コスズ・ミーツ・ナツキ

 休日の徒町の朝は早い。夜明けとともに飛び起きて水筒を片手にチェストの掛け声と共にランニングを開始します。今日のルートは蓮ノ湖をぐるっと周回するパターン。少し暑いくらいの陽気、今日も蓮ノ湖は凪いでいます。わずか2ヶ月とは言え平和な日常を感じながら寮に戻るとさやか先輩が入り口で待っていました
「おはようございます小鈴さん。今日のドルケストラは綴理先輩が伝統のトレーニングをしたいとの事なので蓮ノ湖へ行くのですが…少し準備があるので早めにお昼を済ませてから正午に大倉庫で集合です」
「伝統!わかりました。徒町やります!」
「素敵なお返事です。正直に言うと小鈴さんが好きそうなトレーニングの筈です。楽しみにしていて下さいね」
そう言ってさやか先輩は校舎の方へと去っていきました。徒町の好きそうなトレーニング、ワクワクが止まらなくなってつい…
「がんばるぞー!チェストー!」
 驚いたさやか先輩の背中はビクッと震えていた様に見えました

 大倉庫に行くとそこには…凄い光景が広がっていました。怪獣、どう見ても怪獣です。ゴンザレスししょーの様な風体の怪獣がひとつふたつ…みっつ!
「これは大怪獣ハスノドン。スクールアイドルクラブ伝統の衣装だよすず」
怪獣のひとつが動いたと思うとそこには綴理先輩の顔が
「今日はこれを着て蓮ノ湖まで行くんだ。カビたりしない様に定期的に外で干したりするんだけど何にも使われないのも可哀想だから毎年一度は誰かが着ようってさちが言ってた。去年はボクとさやが、今年はボクとさやとすずが着る。これ、すずにはちょっと大きいかな?」
 そう言って渡された着ぐるみは言われた通り徒町には大きくて…顔の位置が全然合わなくて…
「そういう時には中でこれを履いてください」
 もうひとつの怪獣…さやか先輩に渡された厚底ブーツを履くと視界がピッタリとハマってまるで自分が本当に大怪獣になった気分になりました!
「うん、すずも良い顔になった。それじゃあ行こうか」
「わかりました、徒町行きます。チェストー!」
 走りながら綴理先輩が知らない歌を口ずさんでいたのでなんなのか聞いてみたところ大怪獣ハスノドンの歌だよ。との事でしたがさやか先輩はそんな歌ありません!とツッコミをしていました。その場で作った歌なのでしょうか。けれども徒町にとってはとても好きな歌でした
 蓮ノ湖に着くとそこには見慣れない方々が蓮ノ湖を眺めてました。昔の漫画に出てくる探偵を思わせる服装の長身の美人さんとふわふわした髪型の執事!って感じのお姉さんとビデオカメラを片手に構えたテーマパークの占い師の館にいそうな服装の鍛えてそうなガタイのお姉さん。徒町も入学してわずか2ヶ月ではありますがここまで目立つ人が学内にいたらまず気付くレベルの人達です
 占い師のお姉さんが振り返って私達に気付きました
「かぐりんかぐりん!怪獣!怪獣がおるって!」
「とくちゃん…昨日またお酒飲んだの…?」
「シラフだって!ほらそこ!おるやん!」
「とくちゃんさん…だいぶ慣れたとは言えまだ缶のお酒一本空けるのがやっとですものね…ってまあ!かぐりんさん!本当に怪獣が!」
「あのー…学外の方ですよね…?何か御用でしょうか」
さやか先輩が恐る恐ると言った感じで3人組へ声をかけました。流石ドルケストラのお母さんです
「キミ達はここの学生さんなんだね。申し遅れてすまない。ボク達はKSTA(KAGURAYA Stranger Things Association)。大雑把に言うと怪奇現象の調査とかをしている団体でね、ここの理事長の親戚の方に頼まれて調査に来たんだ。ボクは団長の神楽菜月、かぐりんって呼んでほしいな」
「わたくしは穂波明莉。皆様にお尋ねしたいことがあるのですがハッシーという恐竜をご存知ないでしょうか?」
「ハッシー…?ネス湖のネッシーのようなものですか…?」
 恐竜!恐竜王国福井出身の徒町からしたら胸躍るワードです!
「そうです。数年前に蓮ノ湖の近くの山へ来た理事長の親戚の方がここの湖面に謎の恐竜を見て驚いて写真を撮ろうとしたんですが銃声のような音がしてビックリしている間に間にハッシーは影も形も消えてしまったそうなんですの。そして湖面には真っ赤な血の跡が…」
「ひいっ!怖い話にしないでよ明莉ちゃん!けれども不思議な事に聞き込みをしてみるとその人以外にもこの学校のOGや関係者でハッシーを見たって声自体はあるのよねえ。あと銃声に関しても警察とかに事件性のある記録は残っていないらしいの。私は徳若実希。よろしくね」
 恐竜…この現代に実在したのでしょうか。もしそうだとしても死んでしまったのでしたら…徒町は無念です
「なるほど…わかりました。わたしは村野さやか。蓮ノ空女学院スクールアイドルクラブの2年生です」
「スクールアイドル!?すごい、本物だ!今度花菜に自慢しないと」
「アイドルにアイドルに会った話してもしょうがないでしょかぐりん」
「そういうことじゃあ無いんだよとくちゃん。ロマンが足りないなあ」
さやか先輩に続いて徒町も挨拶を行います!
「徒町は徒町小鈴。1年生です。よろしくお願いします。チェストー!」
「ボクは夕霧綴理。3年生。ボクとさやとすずの3人でドルケストラ」
「ドルケストラ、よろしくね。ところで…その…キミ達のその格好は?」
「かくかくしかじかでして…」
「成程…伝統の衣装…この学校には色々なライブに使う道具がある…少し気になってる事があるんだけどいいかな。真っ赤な衣装をキミ達のクラブで使ったりしてるかい?」
 かぐりんさんが行っては戻り行っては戻りというドラマで探偵がしているみたいな動きをしています。さっきの話ではありませんが本当に実在した事に徒町は驚きを禁じ得ません
「真っ赤な衣装…ありますね。今も現役で使ってるユニットがいます」
「いくつかの仮説は浮かんできた。キミ達のクラブに大道具室みたいなのはあったりするかな?」
「あるよ。毎年100人くらい迷って帰れなくなる大迷宮が」
 綴理先輩が言っているのはあの大倉庫の事でしょうか…まさかあの倉庫にはたくさんのスクールアイドルクラブ部員が今も…
「ええっ!徒町もその1人になってしまうのでしょうか!?」
「お客様の前で変なジョークはやめて下さい綴理先輩!」
「そこに電動でも手押しでもいい、バルーンを膨らませるポンプがあれば事件は多分解決だ」
「成程そういう事ですのね…!?」
「え、え、どういう事かぐりん」
「解決編はその大道具室でやろうか。カンカン照りの中で解決編をやったら熱中症になりそうだし。それと頼みがあるんだけど…」
かぐりんさんはさやか先輩に何か耳打ちをしました
「わかりました。それでは私達はランニングで帰ります。行きますよ綴理先輩、小鈴さん!」
「うん」
「チェストー!」
 さやか先輩の号令で徒町達はダッシュで大倉庫へ向かいました

