ミッドナイト・スナック・シスター
明日は月曜日…という事でいつもの事ながら寮母さんに食堂のキッチンを使う許可をいただき綴理先輩と小鈴さんとわたしの分のお弁当を作るのが週末のわたしのルーティーンです。いつものとは言いますが季節に合わせて献立を変えたり飽きが来ないように工夫を重ねたりしているので毎回大変ではあるのですが…
今は消灯時間の少し前、洗い物や片付けを終えて帰ろうとしたら食堂の席の方から聞きなれない物音がしたのでそっちの方を向くと…姫芽さんがいました。
「あれっ、さやか先輩?」
「姫芽さんこそこんな時間にどうしたんですか…?って言おうとしましたがその手に持っているもので大体理解しました」
「あっ…お恥ずかしながら…」
姫芽さんの手には夜中に女子高生が食べるべきではないと思われるサイズのカップ焼きそばが握られています。彼女はみらくらぱ〜く!でわたしはドルケストラ。本来とやかく言うのもアレなのかもしれませんが幾ら何でもこの時間にそんな暴食を見過ごす事は許せません。
「情状酌量の余地があると思うので釈明を」
「はい…いつもやってるゲームのレート戦に熱中し過ぎて気がついたら食堂は閉店時間。けれどもお腹はグーグー音を立ててまして、仕方ないので秘蔵のカップ焼きそばを食べようとお湯を沸かしに来たらさやか先輩に出会った。という次第で…」
「まずはひとつ、スケジュール管理には気をつけましょう。わたしも根を詰め過ぎて夜更かしをする事があるのでよくわかるのですが」
「はい…先日の趣味の件でも思うところがありましたので気をつけます」
「良いお返事です。それでは夜のさや処臨時営業…といきたいのですが、わたし側にもここでひとつ問題が」
「と言いますと?」
「こういう時にさっと出せるメニュー向けの材料をさっき使い切ってしまいました。お豆腐もお麩もお米も今空っぽで…」
「あー…じゃあ今日は運が無かったと思って寝ますかね…」
「いえ…それはそれでわたしの沽券に関わります。少しだけ考える時間をください」
もの淋しげな顔をして帰ろうとする姫芽さんをわたしは必死に呼び止めました。けれども何だ…この時間に食べても問題ない、さっと作れてお腹の空いた子が喜びそうな…
その時わたしの頭の中にあるものの存在がふっと浮かびました。たしかこれはまだ食材置き場に…ある筈です!
「卵粥など…いかがでしょうか…?」
「えっ、願ってもない話ですが。でも今お米がないんですよね…?」
「ええ、ですのでこれを使います」
食材置き場の棚から取り出したのは…
「これは…オートミール…?ってなんですか?」
「オーツ麦、燕麦という麦のお粥です。これを生地に使ったヘルシーなパンケーキを先日おやつに作ったんですが少しだけ材料を余らせてしまっていたんですがちょうど良いタイミングなので使ってしまいましょう」
「それ、小鈴ちゃんがこの前話してくれたやつですね〜。『すっごく美味しいパンケーキをさやか先輩に焼いてもらったんだ!徒町の人生で最高に美味しかった!』って喜んでましたよ」
話を聞いているだけで小鈴さんがぴょんぴょん跳ねながら力説している姿が脳裏に浮かんできました。喜んで貰えて幸いです。
「とは言っても今回のメニューはそう難しいものではありません。こう言っている間に下準備はできてしまいましたし」
器をレンジに入れてボタンを押すと
「いい感じになったら一旦止めて卵を加えてもう一回チンで完成です」
「まるで魔法のような神業…!魔術師さやかせんぱい!」
「なんですかなんですか。褒めても何も出ませんよ?」
「いえ、出ますよ…魔法少女リズミックハートの続編が…!」
「出さないでください!」
そんな感じの他愛も無い会話を数分間。以前の趣味の時よりももっと砕けた感じの会話はあっという間でした。
チン!
「それでは最後に青ねぎを散らして…完成です」
「おおーっ!めっちゃ美味しそうです!それではいただきます!がぼー!」
「ふふっ、焦らずゆっくり食べてくださいね」
その時でした。姫芽さんの眼から涙がぽろ、ぽろと零れ落ちたのは
「えっ…ひと昔前はあまり人気が無かったと聞いた事がありますが泣く程合わなかったですか…?」
「そうじゃないんです、そうじゃ…なくてぇ…」
昔わたしが大会で伸び悩んで情緒が滅茶苦茶になった時、お姉ちゃんはこうしてくれたな…
後ろからそっと姫芽さんを抱きしめ頭を撫でる。いい子いい子。あなたがいつも頑張っているのを見てますよ。そう言ってくれたなあ
「アタシが昔風邪をひいた時にお姉ちゃんがお粥を作ってくれたんですよ。その時の事を思い出しちゃいまして…」
「そうですか。姫芽さんも妹ですがわたしの方が一年妹歴が長いですからね…今日はお姉ちゃんに甘えていいですよ」
「そういう所なんですよ。ゲームも、スクールアイドルも、ごはんだって、アタシいつもそうやって人から優しくしてもらってばっかりで…受けた恩を全然返せてないなあって事を思い出しちゃって…」
「私だって同じですよ、フィギュアスケートにスクールアイドル、お父さんお母さん、お姉ちゃん、綴理先輩、花帆さん、まだまだ誰にも全然恩返しできていません。姫芽さんの悩みがそういう事なら今日のさや処のお代はこれにしましょう。いつか夜中に姫芽さんがお腹を空かせて困っている後輩とか同級生に出会ったらこのメニューを教えてあげてください。勿論食べ過ぎは良くないですがお腹を空かせたまま眠るのはつらいですからね。これは今日の話に限った事ですがこんな感じで少しずつ少しずつ、してもらった事を返していけばいいんだとわたしは思いますよ?」
「なるほど…ありがとうございます!うおおやる気が出てきた!配信するぞー!」
何かしらの答えを得たからか瞳孔全開の眼をした姫芽さんはダッシュで帰っていきました。今から配信すると確実に寮母さんに怒られると思いますが…そっとしておきましょう
案の定姫芽さんは夜中に大声で配信を行い寮母さんに怒られて一週間共用部の掃除をさせられていました。
しばらく後、少なくない数の蓮ノ空の制服を着た学生が商店街にオートミールを買いにくるようになり商店街のおば様に御礼を言われたのもまた別の話です。
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