年度が切り替わる頃、私は彼に別れを告げました。 きっと桜が咲いたら、 一緒にお花見をしようと声をかけてしまうから 私の本音が霞む前に、別れを切り出しました。 私から振ったくせに、 電話で伝えたあとは涙が止まらなくて 彼の誕生日を祝った時に買った皿を見ただけで 私の一人暮らしの家にあるには多すぎる箸や 一緒にサッカーを見に行った時に着てた おそろいのユニフォームが しばらく畳んだままになってる姿を見るだけで… 身勝手で自己中なのでは、と思ってしまうくらい なんだかずっ
日々、なんであの人は、と 不平不満を垂れ流したい気持ちが 24時間ずっとあると言ってもいいほど 私は何事にも気がいってしまう。 それをどう消化しているのか 今までは知り合いだらけのSNSに書き込んだり 話を聞いてくれる人に言うことが多かった。 でもこれ、前者にしろ後者にしろ あまり誰も幸せにならない。 議論になって解決策が生まれればいいけれど そんなに大きくない問題に対して そして他人が経験したことに対して どうこう言う人がいるかと言うと多くない。 でもそんな中、私
人間とは、現実とは妙なもので 噂や陰で生まれる言葉によって殺されることがあって 「現実は小説より奇なり」とはよく言ったもので 人間はいつ裏切るか分からないし こんなことを語る私の命が いつ危ぶまれる機会に合うかは未知で 私もそんなことが起こるなんて思ってなかった。 大学でありもしない噂をたてられた。 ある日、だれかのものが無くなった。 そのものが無くなった現場、見つかったのもその場で その部屋にいたのはたまたま、私だった。 必死になって探しに来たその子。 血色の
もう、あなたを悪く言うのは終わりにするから、ここで成仏させて欲しい。 私があなたを好きになったとき、 あなたは他の人を好きだったよね。 でも、私は あなたに好きと言ってもらいたくて 何十回、何百回とあなたに好きと言ってきた。 けれど、あなたの好きは違う方向を見ていたから 私に好きと言う事は全くなかった。 でも、私と何度も夜を超えたし デートもした。 かわいい、いいお嫁さんになりそうだよね なんて言ってくれたけど あなたは好きだという言葉を封じていたよね。 けれど、
毎日朝が来ることが怖くて 今日を生き延びた幸せを噛み締める夜が好きで 物思いにふける夜が好きで タスクに追われる朝が嫌いだ 誰かに会った時にどう思われるかな 買い物しすぎで罪悪感を感じないかな 変な店員さんに当たらないといいな 天気がいいと、更にいいな 誰かと出会えるのも 好きなものが買えるのも 人に接客して貰えるのも 天気でどうこう言えるくらい私が元気なのも 全部幸せなのに 幸せの平均値が上がりすぎて 私を幸せから遠ざける。 ごめんね、私 私はちゃんと幸せなん
こんばんは。 今日は、私が今生き延びられている理由を少しだけお話したいと思います。 私は、今住んでいる環境とは似ても似つかない土地に生まれ、18年間生活していました。 そこは、自然や動物がいきいきしていて、 自然と人間の共存、なんて理想論がしっかり 現実になっている場所です。 つまり、理想郷です。 友達の家に遊びに行くのにも 車を使わなければ行き着けない、 子供の力ではどうにもならない場所で 人々が自然と寄り添いあって生きている場所でもあります。 人に干渉されたり、ご近
うざいうざいうざい、 起床2秒後には感じたこともない感情を起こさせた人間、ex bf。 「自分の誕生日を祝え」との内容のLINEが朝から送られて来た。 就業前に元カノに連絡を入れる暇があるほどあなたは余裕があることが羨ましくもあるし(皮肉を込めて)、正直もう私に関わってくるのはやめた方がいいと思うのだ。 なぜなら、もう私はあなたが好きだった頃の私では無い。 かなり私はものを言うようになったし、髪もロングになったし、かなり色んな人に対してオープンに性の話をするようにな
冷えた風と乾いた空気が流れるこの気候に いつもよりもさらに自分が小さく感じる。 それと同時に、暑さにやられている時期よりも身を縮め、切なさを感じたり、やや感傷的になり、内へのエネルギーが高まり、体感、密度が高まる自分にもときめいてしまう。 実りの季節、世の中が冬に近づき、 人々が寄り添い合う季節に向かうせいか 人ひとりひとりに熱を感じるのだ。 そのうちの一人も、私だ。 湿気と毎年更新される過去最高とされる高温でいっぱいになった空気では感じられなかった、 人が人を求める
