個人的2024年ベストトラック20選
あっという間に年末です。
2024年は、治安の悪化や先の見えない経済不況、そして政局混乱と、不安と猜疑心の増した一年だったように思いますが、私の音楽生活を振り返ると、「日本のオルタナティブな名盤」という記事を書き始めてから関連作品も含めて聴き込みに時間を費やした関係で、日本の作品を新旧ともに色々聴いていました。みの著「にほんのうた」も良いきっかけになったと思います。
今年の新作もそれなりにチェックしていたのですが、何度も聴き込むようなアルバムはあまり多くなくて、その一方で、インパクトのある曲には沢山出逢えました。初めて聴いたその時から強烈に惹かれて、気づけば何度もリピしているみたいなことは何度もありました。
そんなこともあって、今年は例年のアルバムベストとは趣向を変えて、この一年でリリースされた新曲の中から個人的ベストトラックを選んでみることにしました。全20曲、順不同です。
・WONK「Life Like This」
今年の個人的アルバムベストを選ぶとしたら1位はWONK「Shades of」です。5曲が先行配信されていて、更に8月のライブで披露された曲もありましたが、アルバムとして通して聴くとその完成度に震えます。「東京起点のビートミュージック・クロニクル」というキャッチコピーの文字通りというか、まずオープニングの2曲はゴスペル的な懐の深さがあって、静かに、でも力強く、包容力のある楽曲です。そしてラスト前の曲は何とあのBilalが歌っている…そしてラスト曲はBilal, T3, K-Naturalとコラボレーションという凄いことに。そしてオープニングとエンディングの間には、WONKらしさを様々な形で表現した曲が並んでいます。今回はこれまで以上に、メッセージ性が強い曲が多くて、音楽に暖かく包み込まれながら力を与えられるという感覚を久々に味わいました。ベストトラックに選びたい曲ばかりですが、1曲選ぶとしたらこの「Life Like This」でしょうか。8月にWONK x ceroのライブを観に行った時に披露され、WONKには珍しく日本語混じりで問いかける「争い War 続くの?」「この国はどうなるの?」というストレートな歌詞が突き刺さり、配信された音源では日本のソウルレジェンド久保田利伸を客演に迎えていて、もう胸熱でした。ギリギリまで溜めた攻めのヴォーカルは流石です。今の自分はきっとこういう音楽を欲していました。
・Ashley Henry「Take It Higher」
ロンドンを拠点に活動するジャズピアニスト、Ashley Henryの新作「Who We Are」は彼のリリカルなピアノが冴え渡る詩的なジャズアルバムです。UKジャズの新星として話題を呼んだデビュー作「Beautiful Vinyl Hunter」は気鋭のジャズマン達を客演に迎え、UKジャズらしいテクスチャーをあれこれ取り入れて興味の尽きない作品でしたが、本作はもっとシンプルに、質感を大切にしながら自分の好きな音楽を演った感じがします。2曲目「Take It Higher」は90年代のクラブジャズの香りが漂い、個人的に好きな一曲。彼自身によるヴォーカルも良いです。Personel: Alec Hewes(b), Myele Manzanza(ds), James Massiah(fl), Richie Sweet(perc), Dane Zone(key), Simmy Singh(strings), James Copus(tp) Engineer: Giles Barrett, Mo Hausler
・BADBADMOTGOOD & Tim Bernardes「Poeira Cosmica」
カナダのジャズ系バンドBADBADNOTGOODがブラジルのSSW、Tim Bernardesをヴォーカルに迎え、更にブラジル音楽界の大御所Arthur Verocaiがストリングスを編曲しているという至高のコラボレーション曲。BADBADNOTGOODは2021年リリース「Talk Memory」でもArthur Verocaiとコラボしていて、この時は全曲インストで実験的な大作志向が強かったのですが、この曲はTim Bernardesのヴォーカルが素晴らしくて、MPBのビューポイントが勢揃いしているような。ただひたすら心地良く浸れる曲です。
・Khalab「I Need A Modem」
