、とても使える状態には見えなかった。
(こんな体になるまで労働を強いられていたなんて、俺のころよりも酷くなってる……)
過去に自分に強いられていた労働を思い返すと、体の節々が幻肢痛のように痛みだした。この機械人形を運んでいたせいだと思いながらそれに目を向けたとき、機械人形の頭がかくりと動き、頭と胴を繋ぐ首の隙間へ、辺りを照らす明かりがゆっくりと差し込んで、その向こうが見えるようだった。
ギギギ、と鉄の軋む音が鳴った。ざらついたもの同士が触れ合うような不快な音に、反射的に機械人形から離れた。
これまで少しも動かなかった機械人形が、一輪車の上で小刻みに動き出した。まるで痙攣しているようにも見える。
がたがたと音を立てる機械人形に警戒していた時、背後の建物から足音が聞こえてきた。エリーの影が窓を走っていく。
ストラスは慌てて一輪車を動かすと、乱暴に扉を開けてそのまま家に入った。扉を閉めたと同時に、戸を開けてエリーが姿を現す。きょろきょろと辺りを見回して誰もいないことを確認すると、大きな音を立てて戸を閉めた。
安堵の息をついた時、息を無意識に止めていたのだと気が付いた。体から力が抜け、いつもよりも体が軽く感じるが、強張った筋肉で動かしづらさが若干残っている。手のひらを見つめ指の動きを確認しながら、ゆっくりと呼吸を整える。
しかし呼吸は、再び動き出した機械人形によって乱される。
一輪車から転がり落ちた機械人形は、関節を軋ませながらゆっくりと動く。手を床につけ、震えながら体を起こしていく。そうして目の前に現れた大きな黒い影は、見上げなければならないほど高い背を持っていた。
その機械人形は、まだ壊れていなかった。
「……生命体か」
そして、機械人形は言葉を放った。労働するだけの機械人形に話す機能は作られていないはずだ、ストラスは眉間にしわを寄せながら、様子を伺った。
ストラスと似た頭を持っているが、そこに口や鼻は無い。顔の輪郭や形はそのままあるが、話す機能は必要ではないため、機械人形が搭載しているのは視覚と聴覚のみだ。音声認識能力はあっても耳は付いておらず、目と耳に当たる位置に穴が空いているだけ。ストラスと同じ形の頭を持っているだけにすぎない。
話す機能もなければ、話すための口も無い。では一体この機械人形は、どこから声を発したのだろうか。ストラスが聞いた声は、鉄の体を挟んだ向こう側から、響くように聞こえてきた。高いとも低いとも決めきれない、中性的な声色だった。
半歩下がったストラスは、再びその声を聴く。
「この辺りには生き物はいないと思っていた、……」機械人形は辺りを見回してから、続ける。「ここはどこだ」
心臓を握られたような感覚になり、ストラスは息を呑む。
「俺の家だ。お前が捨てられているって知らせが入ったから回収した。まだ動くとは思わなかった」
「倒れていたから動けなかったようなものだ──」
最後まで言い切ったか定かではないまま、機械人形は膝を折り、屈むこともできないまま床に倒れ込んだ。慌てて駆け寄ると、ストラスの腕を強く掴む。
「……休息が必要だ。お前は、殺すか」
「殺すとしたら、どうなる?」
「……今ここで休むわけには、いかない……」
機械人形の意志も虚しく、言葉はか細くなって消えていった。突然重たくなった機械人形の体を支えきれず、機械人形の背中に回していたストラスの腕と共に床に落ちた。
機械人形と床に挟まれた腕を引き抜くと、転がる体を改めて見やる。
意思を持つことなんて、有り得るのだろうか。ましてや、言葉を話すなど。指示を受けて従うだけの機械人形であるのだから、不必要な機能が生まれることはないはずだ。街で見かける機械人形と姿は変わりない、しかし他が持たないものを持っている。別の目的があってこの機械人形が作られたのであれば、一体どこから来たのだろうか、こんなに体をぼろぼろにした状態で……。
それ以上考えようとしたところで、頭が上手く回っていないことに気づく。いつもなら既に眠っている時間だ。
(明日までにどうするか決めないと)
しかし眠っている間に考えがまとまるわけもなく、次に目を覚ました頃には太陽の光が窓から差し込んでいた。
家の戸が叩かれたのは、部屋を一通り片づけ終わった頃だった。
いつものように戸を開けると、やはり今日も男はストラスを見下ろしていた。
「回収を頼んだものはどうなった」
