初期のセシル・テイラー 2 「ジャズ・アドバンス」 "Jazz Advance" Cecil Taylor
さて、アルバムの内容に関してだが、いかにこの音楽が異端に聴こえたのか?ジャズというポピュラー・ミュージックの世界に突然落ちてきた異物のように感じられたか?という点への評価と、プロダクションとしての出来の部分とは別に考えなければならないと思う。
この「ジャズ・アドバンス」ではセシルのヴィジョンとそれを可能にする彼の技量の素晴らしさは十分伝わってくるのであるが、他のメンバーとのアンサンブルにおいてはまだまだ発展途上感がある。
ドラムのデニス・チャールズは33年生まれで23歳、これが初レコーディング。ベースのビュエル・ニードリンガーは36年生まれで20歳、この前に1枚トランジションでレコーディングしているが、経験があるとは言えない。2曲参加のスティーブ・レイシーは34年生まれで22歳これが初レコーディング。プロデューサーのトム・ウィルソンにしても31年生まれで25歳。経験不足のかたまりのようなメンバーでなおかつ予算もない。
スタジオはエンジニアとしてクレジットされているステファン・ファセットのボストンの自宅スタジオであったと推測される。これも良い環境とは言えないだろう。(この辺りの状況に関してはA・B・スペルマンの「ジャズを生きる ビバップの四人」にニードリンガーによる回想がある)その割に音質的には同時代のものとの比較で健闘はしているが、次のスタジオでのレコーディングとなる「Looking Ahead!」とはかなりの差がある。
どのトラックもベースとドラムは心もとない。セシルの音楽をどうジャズとして消化するか?セシルの音楽とどう対峙するべきか、など考える以前の模索の域を出ないできである。この状態=「セシルの音楽ヴィジョンに周囲が対処できない状態」はしばらく続き、「Looking Ahead!」である程度進展はあるものの、なんとか形になってきたのが60年の「The World of Cecil Taylor」あたりではないだろうか。その「The World of Cecil Taylor」にしても、ひとまずチャールズとニードリンガーによる形であって、その後63年のヨーロッパ行き後、リズムが可変的になるサニー・マレーのドラム以後の音楽に比してみればセシル・テイラーの世界の本格的現れとは言えないものだ。
本作のA面「Bemsha Swing」にしても「Charge 'Em Blues」にしてもバッキング、特にベース・ラインは全く普通のジャズ・ブルースのバッキングである。「Charge 'Em Blues」にはスティーブ・レイシーのアルトが入るのだが、レイシーが入ると、オーソドックスなバップの世界に一人異物としてセシルが入り、変なテンションのコードを弾き散らかしている(言葉が悪くなってしまったが、反対にレイシー他がリーダーであるセシルの世界を受けとめきれないでいる)という印象になってしまう。この傾向はトム・ウィルソンのプロデュースでUAに入れたジョン・コルトレーン、ケニー・ドーハムとの共演盤「Hard Driving Jazz」にも当てはまる。
「Like Some One In Love」だったり「Just Friend」だったりをオーソドックスに気分良く演奏するコルトレーンのクインテット(とは言ってもベースがチャック・イスラエルでドラムはロイ・ヘイズと若手を起用)の中で異物としてセシルのピアノが存在するという風情で、セシルのヴィジョンに寄り添う様子は全くない。コルトレーンはこの時期以後オーネットやセシルの音楽に接近するわけであるが、この段階では当時の所謂コルトレーンのままである。
セシルのヴィジョンに他が追いつくにはそれなりの時間が必要であったわけだが、当時のセシルの様子を伝えるA・B・スペルマンの「ジャズを生きる」によると、活動の場が限られアンサンブル面でのアイデアの発展になかなか至らなかった様子である。
さて、話しを「Jazz Advance」に戻し、まずは残りのカヴァー曲にフォーカスしていくことにする。A面ラストのエリントンの「Azure」は比較的原曲のフレームを保つ。これはバッキングがそのフレーム内で行われているからであって「Azure」のシークエンスをバックに演奏させ、その上でセシルが好き勝手に弾くといった趣向である。ここには後に見られる様なグループ・インプロビゼーションとしての見所はない。であるから、セシルの演奏を聴くことに徹するのがオススメである。
B面2曲目ポーターの「You'd Be So Nice To Come Home To」はソロ・ピアノとなり、余計なものが省かれ、純粋にセシルのこの当時のコンセプトを聴くことができる。9分強のソロ演奏で、原曲のフレームはほぼ解体されるのだが、セシルがこの曲のインプレッションをどのように再構成するのかが興味の中心となる。こうなってみると全くのオリジナル曲よりも誘引があり、セシルの方法に対して切り口が持て「これ以前にこのようなカヴァーはなかったな~」と、感嘆した聴き手が多かったのではないだろうか?
B面の残る2曲はオリジナル曲である。「Song」はレイシーが参加し、冒頭、短い掛け合いで始まる、ある程度出入りに関する決め事がある曲である。各ソロに入ると例によってバッキングは普通。ただA面のブルースよりは構成の面白さがある。
ラストB3の「Rickkickshaw」は多分エリントンの「It Don't Mean a Thing」を下敷きにした曲で、やはり入りに工夫がある。デニス・チャールズはヴァージニア諸島の出身で、パーカッショニストとしてラテン音楽のバンドで活動し、その流れでドラマーとなったのだというが、この出だしのリズムであったり、「Bemsha Swing」の途中に現れるリズムであったりにその出自を感じさせ、その部分で突然リズムが活性化するように感じる。後の「The World of Cecil Taylor」冒頭「Air」の例のパーカッション的シークエンスはその典型と思う。ただ、出だしは良いのだが、全体としてはどうにも演奏のまとまりが悪い。ラストの掛け合い部分など途中で混乱が生じているのを無理やり終わらせた感がある。
ざっとアルバム全体に関して感想を書いたが、この時点でのセシル・テイラーはソロ・ピアノのレベルでは斬新なヴィジョンとそれを実現する高いテクニックを持っていたと思う。しかし、カルテットとしてバンドのアンサンブル・レベルでは課題山積状態であり、その課題が諸々レコーディング条件の悪さもあり、修正できないままレコード盤となってしまっている。
と、色々細かい点で不満を書き出すときりがないのだが、だからといって「セシル・テイラーの衝撃的なデビュー盤である」という感想は変わらない。トランジションという若者が始めたばかりのインディー・レーベルだからこそ、 この未完成で荒削りな状態でのリリースとなったが、それはそれでジャズの未来を感じさせる衝撃的な音楽であったのであり、トム・ウィルソンはジャズの歴史に大きな貢献をしたと思う。
例えば今、「モンクが好きなんです」という若者が現れて、このレコードの「Bemsha Swing」の様な演奏をしたとすると、ぼくはとても驚いてファンになると思うし、もっとその若者の音楽を聴いてみたいと思う、と思う。当時のセシル・テイラーはそういう才能であったハズだ。ナット・ヘントフは次作の監修を務め、さらに自身のレーベル、キャンディドで「The World of Cecil Taylor」をプロデュースすることになるわけだが、ヘントフの尋常ではない肩入れ具合からしても、当時のセシルの衝撃の大きさがわかるというものである。
つづく
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