「ドント・ルック・バック」 ボブ・ディラン D・A・ペネベイカー "DONT LOOK BACK " Bob Dylan, Donn Alan Pennebaker
*このテキストは2019年に他で掲載したものです。映画の話題を2つ続けて投稿したので、この機会に古いものを数本投稿しなおします。
今更ではあるが "DONT LOOK BACK " Bob Dylan。
監督のD・A・ペネベイカー がこの8月に亡くなった様子で、且つ、ここのところディランをまた聴くようになったこともあるし、個人的に音楽ドキュメンタリー映画の一つのスタイルを確立した作品であると思うこともあって、覚書的に以下。
イタリア字幕であるが、ネットで見ることができる。
まずは背景確認的な事項となるが、本作は"Bringing It All Back Home"が出て、"Highway 61 Revisited"リリース前、バンド編成でステージに立つようになる前のイギリス・ツアーの様子を追ったな内容で、若きディランの姿が魅力的であると同時に、ダイレクト・シネマの代表作とされている作品である。
監督のD・A・ペネベイカーはダイレクト・シネマのスタイルを確立したと評価されているロバート・デューの"Primary"に録音と編集で参加していて、後に"Monterey Pop"であったり"Ziggy Stardust and The Spiders from Mars"であったりの音楽映画を監督・制作することになる。
この65年の段階で彼のポジションを考えてみると、"Primary"が新しい方法の映画として、多くの関心を集めたことで、ある意味映像の世界での注目株として、ディランと似たようなポジションにあったのかもしれない。
ダイレクト・シネマはフレデリック・ワイズマンの"Titicut Follies"(67)あたりをその嚆矢とするが「カメラの存在を対象が意識しなくなる」=「カメラの存在が状況を歪めない」ことを方法論とする。とはいってもやはりカメラは存在するわけで、その存在による歪みを積極的に用いない方法論、とした方が個人的にはより妥当と思う。
積極的に用いる方はこのブログでも取り上げたロバート・クレイマーなどが良い例で、例えば"No Direction Home"など、よくあるインタビューが中心となるようなものは、どちらかといえば、こちらの範疇に入る。
以上を踏まえての"DONT LOOK BACK "であるが、これはダイレクト・シネマとしてかなり上手くいっていると感じる。
まず、今更だが題材が良い。ディランがワールド・ワイドにブレークするタイミングを捉えているし、なおかつイギリス・ツアーで様々な質問を受けるため、制作者がインタビューするまでもなく本人が喋る状況にあり、それを上手く利用できている。と同時に、メディアとディランの関係、広くはメディアとこの時期のアーティストとの関係を描き出し、より興味をそそる結果となっている。
このあたりはディランがこの状況を上手く利用したとも言える。ディラン自身、プロテスト・ソング中心の時代からの変わり目にあった時期であり「本当のメッセージは?」というような質問をはぐらかす姿など、今の時点から見るとディランらしいやり方に見えるが、この時期にはそのようにはみられておらず、この映画以降、この態度が受け入れられていった部分があったように思う。
作品はディラン一行が空港に着くところから始まり、ロイヤル・アルバート・ホールでのコンサート終演後の移動する車内での会話で終わる。ここで"Give the anarchist a cigarette"という後に色々引用されるセリフを残すことになるのだが、これも非凡なところだ。
本編ではステージに出る直前まで人が絶えない楽屋の様子から、一人ステージに出て行く姿が何度も捉えられるのだが、これがまた良い。他のアーティストに比べ普段との地続き感が高く、会話していたそのままでステージに歩いて行き歌い出す感じが良く撮れている。
また、マネージャーのアルバート・グロスマンがギャラの交渉をするところなども捉えているが、これはグロスマンが制作に絡んだからこそのシーンである。ただ、ここはさすがにカメラが意識されている、というかほとんどヤラセのように見えてしまっている。
他には楽屋やホテルの部屋にやってくる様々な人々の姿が捉えられている。個人的にはこのブログでおなじみのトム・ウィルソン(セシル・テイラーなどのレコード・プロデューサー)の姿がチラチラ映るのが物珍しいく、興味を引いた。確かウィルソンはこの次のシングル"Like a Rolling Stone"までディランのプロデューサーをつとめたハズだ。
他にもドノバンが出てきたりと当時の状況が知れて興味はつきないのだが、やはりなによりも、当時、若き注目の的であったボブ・ディランがさらなる何かに変化して行く様子を描ききり、且つ、そのことがダイレクト・シネマという「新しい手法」だからこそ可能であった、ディラン側も受け入れ利用した、と実感させてくれるところがこの作品の稀有なところだ。
後年のスコセッシによる"No Direction Home"も興味深い作品であったが、やはり"DONT LOOK BACK "は旬の映像スタイルが最良の素材と出会った、文字通りランドマーク的な意味を持つ作品、と今更ながら思う次第だ。