アフロフューチャリズムを電子音楽で表現するイタリア出身のDJ、Khalabがコンゴの音楽集団Kasai Allstarsとコラボレーションしためちゃめちゃドープなトラックがこちら。Kasai Allstarsはコンゴのカサイ州出身の異なる5部族のバンドに所属する音楽家15名から構成された音楽集団で、両者の絶妙なコラボレーションによる電子化された呪術的ポリリズムが未知の世界にトリップさせてくれます。コラボはこの1曲なのか、アルバムの予定があるのか、現時点では不明。2018年にリリースされた「Black Noise 2084」のような怪作を期待したいところです。
・馬場智章「PRIME」
映画「BLUE GIANT」で主人公宮本大の演奏を担当し話題になったサックス奏者、馬場智章のメジャーデビューアルバム「ELECTRIC RIDE」は共同プロデューサーにBIGYUKIを迎え、ジャズを超えた未来志向な音楽に仕上がっています。パワフルなサックス演奏が持ち味で、躍動感が素晴らしい。その一方で、様々なコラボレーションで培った幅広い音楽性も魅力です。1曲目「PRIME」は超絶クールなので、日頃ジャズを聴かない人にも是非聴いてほしいです。ドラムは韓国出身のJK Kim。
・Shingo Suzuki「All in your palms」
自身のバンドOvallの活動も並行させながらベーシスト&プロデューサーとして多くのミュージシャンの楽曲に参加するShingo Suzukiは日本の現行音楽シーンを支える重要人物の一人ですが、その彼が16年ぶりのソロアルバム「Liquid Yellow Products」をリリース。グルーヴをここまで堪能させてくれる作品、日本には中々無いんですよね。流石すぎる。選んだ曲「All in your palms」は渡辺翔太(pf), 守真人(ds)とのピアノトリオ曲ですが、ダウナーな曲調ながらグルーヴがビシバシ伝わってきて、この感じ、ツボ過ぎて本当堪らないです。
・Jordan Rakei & STUTS「Celebrate」
この組み合わせに驚いたのはきっと私だけではないはず。元々5月にリリースされたJordan Rakeiの新譜「The Loop」日本限定版のボーナストラックとして収録されていたのが、11月に二人のダブルヘッドライン・ショーが開催されるタイミングで配信開始されたという経緯のようです。この曲がめちゃめちゃカッコ良いR&Bで、STUTSってこういう音楽演るんだっけ??と度肝を抜かれました。Jordan Rakeiが来日した折にSTUTSのトーク番組に客演して意気投合しセッションしたのがコラボレーションの始まりらしいです。この出逢いをセッティングされた方、グッジョブです。
・大石晴子「サテンの月」
2022年にリリースされた「脈光」が本当に素晴らしい作品で、折に触れて聴いていたのですが、待望の新曲「サテンの月」は期待以上の曲でした。静粛な空気に月が浮かぶ、その中心に佇みながら徐に感情が高まっていく、その情景が写真以上にありありと伝わってくる、まるで俳句のような音楽です。広がりを感じさせるサウンドプロダクションも見事です。12月下旬にも新曲がリリースされるようですね。Personnel: 高橋佑成(pf), 石垣陽菜(b), 武良泰一郎(ds), 宮坂遼太郎(perc), 細井徳太郎(g) Engineer: 中村公輔
・角銅真実「外は小雨」
独自の世界観を有するパーカッション奏者、角銅真実が今年1月にリリースしたアルバム「Contact」はまるで異国の森に迷い込んだようなファンタジックな世界に包まれています。手法はエクスペリメンタルですが、表現された音楽は不思議なほど自然で懐かしい。例えばこの「外は小雨」という曲、雨の日の空気感をこんなにもありのままに感じさせた音楽は初めてでした。こういう音楽をクラシック音楽とは呼ばないと思いますが、大衆音楽とは一線を画した芸術作品という感じがします。トラディショナルフォークの風合を大切にしたアコースティックな音楽を奏でるSSW、Sam Amidonが歌とヴァイオリンで参加しています。
・折坂悠太「夜香木」
折坂悠太の音楽に対して、これまでは近寄りがたく気軽に聴けない音楽という印象を勝手に持っていたのですが、今年6月にリリースされた「呪文」はいい意味で肩の力が抜けたフレンドリーな作品です。この「夜香木」という曲は何故か口ずさんでしまう不思議な曲でした。アルバムについてはこちら↓でレビューしています。
