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夏子Kakoの庭 22 ゆったりと

「無理せずに、楽しんでくださいね」

フラワーショップはな、店長さんの口癖だ。何かの折にいつもこの言葉をかけてくれる。佐伯さんも自分の店をもちたいという将来の夢を口にしたときに、また普段何気なく仕事をしている時に声をかけてもらったそうだ。わたしも、会社の食堂入り口の花当番で季節の花やアレンジを模索していると、声をかけられてはいないのに、自分の内から店長さんのこの声が内声で聞こえてくる。いつのまにか自分でも何かの折に同じフレーズを相手に送ることもある。

この言葉は、物事を考えたり感じたり、本を読んだり行動したり、自分の何かを行うスピードを意識的にゆったりとしないと、すんなりと自分の中に入ってこないフレーズだ。でもあくせくしている自分を自分らしい生活のリズム、自分らしく過ごせるスピードにあわせる魔法の言葉でもあり、だから呪文のように反復するようになる。

「無理せずに、楽しんでくださいね」

よし、お茶もゆっくりと飲んで、料理も丁寧に作ったり食べたり、やはり自分が自分らしく過ごせる時間の過ごし方や環境は崩さないように大切にしたい。

夕食後のちょっとしたお茶の時間に、お母さんに店長さんからのこの声掛けが自分には響くんだっていう話をした。するとお母さんはお母さんらしい受け止め方をした。

「すてきな店長さんよね。誰に対してもこういう言葉をかけられるって、すごく相手の気持ちが分かっていないとできないことだと思う。よく子どもが小さい時からのフォローの仕方の変化を、手取り足取り、言葉でフォロー、最終的には遠くから見守るっていう段階の変化よね。表面的には何もしていなくてもいつでも気にかけて見守ることってなかなかできない。家族でも難しいのに夏子はいい人たちに出逢えてよかったね」

わたしは店長さんの言葉が触媒になって、お母さんの大切にしていることが聞けたような気がした。何気ない、通り過ぎていく時間の中に、ゆったりと時間をすごす波に自分を合わせると、見えないものが見えてきて、聞こえないことが聞こえてきて、ふだんは感じないことも感じ取れるような気がした。自分の中の体内時計は機械的に進行するデジタルの時計の進みではなく、季節によって変わる日時計や、天気に寄り添ってその日の計画が左右される晴耕雨読、植物の成長のような遥かに時間をかける歩みに近いと感じる。

動作のノロマなナマケモノ。確かにすごくスローに動いている。でもなんで動作がゆったりとしているとナマケモノなんだろう。彼や彼女から見えている世界は、なんで人間はオチツカナク、ちゃかちゃかせわしないのだろう、可哀想に、もっと体内時計は緩やかだよって。きっとそのように見えているに違いない。