ルーシー・カークウッド『チルドレン』
『チルドレン』を富山で見ることになったきっかけは、田中圭だ。ネット配信で見た舞台での演技がいいなぁと思った。その後、NHKで放送された満島ひかり主演『かもめ』を見て、上手いなぁと思った。そして去年の田中圭ブームだ。軽率にそのブームに乗っかってしまった。その田中圭がルーシー・カークウッド作、栗山民也演出の舞台『チャイメリカ』に出演する。第一報が出たのが8月初旬。栗山民也が演出する作品は3月に『シャンハイムーン』を見たばかりだ。ではルーシー・カークウッドとは?彼女の書いた『チルドレン』が秋に上演されることが決まっていた。演出は同じく栗山民也。出演者は高畑淳子、鶴見辰吾、若村麻由美の3人。一度は見たいと思っていた俳優陣だ。近場では富山公演がある。仕事終わりに高速で向かえば間に合う。見に行かないという選択肢はなかった。
室内に鼻血を流すローズ(若村)がいて、その横でヘイゼル(高畑)があわてている。『チルドレン』は福島原発の事故を元に作られた作品だ。放射能に汚染されると鼻血が出ると刷り込まれた世代の私は、事故の影響かと瞬時に思う。実際は、家を訪ねてきたローズに気づかなかったヘイゼルが、驚いてローズを殴ったことによる鼻血だった。
ヘイゼルとロビン(鶴見)の夫婦は海辺にある原子力発電所の近くに住んでいた。ある日大きな地震が起こり、原子力発電所が爆発した。ヘイゼルは目の前に迫った津波から逃げ、その後、浸水した自宅から発電所の煙を見た。今住んでいる家は親戚から借りた家だ。海の近くで、発電所は見えないが場所は近い。ロビンが毎日牛の世話をしに行っている牧場は放射能危険区域だ。ロビンとヘイゼル、そしてローズは38年前、事故を起こした原子力発電所で働いていた同僚だ。ロビンはヘイゼルともローズとも付き合っていた。ヘイゼルと結婚した後もローズとは続いていたし、ローズがこの家に来たのは初めてではないことはローズの行動でヘイゼルは確信していた。牧場から帰ってきたロビンはローズが自分を誘惑しに来たのではないかと勘違いするが、ヘイゼルはローズの真の目的を追求しようとする。
三人は、お互いに探りあいをしているような、本心はお互いわかっているはずとばかりにストレートな言葉を発していないのか、親しげなようで妙な距離があるやり取りが続く。知っているようで深くは知らない38年。特にローズはロビンとヘイゼルの家族については実際に会ったことがある第一子以外は存在を知らず、その第一子についてもどのような性質の子なのか、今回の訪問で知ることとなる。
ヘイゼルもローズに対しては同じようなものだ。ロビンを通して常に存在を感じていたが、彼女に届いたのはロビン以外から届く噂話や憶測だ。死んだと噂された彼女は死ぬほどの大きな病気をしていた。放射線治療によって生きながらえた彼女が目指す場所は、事故を起こした原子力発電所だ。かつて原子力発電所で一緒に働いていた仲間を発電所に集め、いま事故処理をしている20代30代の若い技術者を危険な作業から開放することがローズの目的だった。私たちが作ったものを若い人たちに背負わせるのかと。
鼻血をだしていた冒頭からずっと人間臭かったローズが急に聖人君子のような言葉を並べ始めた。彼女の美しい提案に乗ったのはロビンだ。彼は、牛の世話をすると嘘をついて、放射能危険区域内で死んだ牛を埋めるための穴を掘っていた。彼はすっかり放射能に汚染されていた。原子力発電所での事故処理は命に危険があるかもしれない。目前に死を見たローズと、死を目前にしたロビンはそこに出向こうとしている。その二人を前にヘイゼルは生きることを諦める選択が出来なくて混乱する。そしていつものルーティンであるヨガを始める。結婚し子どもを生み育て、普通の女性として生きるヘイゼルをうらやましく思っていたローズは彼女の隣で一緒にヨガをする。ヘイゼルのポーズをなぞるローズからはそれまで纏っていた何か強いものが抜け落ちていた。ローズが素直になった瞬間だったかもしれない。
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『チルドレン』
作 : ルーシー・カークウッド
翻訳 : 小田島恒志
演出 : 栗山民也
出演 : 高畑淳子 鶴見辰吾 若村麻由美
公演日程
埼玉:2018年9月8日 (土) 〜2018年9月9日 (日) (彩の国さいたま芸術劇場 )
東京:2018年9月12日 (水) 〜2018年9月26日 (水) (世田谷パブリックシアター)
愛知:2018年9月29日(土)~2018年9月30日(日)(穂の国とよはし芸術劇場PLAT 主ホール )
大阪:2018年10月2日(火)~2018年10月3日(水)(サンケイホールブリーゼ )
高知:2018年10月10日(水)18:30開演(高知市文化プラザかるぽーと 大ホール)
福岡:2018年10月13日(土)~2018年10月14日(日)(北九州芸術劇場 中劇場)
富山:2018年10月20日(土)19:00開演(富山県民会館)※この公演を見ました
宮城:2018年10月30日(火)19:00開演(えずこホール(仙南芸術文化センター))