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サニー・マレー "Sunny Murray"
A1 Phase 1,2,3,4 9:45 A2Hilariously 11:12
B1 Angels And Devils 11:09 B2Giblet 8:55
Credit
Percussion – Sunny Murray
Trumpet – Jacques Coursil
Alto Saxophone – Byard Lancaster, Jack Graham
Bass – Al Silva*
Engineer – David Hancock
アルバート・アイラーつながりで、チャールズ・タイラー、フランク・ライトのESP盤を紹介してきたが、今回はその延長でサニー・マレーのリーダー作。66年1月の録音。ちょうどマレーがアイラーのバンドを実質クビになったタイミングである。ことさらそれを気にして聴く必要はないとは思うが、一応指摘しておく。
この作品はESP盤のカッティングを数多く手掛けているデイヴィド・ハンコックがエンジニアである。実はハンコックがESPでエンジニアを担当した音楽もの(他にティモシー・リアリーものがある)はこれと、アイラーの"Spiritual Rejoice"の2作品のみ。ESPのバーナード・ストールマンによるとハンコックは基本的にクラッシックの畑で評価されたエンジニアで、マイク2本で録るシンプルなスタイルであったという。
そのことも影響してか、両方ともかなり特徴的な、低音の広がりのあるサウンドになっている。個人的には"Spiritual Rejoice"は苦手。この "Sunny Murray"は好みで、マレーが持ち込んだ特大のバスドラの響きが独特な広がりを持ち、ドラマーのレコードとして面白いサウンドで録れていると思う。苦手な"Spiritual Rejoice"の方の音は広がりすぎで体育館チックなのだが、こちらはギリギリそうはなっていないところが良い。ドラムのサウンドがスタジオいっぱいに鳴り響いている中、そこにホーン、特にトランペットがオンで乗ってくる。ただし、ベースはアラン・シルヴァなのだが、こちらは若干遠く、且つバスドラと被る感じでどうにも聴こえにくい。本来はマレーとシルヴァのやり取りを中心に聴きたいところであるので、その部分では残念だ。
ネット上でシルヴァへのロング・インタビューを見つけた。全体に興味深い内容なのだが、このアルバムに関する言及があるので、長いが引いておく。
「サニー・マレーがドラムを発展させたことに本当に敬意を表している。彼は素晴らしいやつで、ユーモアのセンスも抜群だし、ちょっとクレイジーだけど、ものすごく才能がある。彼は俺にヘルムホルツの "On the Sensations of Tone" を紹介してくれた。振動の問題だ(The question of vibration)。我々がそこに行ったのはヴァレーズがその話をしていたからだ、俺はヴァレーズの音楽が大好きだ。1966年にサニーのアルバム [ESP 1032] で一緒に演奏する機会があったとき、彼は巨大なバスドラムを叩いていた。"Angels & Devils"のサウンドを聴いてみれば分かるけど、彼の時間の扱い方はまったく新しいアプローチだった。時間の加速と減速。サニーの振動するシンバルのアイデア(vibrating cymbal idea)はビートを消し去り、ベースがドローン(持続音)やハム音のようになった。 それは、それまでのスウィングの終焉だった——リズムが速くなりすぎて、逆に遅くなってしまうようなものだった。サニー・マレーは、相対性理論を最初にドラムで表現したドラマーだ。 彼からは本当に多くのことを学んだ。」**
ネットに "On the Sensations of Tone"があったのでリンクを貼っておく。
1863年初版であるが、理屈の大筋は古びていない。楽器に興味のある方は是非。また現在ではあまり受け入れられていないが、音と色(両方とも波動である)の関係に言及している。そのあたりが、サイケデリック期のアーティストであり、ヴィジュアル・アートにも関心の高かったシルヴァとその周辺に影響を与え、実作での応用を促したのは理解できることで、大変実践的なものとしてヘルムホルツの理論を使っていたのではないかと推察する。
さて、引用したシルヴァのコメントであるが、とりあえず当時のマレーのスタイルがどのようなものだったかのか、映像で見るのが良いと思うので、以下。68年の映像。
これのバス・ドラが大きいバージョンがレコーディング時のセット・アップと思えば良いのではないだろうか。
セシル・テイラーやアルバート・アイラーの稿で書いたが、マレーはフリー・ジャズのドラム・スタイルを指し示した重要なイノヴェーター。否定で特徴を語ることにはなるが、強拍を置かない、スウィングしない、ドラミングが特徴で、シルヴァの言を借りれば「それは、それまでのスウィングの終焉だった——リズムが速くなりすぎて、逆に遅くなってしまうようなものだった。」ということになる。