・Wool & The Pants「盆」
Wool & The Pantsの2ndアルバム「Not Fun In The Summertime」は、『X』で話題になっていて聴いてみたらハマった作品です。Sly & The Family Stoneの「There’s A Riot Goin’On」を彷彿させる密室ファンクで、茹だるような酷暑の気怠さが再現されるようなリアリティがあります。中でもこの「盆」は、帰省してお墓参りそして終戦記念日という、重々しいモノトーンの過去がこの日だけ現世に接続されるというお盆の特別な空気感をそのまま音にしたような凄みがあります。
・武田理沙「狂想・未来・ロマンチカ」
武田理沙の4th アルバム「Parallel World」の1曲目。アミューズメントパークで過ごした1日を7分の動画に編集したような色鮮やかなコラージュ的音楽。これをDAW駆使して一人で作っているというのだから驚きます。スピード感と刹那的な眩しさは現代的ですが、素材にプログレ的なフレーズが多いのがまた興味深いです。武田理沙の音楽についてはしばしば長谷川白紙を引き合いに出されますが、御二方の創造される楽曲に対して新たなジャンル名が爆誕するのか、それとも神々の音楽として他の追従を許さないポジションを維持するのか、その答えは2025年以降に持ち越されそうです。
・篠沢 広(初星学園)「光景」
長谷川白紙が「学園アイドルマスター」というゲームのキャラクター篠沢広の歌を手掛けたという、それだけでも相当なインパクトなのですが、なんとArthur Verocai(!!)がストリングスアレンジを担当しているというビッグサプライズが。これにより、“二次元アイドル x Arthur Verocai”(?!)という謎の組み合わせが爆誕してしまいました。Arthur Verocaiは学園アイドルマスターのコンセプトとかキャラとかどの程度把握していらっしゃるのだろうとか、余計な詮索もしてしまいますが、それはそれとして実際どうなのよと思って聴いてみると、取り合わせの妙がそこには確かにありました。考えてみればブラジル音楽ってウィスパーボイスとの相性が良いんですよね。他のラテン音楽は割と声を張り上げる系が多いので、なんでブラジルだけ異質なんだろうと以前から思っていました。面白いです。
・長谷川白紙「行つてしまつた」
その長谷川白紙はFlying Lotusが主宰するレーベルBrainfeederからオリジナルアルバム「魔法学校」をリリース。前作「エアにに」ではロジカルでアグレッシブなビートの追求が異次元でしたが、本作は声を素材とした実験音楽としての要素が強く、その中で個人的ベストトラックがこの「いつてしまつた」です。BPM200を超える爆速ドリルンベースにKID FRESINOがラップするという、まるでオリンピックのような世界が展開されているのですが、これが競技ではなくアートとして成立するのは両人が超人的感性を有する故であろうかと。長谷川白紙にはこれからもエクスペリメンタルな音楽を期待してしまいます。
・Answer to Remember「札幌沖縄」
フュージョンというジャンルは90年代に一旦完結したようでもありましたが、2010年代後半以降にThundercatやDOMi & JD BECKなど新世代ミュージシャン達によってネオフュージョンとでも呼べそうな新展開を呈してきました。そして日本ではジャズドラマー石若駿が率いるこのAnswer to Rememberがその急先鋒の一角といえるでしょう。メンバーは佐藤悠輔、MELRAW、中島朱葉、馬場智章、若井優也、海堀弘太、マーティ・ホロベック、Taikimen。更に曲毎にゲストミュージシャンも迎え、ジャズ界をリードするミュージシャンが勢揃いしています。この「札幌沖縄」は疾走感溢れるジャパンフュージョンの現代版ともいえそうです。
・Geordie Greep「Holy, Holy」
