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その『大丈夫』、大丈夫じゃない

コーヒーが零れぬうちに

思考を巡らすために、いつものカフェでコーヒータイム。

カップを置いたテーブルを見たら、カップの下に敷いた紙ナプキンにコーヒーの染みが。

最初は飲み口からつたったコーヒーかな。そう思ったが、何度拭いても染み込んでくる。

よくよく見るとカップにヒビが!滲み出ているではないか!

マグカップなのにヒビ!?相当な負荷や衝撃与えないとヒビなんて入らないよな。。

反社会的なマグカップをつくるのはアナタ

もし、このマグカップが人の心や身体だったら。取り換えて、なんてことはできない。

日々の生活で心身ともに磨耗し、負荷がかかりヒビが入っていくとしたら。。

ヒビが入っていることに気付けば、対処はできる。しかし気付きもせず、または見て見ぬフリをしたら、壊れるという最悪の結果を招く。

理想はヒビが入らないような予防だが、現実的には難しい。

コーヒーのマグカップくらいなら、代替はいくらでも利く。道具だからだ。

だが、個人に代替はない。

会社なら、労働者=機能として、代替はいくらでもいる。大丈夫、あなたも私も、もし居なくなっても会社はまわるだろう。

しかし、家族としての自分、友人としての自分。つまり機能ではなく、存在としての個人。

存在に代替はない。

反社会的な行動をする人の特徴は、機能として否定され、存在として認めてもらえないことへの苛立ちと悲哀。

単に存在することもままならず、さりとて機能としても必要とされなければ。。

反社会的な行動をとった人の心は、このヒビの入ったマグカップと同じ状態が続き、あるとき何かをキッカケに壊れるのだろう。

人は、他者との関わりの中でしか存在を感じられない。

もし、自分の周囲にいる人が壊れたのなら、それは自分の関わり方がその人にヒビを入れるような関わり方だったのでは。と疑う必要がある。

予兆はある。微妙な変化で見過ごしてしまうくらいの変化。でも発信されているはず。

いつもならする言動、逆にいつもならしない言動。

気付いたら声をかけてみよう。

『大丈夫?』でなく、具体的な問いかけを。

いつもは◯◯だけど、最近は××だよね、みたいな。

大概の人は『大丈夫?』と訊かれれば『大丈夫』と返答してしまうから。

そして、自分にも問いかけること。

あなたのカップが壊れないように。

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たにさん
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