冷めてるつもり、でメンタルがぶっ壊れた
どうも。たにぐち(@tani_maru9)です。ただの日記であり、備忘録であり、垂れ流しです。
タイトルの通りです。「冷めてるつもり」でメンタルがぶっ壊れました。本当に「冷めてるつもり」だったんです。ずっと。
熱血!みたいな、とにかく暑苦しく泥臭くなんかやってるのを、冷めて見てるつもりだった。
でも、本当は多分、ぼくは、そちら側にいたいと、思ってしまっていたんだよな。
体の奥底が本当は求めているものができなくてずっと、ぬるま湯というかもはや冷め切った風呂でどんどん体を冷やしているような、そんな感覚。
それとともにどんどん思考が鈍っていく。
最近の若者は〜なんて、主語をでかくして語って良いものかと思うものの、一旦クソデカ主語で語るなら、最近の若者は、仕事もそこそこに、ライフワークバランスがどうのこうの…とか。
ぼくもそれがいいと、思ってた。それなりに仕事してそれなりに遊んでそれなりでいい。それなりがいいって。
でも、仕事もそこそこに、なのが苦しかった。いや、苦しい。
かといって、じゃぁ今、情熱を注げる仕事をしているか?というと…
ぼくは不器用だから、自分が興味がわかないことに対して、興味が湧くふりをしたりそれなりの態度をとることができない。できないんだ。
(どのくらいできないかというと、高校時代に学校の成績はどの科目もだいたい1桁順位くらいの成績だったのに、「倫理」の科目だけはなんの興味も湧かなくて平均以下の成績を叩き出したくらい。理系の受験で、みんなが「楽だから」という理由で「倫理政経」を選ぶのに、興味が一番湧くのが「世界史」だったから、世界史選択をするくらい。)
自分の興味に従ってないと、何もできない。器用に適当に上手いことやって乗り越える、ってのができたらどんなに良かったかって思う。
変な言い方かもしれないけど、所属する組織を愛したい。向かう方向をみんなで共有して、その中で自分がやれることをやって前に進みたい。
ぼくは何したらいいんですか?
ーーそんなの自分で考えろ。
そうなのかもしれない。でもさ、どこに向かいたいのか、ってあるはずでしょ?それは壮大なものじゃなくて、もっと小さいところで。ぼくらに求められることって何?
昔から、「リーダー」より「ファーストフォロワー」のが向いてると思う、って言ってきて。自分で何かを作り出すことよりも、誰かのでっかい夢に寄り添って一緒にやっていく、のが良かったんだよな。
いや、本当はリーダーに憧れてるのかもしれない。自分にはできないから、フォロワーでいいや、って思ってるのかもしれない。
まぁ、いずれにしても、その寄り添う夢にさ、寄り添えなくなったら終わりなんだよな。必ずしもその寄り添いたい夢に共感できなくなったというわけじゃない、わからなくなった。そのためにぼくができることが。やりたいと思えなくなった。
ビジネスにプロダクトの観点から影響を与えるプロダクトマネージャーって仕事が楽しかったはずなのに。いいもの作ったからと言って売れるわけじゃないこの世の中で、いいもの作って勝ちたい、プロダクトやらデザインやらの力を信じたいって思ってたはずなのに。ビジネスの話、どこ行っちゃったんだろう。
いろんなものを持て余している。沸々と湧き上がる熱情を、ずっと押し込めて見ないふりしてたけど限界かも。
………….ごめん、苦しいよ。さすがに。
ぼくはぼくが信じれるものを作ろう。人間が人間の体を使ってやるからこそ価値がある体験にベットしたい。ぼくは、人間が好きだ。
最後まで読んでいただきありがとうございます。