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メモ『あなたの苦しみを誰も知らない』

支離滅裂な実家で育つ


このような思いなど知りたくはなかった。
みじめな思いだとか、悲しさ、苦しさ――そんなもの、知らないで大人になれればずっといいのだ。
自分が汚れているなどと思わされ、死ぬことすら叶わなかった。〝それ〟はふつうのことだと思っていた。
母は私を殴るものだし、父との風呂を強制するものだと思っていた。
教科書は破り棄てられるものだし、子ども部屋のドアをドライバーで外されたのも私にとってはふつうのことだった。

記憶が散逸している。

読書感想文で入賞すると母から罵られた。
「いじめられるほうに問題がある」と定型文を繰り返された。
修学旅行で「弁当容器を使い捨てのもので」と学校から指定されると、母はカップラーメンの容器にごはんを詰めた。隠すように食べた記憶がある。

「おまえを施設に入れてやる」と岡山市の東山を車で彷徨った。
窓ガラス越しに音もなく揺れる竹林をながめながら、いっそ「施設」に入ったほうが幸福なのではないか、と漠然と考えていた。

父は結婚も出産もできない私たち姉妹に激怒し、児童養護施設に出かけて行っては「養子をくれ」と施設長に直談判し、むろん断られて帰ってくることを繰り返した。

私は父にとり実子としてひどく〝落第〟だった。

小・中・高、若年と一切の記憶がないものの、振り絞るようにしてかろうじて思い出せばこのような惨禍の数々が羅列される。
そのいずれもがあまりにも〝論理〟に欠ける、意味のわからないものばかりだった。
そして私は実家での生き残りを賭けて、それらの〝非論理〟にもののみごとに適応した。論理を棄て、考えることをやめ、両親に自分の望みを伝えることをやめた。伝えたとしても叶えられたことは一度たりともなかった。

母は私の高校時代の奨学金を「私が返してやった」と豪語した。
やがて私は大学を卒業し新卒で就職した。毎月の手取りからコンスタントに日本学生支援機構に返還されていく通帳をながめながら、なぜ、そのようなつく必要のない嘘をつくのだろう、とさっぱり意味がわからなかった。

余談だが、私の大学進学を両親は一切認めず、私は日経新聞の新聞奨学生となり死に物ぐるいで働きながら卒業した。新聞奨学生の保証人すら両親は拒否したため、こっそりと親戚になってもらったことを申し添えておく。

中学卒業を控えたころ、私は漠然と勉強に興味はあった。普通科高校を希望していたが、母の命令で商業高校(私の当時の偏差値で合格圏内だった県立高校)へ入学することとなった。

私の知能検査結果はすさまじく凸凹しているので、定型的な一斉授業に私は馴染むことができなかった。しかし母はフリースクールや通信制高校などというものは微塵も想定していないようだった。
岡山弁で言うところの、いわゆる「風がわりー」と考えたのだろう。


終始友人に語りかけるような優しい口調

長々と、時系列もばらばらな凄惨な記憶を書き起こしてしまった。
グロテスクなまでの描写に読者も少々うんざりしているはずだ。
本書に登場する数多の虐待の事例を読み、刺激となったのかいくつもの記憶が想起されてしまったのだ。いつもなら再び胸の内へとしまいこむのだが、ふと、記録してみようと思い立った次第だ。
確固として私の内に存在する痛みでありながら、「誰も知ることのない」、禍々しい記憶として奥深くへしまいこまれていたはずの記憶は、こうして日の目を見ることとなった。

著者は語る。

虐待を受けたことを、「自分にも悪いところがあった」と考えていませんか、と。

そのとおりであったので、そのまま読み進める。すると以下の趣旨のことが書かれている。

あなたは悪くないし、邪悪でもない。ただそのとき自身が生き延びるために、せいいっぱいベストを尽くしただけなのだ――、

私は東京駅の丸善でこの本を買い、持ち帰り、駅前の区民センターのソファに腰かけて読んでいた。
そして声も出さず、表情も変えず、ひっそりと静かに泣いた。

ただ「親が悪い」と糾弾するわけでもない。「あなたはまったく正しい、完全なる善良である」と礼賛するわけでもない。

虐待を受けることは子どもの落ち度ではない。そして大人になってから子ども時代を後悔したとしても、それはそのときの「せいいっぱいのベスト」だったのだ、と優しく客観的に語りかける。

おそらくは私の両親も発達障害であり、そしてトラウマがあったのだ。
だが両親はそのことをかたくなに認めようとしないだろう。精神科への受診も拒むはずだ。

私にはなにもできなかった。できないなりに、ベストを尽くしたのだ。

これでよかったのだと思う。

これからも月1回ずつの精神科と心理カウンセリング通いはつづく。

治療の合間に、本書を読み返そうと思う。

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