Black Midiの活動休止が突如発表され、その後にギタリストGeordie Greepによるソロアルバム「The New Sound」がリリースされました。その独創的な音楽性は相当話題になり、特に先行配信された「Holy, Holy」については、グイグイ前のめりなサンバビート&歌謡曲のような歌メロとキャッチーなリフがまるでサザンオールスターズのようだと、想定外の方向で日本人リスナーが沸くという異例の事態が発生しておりました。実際のところサザンにインスパイアされたとかではなく、Geordie Greepがサンバなどラテン音楽を含めた多種多様な素材をロックにぶち込んだ結果、奇跡の近接が起こったようなのですが、どうやら歌詞もサザンぽいという噂が…それはともかく、Black Midiについては現代版プログレと認識していたのですが、今回のGeordie Greepソロはラテンやジャズの要素が強まっていて、更にメロディラインが中々にキャッチーなあたりがこれまた70〜80年代の日本のフュージョンを彷彿させたりもして、興味の尽きないアルバムです。
・Bruno Berle「To Amar Eterno」
今年のブラジル音楽で断トツで聴いたのがBruno Berle「No Reino Dos Afetos 2」でした。2022年にリリースされた「No Reino Dos Afetos」に比べると、前作の淡く儚いサウンドプロダクションの要素は残しつつも、ちょっとインディーロックっぽいというか、骨格を明瞭にして音の厚みも増しています。最近のブラジル音楽の話題作を聴いていると、エレクトロ色の強い軽めなサウンドが流行しているような気もするのですが、私的にはこの作品が色々とちょうどよいです。
・Sam Wilkes, Craig Weinrib, Dylan Day「Too Young To Go Steady」
7月にカート・ローゼンウィンケルのライブを初めて体験したのですが、そこで旋律とかコードとかそういう譜面的な何かを超えた音の響きそのものを浴びて感じるという感覚を味わい、それを契機にギターの役割とか可能性というお題について結構考えるようになりました。例えばこのアルバムも超絶技巧や難解コードで黙らせるタイプの音楽ではありませんが、音そのものの響きのチル具合が絶妙で、あまりの心地良さに繰り返し聴きたくなります。弾き手は何を弾くかという工程からは逃れられないけど、聴き手はそこをスキップしてよいわけで。この曲はコルトレーンの「Ballads」の演奏が有名ですが、全然違って聴こえますよね。
・HYDE「SOCIAL VIRUS」
L’arc〜en〜Cielのhydeはソロ活動も精力的に取り組んでいますが、今年リリースされた「HYDE[INSIDE]」はメタルコアを基調としたゴリゴリのラウドロックで、この「SOCIAL VIRUS」という曲は中でも特にアグレッシブな曲です。私は時々無性にHR/HMとかハードコアパンクとか聴きたくなることがあるのですが、当該ジャンルが自分の中で80年代からほとんど更新されていなくて、結局その頃のモトリー・クルーとかジューダス・プリーストとかDischargeとか聴いておりました。それが全面的にこのアルバムで刷新され、しかもかなり頻繁に聴いています。さて、音楽を年齢で語るのは邪道かと重々承知しておりますが、御歳55歳のHYDEのこの攻めっぷり、凄くないですか?それだけでなく、超ハードなスケジュールと益々パワーアップしたビジュアルもK点超えで、もう本当リスペクトしか無いです。来年も推させてください。
・ゆっきゅん & 君島大空「プライベート・スーパースター」
君島大空とゆっきゅんのツーショット写真に目を奪われ、聴いてみた二人のデュエット曲。これが超王道J-POPで、君島大空のソロワークと全然違っていて、でも不思議と惹きつけられて、もしかすると今年の新曲で一番聴いたかもしれないです。構成とかコード進行とかメロディーラインとか、あえてベタに王道を貫いていて、その一方でギターソロはしっかり君島大空なので、聴いてて自然と笑みが零れてしまいます。そしてなんか元気出るんだよな〜という、ポップミュージックの本質をこの曲は再確認させてくれました。そして、どう贖っても自分にはJ-POPが染み込んでいるんだなぁという諦観からの開き直りにも。
今年は音楽生成AIの話題も増えてきました。遂に音楽までもがAIに侵食されていくのかと、どうしても悲観的な感情が芽生えてしまうのですが、その一方で、一部の消費されるそれを除けば、音楽は身体性や精神性を伴う存在であり続けるに違いないという思いも改めて生まれてきている今日この頃です。
来年も音楽を楽しみながら、穏やかに過ごせたらいいなあと願っております。
了