昨日と変わらない声色でそう言った男は、睨みつけるような細い目をしている。機嫌の悪さは解消していないようだ。
「回収したもの、えっと、昨日ですよね」
「そうだ」
いつもより口数の少ない分圧を感じられ、ストラスの体は縮むようだった。
「ああ、ええと、待っていてください」
そう伝えて家の奥に一旦身を隠したストラスは、本当にあの機械人形を渡すべきなのか思案していた。両手を頭に添えて屈むと、声が聞こえないように膝で口を塞いで唸り声を押し込んだ。
あの機械人形に対して生まれたわずかな引っ掛かり、話すはずのないものが話したという、言葉にすればそれだけのことだ。以前機械人形の管理をしていたこともあるため、いくら考えても話す機能の必要性は見いだせない。だとすれば、あの機械人形は何のために話すのだろうか。
ストラスの直感が、それを簡単に手放してはならないと告げている。今の生活から脱するためのものになるのではないかと思えてならないからだ。
元々街で暮らしていたが、地位や肩書を失ったことにより、住む場所を手放さざるを得なかった。街からはずれた場所にある無人の掘立小屋に住み着き野良猫のようになってしまったが、もし、この機械人形を利用することで再び地位を得られるようになれば、ストラスはまた、高層階からの景色を見ることができる──。それほど、話す機能を搭載した機械人形は、物珍しいものなのだ。
催促するように、戸を叩く音が大きく鳴る。ストラスは家の裏からバケツを拾い、機械人形を置いた部屋に向かう。上半身を起こして座る機械人形に駆け寄り、頭に手をかけた。
「待て」ストラスの手首を鉄の手が掴む。「何をするつもりだ」
ついさっき目を覚ましたとは思えないほどはっきりとした言葉だった。ストラスは手に力を込めて、頭を外そうとする。
「頭だけくれ」
「ひとつしかないものを渡せない」
「バケツを渡すからそれで我慢してくれ」
「バケツは頭から被るためのものではない」
「ひとまずの代わりだ、後で似たようなものを探してくるから」
「そもそも、この体は私のものだ。頭が欲しいなら言葉が違うだろう」
言葉が喉で詰まる。慌てていたために荒っぽくなってしまったが、意思を持って話す以上は、機械人形であれ生き物相手と変わらない。頭を掴んでいた手を放す。
「……すまない、頭をもらえないか」
「断る」
現れた重たい空気は嵐のように立ち去った。機械人形の頭に掴みかかると、再び頭を引き抜こうとする。
「なんでだよ」
「別に了承するとは言っていない」
「緊急事態なんだ。ここで頭を渡さないと、お前ごと引き渡さないといけなくなる。あの男のところに行ったら、労働させられるか処分させられるかのどちらかだ。ぼろぼろになるほど働かされる気持ちは痛いほどよく分かる。だから俺はお前に同情する。あいつを騙すには頭が無いといけないんだ」
目とは言えない、顔に空いた穴を見つめる。男に聞こえないよう声をひそめていたが、ストラスの息は上がっていた。
「……何か勘違いしているようだが、私が置かれている状況は理解した。バケツを渡してくれ、……部屋を出て待っていろ」
静かに、落ち着いて放たれた言葉だった。言われたままバケツを渡し、部屋を出る。
心臓はいつもより早く脈打っていた。冷静に返事をした機械人形の声は、意思を持たない無機質な印象があった。荒々しく言葉を放ってしまったストラスは、身の縮こまるような感覚に包まれる。たった十数秒が、長く感じられた。
頭をバケツにして出てきた機械人形の手には、鉄で作られた顔があった。中にはなにも詰まっておらず、手の平に乗ると思ったよりも軽い。
すまない、と言葉を残し、急いで男の元に戻る。
「遅くなりました。頭だけですが」
「ずいぶんと赤いな、体はどうした」
「この通り錆が酷かったため、街のオーニに処分を頼もうと思います。ちょうど今日オーニを訪ねる用事があるので、俺が持って行こうかと」
「ではそうしてくれ。先日いなくなった機械人形かどうかも確かめておきたい。型番は確認できるか?」
「錆をうまく落とせれば分かると思います」
「確認ができてもできなくても報告してくれ」
頭を受け取ると小脇に抱えて、ストラスの家を去って行った。後ろ姿が小さくなるまで見送り、ゆっくりと扉を閉めると、力の入っていた体は空気が抜けるように萎んだ気がした。
床に崩れ落ちそうになる体を机にもたれさせ、長く息を吐く。朝の冷たい空気が体の中を鮮明にしていくようだった。