思い出って、美化されるんじゃなかったっけ。 思い出すほど、 思い出が色付いて鮮明になるほど反吐が出る。 深夜テンションという名の免罪符を持って言うが、時々訪れる面白半分の気持ちで、世で言う18禁動画を見た。 しばらくご無沙汰だった私には刺激が強く、体を重ねたあの日々を思い出しては冷や汗をかき、吐き気が襲う。 なんであんなことしてたんだろう? 私から気持ちが離れていく彼を引き止めるために、私は何度も彼を求めたことがある。 それで、引き止められたことも実際あった。
数年前にも1人で生きていたのに、その時私はどうやって生きていたのか思い出せないし、私は1人だという実感もなければ、数ヶ月前に感じていた別れた悲しみも思い出せないくらい、私は今1人で生きている。 私という人間は残酷なものだ。 あんなに何をしても涙が出て、振ったことを後悔していると、振ったほうもつらいと嘆いていた数ヶ月前。 今考えると信じられないほどにバカみたい。 私は幸せになるために別れたのに、何を考えていたのだ。私が苦しんでいたことも事実、このままじゃ自分が破滅すると感
これを読んで欲しい人が読んでくれるか分からないけれど、見てくれたら伝えたいことを書きます。 なんでnoteに?本人に言えば?と思うかもしれませんが、いいんです、ここで。 私が離れようと言っても、 私を未だに好きと言ってくれるあなたへ。 周りの人たちは、 「別れられてよかったね」とか 「新しく好きな人いないの?」とか言ってくるけど 一緒に時間を共有した人を簡単に忘れられることなんて出来なくて まあ人生で見たら点レベルで小さい出来事かもしれないけれど、 私を成長させ
関西地方で、中学生がとんでもない事件(仮)が起こしましたね。 これを知った時、 もし友達が、彼氏が、旦那が、娘息子、自分の子供が、人の命を殺めてしまった時、私は彼等を許すことが出来るだろうかとふと考えた。 好きな人が酷いことをした時、許せるのか。 きっと私は許せない。 別れを告げてしまうかも。 だって好きな人は、酷いことをしないから好きなのであって、反対に、酷いことをしたら好きでは無いのだ。 でもこれが、子供だったら? 親の責任として見捨てることは出来ないだろう。
今までの生活を 急に崩したくなった只今。 世の中の人たちと一緒くたになりたくなくて 私だけの幸せを手に入れたいと願うようになった。 好きなアーティストのライブに行って 感想をそれぞれSNSで述べて、裏話や蘊蓄を聞いて 「へ〜そうなんだ」とか「これこうなんだ」とか 自分で受け取ったもの以外を自分のものにして あたかも自分が受け取ったかのように語る そんな自分が気持ち悪くなった。 私は私のために生きたいのに、 どうしてこんなになってしまうのか。 私は、人生も服も生き
「沢山恋愛しろ!」 まずこれ、大事です(勢いがすごい) 付き合わないと分からないことが沢山ある、 “交際”という名の婚前お試しキャンペーン。 好きな人、片思いの相手、と言うだけでは 見えない部分が多いです。 やはりよく見せたいし、良いところを見せようとして ウケがいいのが交際前です。 付き合ってからは、まあ段々1割引、2割引、、と いい部分が見えなくなってきて 嫌な部分が目に付くようになります。 妥協、が必要になってくるわけですね。 でもそれが、一発目の恋愛の場合
私は、ネガティブな人間なので、 いいことがあっても同時に マイナスの方向に考えてしまう。 だから、例えば、彼と楽しく過ごして いい思い出ができたとしても 別れたらこの駅を見る度に思い出してしまうのかな とか考えてしまう。 でも、それは彼に不誠実なのでは、と。 想像したら、苦しくて傷ついて もう立ち上がれないくらい 彼と思いっきり思い出作って 楽しく過ごしてやろうと思う。 傷つき上等。 明日私の人生が終わっても、 世界が滅びたとしても 悔いがないくらい。 思い出すの
なかなか寝られなくて、ついnoteを開いてしまいました。 さて、今日の話題は運命の人について。 私は運命の人がいると信じていて、今まで色々な読み物や占い師さんのお話から得た「運命の人」について、まとめてみようと思います。(思い出す度に追記していきます) 運命の人の特徴 ・出会った時に会ったことがある気がする、懐かしい感じがする ・いい匂いがする。それか無臭。 ・出会った時に電流が流れるような感覚がする(ビビッとくる) ・ドキドキしない、安心感がある ・偶然が重なる ・