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夏子Kakoの庭 07 誕生

1月の暦の成人式も終わり、夏の帰省に合わせたお盆に行われる地元の成人式も済んだ。それからは同じような日々の中にも、小さな出来事が積み重なるような淡々とした時間が通り過ぎていった。ベランダのプランターも種を植えたり、水をくれたり、そして花が咲いたり、しおれて土を掘り返し日に当てたり、少し肥料をたして新たに土づくりをしたりと、季節をくりかえしていった。

夏子は仕事にも慣れてきて、今年の新入社員を見て、自分の5年前の高校を卒業してすぐに新入社員研修があって、経理課に配属したての頃のことが懐かしかった。

家で洗濯物をたたんで、お母さんは台所で夕食の準備を始めている。前にも同じような場面があったような日曜日の夕方だった。予報では曇り時々雨のだったが、薄日がさしてきて夕焼けの茜色がほのかに雲にかかっている。夕方のゴールデンタイムと呼ばれる空の色の変化、茜色からだんだんと夕暮れや夜のとばりへの変容にはとくに見入ってしまう。春の朝の「白くなりゆく山ぎは」を連想し、夏の夜の静寂を音のない深い一瞬を感じるのが好きだ。

「お母さん、話があるの」
母は何かを察しているらしく、流しの水道をとめて、あえてゆっくりと洗った湯のみ茶碗を丁寧に布巾でふいた。水で両手をぬぐってタオルでふいた。
「どうしたの。会社で何かあった?」
夏子はいつかは言おうと決めていたらしく、言葉をつないだ。
「お母さん、わたし赤ちゃんができたの、、、」
何かを言われるのを防ぐように夏子は緊張した。ほんの少しの間合いでお母さんが言った。
「おめでとう、夏子。よかったね。おめでとう」
何もなかったかのように、当たり前のようにすぐに返事をくれた。
「お母さん、なんでとか、どうしてとか言われるとずっと思ってた、、だから、、、」
「まずは、何はなくても、おめでとうだよ。よかったね。赤ちゃんか。ぷくぷくして可愛いしね」

お父さんが帰ってきてから話すこと、何があってもお母さんが言葉を足してくれるから、そのままのことを話すこと、を私に託した。

会社の先輩で、高校の先輩でもあって、いつかは結婚したいって二人で思っていた人だった。相手もすごく動揺してしまって、両親に伝えたら、事の前後はあるがしっかりと一つ一つ段取りを組んで所帯を構えろってまず言われたそうで、でも応援してくれるとも言われたそうだ。そのことも含めて、その日の夜に両親に話した。弟もなんとなく成り行きは察知していたようだ。

あわただしく時間が過ぎて、でもいろいろな人にも後押しされて段取りが進んでいった。夏子と新郎の太一は会社の同僚からも、親戚や友達からも祝福されて、今では珍しい慎ましやかながら賑やかな披露宴になった。最初のスピーチも経理課の加山課長、今では部長だが、わたしが新入社員の時の、岸さんにこっそりと面倒見係をお願いした出来事もまじえて紹介してくれた。

学校を卒業してからの日々は、その経つ時間のスピードが昔とは違う。小さい頃は1日の中でもすごくいろんなことがあって日々がゆっくりと、凝縮された時間がゆったりと流れていった。止まっているくらいの時間が過ぎていった。いまでは気が付くと1週間や1か月が過ぎて、1年もあっというまといえばあっという間に通り過ぎていく。初めて経験することがだんだんとなくなって、むしろ前に体験したり記憶に残っていることに投影するようにもなってきたからかもしれない。

来年の春には私の赤ちゃんが生まれる。

もう自分中心ではない時間の経過が待ったなしでやってきている。
お母さんが当たり前のように「おめでとう」ってすぐに返してくれてうれしかった。すごく責められるとばかり思っていた。ちっぽけな自分の考え方が遠い昔の自分だったようだった。
ベランダ越しにぼんやりと外を眺めたら、もう散ってしまって跡形もないのだが、キツネノテブクロの花が一列に並んで、薄紫色のかわいい手袋の形が、赤ちゃんの小さな手袋と重なって、見えてはいない思い出の風景が見えるようだった。

自分ではわからないが、何か糸に引っ張られて人生が進んでいることを感じた。