上のビデオでは途中からエルヴィン・ジョーンズとアート・ブレーキー+ジミー・ギャリソンなどなどが出てきてのオーセンティックなセッションとなるのだが、マレーがこのセットで浮いてしまっている(もちろん適当に合わせることはできるが)ことは明らかである。服装的に浮いているエルヴィンが一番活き活きとやっているのが印象的だ。
ブレーキー、エルヴィン、マレーと3世代のスタイルを代表するドラマーが共演するステージであるのだが、少なくともこのステージでのエルヴィンとマレーの間の断層は深い。コルトレーンは新しい方向に踏み出すにあたって、エルヴィンの代わりにマレーを誘ったのだという。当時マレーはアイラー・グループへの忠誠があり、コルトレーンのオファーを断り、代わりにマレーのスタイルに感化された一人であるラッシッド・アリを推薦したとされている。*
68年のこのビデオのセッションは上記エルヴィンとマレーの経緯、前年にそのコルトレーンが亡くなったこと、そのショックで"New Thing"の方向が混乱してきたこと、などを踏まえて観ると一層興味深いと思う。さらに言うといわゆる"New Thing"系のアーティストたちのヨーロッパへの大移動(69年前後)がこの後に起こることも象徴的だ。
さて、アルバム・レヴューに戻る。これ以前にESPには打楽器奏者のリーダー作としてミルフォード・グレーブスのアルバムがあるが、そちらはパーカッション・デュオで上物もベースもない純粋に打楽器ものだった。対してマレーのリーダー作であるこの盤はアルトが2本ではあるがまあ通常編成のクィンテットものだ。マレーはこのアルバムでパーカションと表記されているが、やはり「ドラマー」というイメージの強いアーティストで、そのことは上のビデオでもわかると思う。「ドラマー」だから上物が必要だと短絡したくはないが、少なくともホーン込みでの表現、なんらかの調整を感じる表現をしたい性分だったのかもしれない。
メンバー構成を見ると、シルヴァの他ホーンはトランペットが前回フランク・ライトの稿でも取り上げたジャック・コーシル。アルトはジャック・グラハムとバイヤード・ランカスター。グラハムの方はこれ以外にほとんど参加作品が見当たらないが、ランカスターはこの後しばらくマレーと行動を共にするサックス奏者である。この盤でずいぶん頑張っている風に聴こえる方がきっとランカスターなのであろう。
コーシルがマレーと同じ建物に住んでいて、という経緯は前回書いた。マレーはコーシルが"The Dom"で皿洗いをしていたところに行って、いっしょにやらないかと誘ったのだと言っている。*
66年当時はサイケデリック・エラで、イーストヴィレッジに住んで、あたりを徘徊していたマレーやシルヴァ、コーシルは当然その渦中にあったと思う。シルヴァは画家でもあり、ヴィジュアル・アートにも一方ならぬ関心を寄せていたようで、「私は自作のスライドを作り、色彩と音楽を組み合わせていた。当時、ロックバンドのライトショーの仕事もしていた。ウォーホルの映画やオープニングにも行ったし、これはちょうどサイケデリック・シーンの始まりの時期だった」**
と述べている。
コーシルの働いていた"The Dom"には、このアルバムのレコーデングのおよそ3ヶ月後となる66年の4月1日からヴェルヴェット・アンダーグラウンドが"Exploding Plastic Inevitable"に参加という形で出演している。蛇足と思うが以下当時の映像。
引用にあるようにシルヴァは「サニー・マレーは、相対性理論を最初にドラムで表現したドラマーだ」とまで言っていて、具体的な曲名"Angels & Devils"をあげて「時間の加速と減速。サニーの振動するシンバルのアイデア(vibrating cymbal idea)はビートを消し去り、ベースがドローン(持続音)やハム音のようになった。」といっている。であるから、よほどセッション時に、特にタイム感に関して、強烈な体験をしたのだと推察する。
このアルバムに関しては、そう思ってシルヴァがいったい何を体験したのか?セッションの場を追体験するつもりで聴き直すのも面白いかもしれない。もっと言えば、これはサイケデリック期のESPのレコードを聴く楽しみ方の一つであるとも思う。
枝葉的な説明が長くなった。
各トラックは、大まかにテーマの演奏がありソロが回るお馴染みの構成。ベースはテーマ部分の指引きに関してはフレーズが決まっているような印象を受ける他、全体的にはアルコ併用で進んでいく。その点で、この手のセッションとしてオーソドックスな構成ではあるが、イノヴェーターとして名高いドラマーのリーダー作である。この場を圧倒的に支配するマレーのドラミングを、上のビデオで、唸り声や表情もある程度イメージした上で聴くのがまずは本筋と思う。
下にリンクを置いたアラン・シルヴァのインタビューでは彼のその後の活動も詳細に語られている。フランク・ライトなど69年以降のフリー・ジャズの動向にも詳しいので、そのあたりに興味のある方には一読をお勧めします。
参考:
*Always in Trouble An Oral History of ESP-Disk, the Most Outrageous Record Label in America by Jason Weiss
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