「代わりの頭を用意できるんだろうな」
部屋から出てきた機械人形は、体を軋ませながらストラスに声をかける。まだらな赤茶色の体はやはり全身の錆によるもので、改めて見れば、その状態で動けるのが不思議なくらいだ。
「知り合いに機械人形の処分をしているやつがいる。廃棄するものの中から合うものを貰えないか聞いてみる」
「形さえ合えばいい。早急に頼む」
動くたびに、固定されていないバケツが揺れる。鉄製のものを渡したが、錆びた赤い胴体と鈍色の頭は馴染んでいない。顎下で揺れるバケツの持ち手が首元に当たり、小気味悪い音を鳴らしている。
「……その前に、確認しておきたいことがある。お前は、なんだ?」
表情のない機械人形は、黙ったまま立ち尽くす。
「いつも通り街から逃げ出してきた機械人形として報告したが、お前のような型は見たことが無い。労働のためだけだとしてもこんなに錆を放置するとは思えないし、逃げ出してから錆びたにしては発見が遅すぎる。それに、話す機械人形なんて、聞いたことが無い──、つまり、お前はどこから来て、何のために作られたのかって話だ」
「……お前はそれを知って、どうする。殺すか」
「毎度物騒だな、殺しはしない。ただ知りたいだけだ、好奇心。あわよくば、こんな街外れじゃなく、堂々と街で暮らせるようになれやしないかと思っている」
「私を脅しには使えないだろう」
「脅したところで何も変わらないさ。罪人は街では暮らせないから、外れに追い出される。せめて役に立つ奴だと認めてもらえれば、こんなところから出られるってわけだよ」
無意識に、指が右目に向かう。右目を失ってから、見える景色はいとも簡単に変わってしまった。高層から見下ろしていた街は、ストラスを見下ろすようになり、踏み入れることさえ許さない空気を放っている。
この街では罪を犯した時、罰として目を奪われる。右目を失ったストラスは、この穴を埋めることができない。
窓に視線を向ければ、まだカーテンの閉まったエリーの家が目に入った。ピンク色の可愛らしいカーテンだが裾はほつれており、汚れが目立っている。彼女には、朝も夜も判別がつかない。
「……お前の役に立てるかは分からないが、ひとつ、誰も知らないことを、私は知っている」
機械人形の言葉に顔を向ける。それが立てる細かくしかし鋭い音がはっきりと聞こえた。
「お前が望むものを得られるかもしれないし、新天地でやり直すこともできるかもしれない。お前の存在価値を変えられるほど、大きなものだ。だからこそ、簡単には教えられないのだが」
「……条件を呑めば教えられるということか。お前を引き渡せば俺はそのチャンスを逃すことになるから、お前にその心配は無くなるわけだ」
「話が早くて助かる。早速だが、この街に医者はいるか」
「いるが、南の街へ出ているため帰ってくるのは少し先になると思う」
「そうか……。では、探し物捜索に協力するというのが条件だ。どうする」
魅力的な提案に、首を横に振ることは考えられなかった。渡された条件もこの街で暮らしてきたストラスからすればそれほど難しいものではないように感じられる。しかし即座に頷くこともできず、ストラスは黙り込む。何が目的なのか一切分からない目の前の機械人形を信じられる材料があまりにも少なすぎる。素性の分からない相手を知りたいとは思うが、その話に素直に乗っかれるかと言われれば、話は異なる。
「少しだけ時間をくれないか。これから、代わりの頭を探しに知り合いのところへ行く。その後に返事をする」
「私は構わないが、協力しない奴のためにわざわざ代わりの頭を渡してもいいのか」
「それとこれとは別だ。代わりを渡すっていう約束でバケツを被ってもらったんだから。約束はちゃんと守る」
部屋の隅に置いたままの毛布を拾い上げ、角を揃えて畳む。椅子の背もたれに掛けると、全身を見るように足先から機械人形を見上げた。
「俺はストラス、お前は?」
それの頭がからりと揺れる。
「レイティ」
まるでつい今しがた目を覚ましたかのように、窓から太陽の光が入り込む。レイティの体を半分だけ照らし、片側には闇のような影が生まれた。レイティ、それは役立たずの意味を持つ言葉だ。
赤錆だらけの体は燃えるように発光し、ストラスの視界を明滅させる。
ストラスに世界を見せる左目には、その赤が痛かった。
【次回 2月15日更新】