 ハスノドンを陰干しするための日陰に置いてからさやか先輩と調べ物をしてから戻ってきた徒町達とかぐりんさんが蓮ノ湖から戻ってきたのはほぼ同時でした
「神楽さん、確かに大倉庫には電動式のポンプがありました。何代か前の先輩達がLiveの演出でバルーンを使おうとして購入したと活動記録にありました」
「ありがとうさやかさん。完璧だ。ウチに来ないかいとスカウトしたい程だよ」
「あらあらかぐりんさん随分とデレデレですのね。花菜さんにお話ししてしまいましょうか」
「そういう事じゃあないんだって!…ゴホン。今回の事件(?)のキモは一瞬で消えたハッシーと血の跡だ。恐竜と見間違えるほどの大きさのものが一瞬で消えるなんて本来あり得ない。『全ての不可能を除外して最後に残ったものが如何に奇妙なことであってもそれが真実となる』と名探偵の祖が言っていたけれども今回の事件もその言葉通りとても奇妙な真実になる筈だ」
「…それボクにもわかる?」
「あたしにもわかる?」
「とくちゃんさんはわかって下さいまし」
「はい…」
 徒町にもわかるのでしょうかと言いたかったですがボケ潰しをされてしまったので黙ります…
「何年か前までこのポンプは割と頻繁に使われていた記録が残っていました。それがある時期を境に殆ど使われていません。わたし達もこれを使っているのを見た事はありません」
「その時期に何が起こったのか。おそらく水没事故が起きている筈だ」
「その通りです。その代のみらくらぱーく!私達のクラブのユニットのひとつです。が蓮ノ湖の湖上でライブをやる事を提案して生徒会からの承認を受けて実際にリハーサルを行なっていました。ある日の記録にこう記されていました。『この時期の蓮ノ湖に落ちるのは地獄だ』と。これは落ちた人でないと書かない感想です。その先輩が過去に落ちた経験がある可能性も否定できませんが同じ日の活動記録上に備品の損失が記されています。『水上ライブ用バルーン:破損』そして私たちのクラブの衣装に関して先程言われたので確認してみたんですが確かにありませんでした。ピンヒールは」
「答えはこういう事だよとくちゃん。過去のスクールアイドルクラブの部員が水上ライブのリハーサルで蓮ノ湖に恐竜型のバルーンを浮かべていたのがハッシーの正体。そして依頼人の聴いた銃声はピンヒールでバルーンを踏み抜いてしまった音であり破裂したハッシーはすぐに影も形も見えなくなり水没した真っ赤なアイドル衣装が依頼人の見た血痕の正体。事件性は一切無いから警察の記録にも残っている筈がない。蓮ノ空女学院スクールアイドルクラブはこの事故に対し反省を行いライブ衣装でのピンヒールの使用をやめた。これがハッシー銃殺事件に対するKSTAの回答だ」
「「ほえー!」」
 徒町ととくちゃんさんは全く同じリアクションをしてしまいました。かぐりんさんも凄いのですがやはりさやか先輩は徒町が憧れる素敵な先輩です!
「なつ、それってこれ?」
 綴理先輩がどこからか大きなビニールの塊を引っ張ってきました。だいぶ色褪せてしまってるものの確かに人が乗れそうな部分の一部に大きな穴が空いてます!
「物証も見つかりましたしめでたしめでたし。ですわね」
「ならよかった。けどね、ボク見たことあるよ。本物のハッシー」
「「「「「…え?」」」」」
「さち…卒業したボクの先輩と一緒に蓮ノ湖に行った時にね、すごく大きな影が蓮ノ湖を蠢いていたんだ。あれなに?って聞いたらあれこそ本物のハッシーだねぃって言ってた」
「…ハッシーの実在に関してこれまでの全てが無に帰す証言が出てきたけれども今回の『ハッシー銃殺事件』に関してはこれで解決だ。アカリ、また今度蓮ノ湖にフィールドワークに来させて欲しいって依頼人に伝えてくれないかな」
「かしこまりましたわ」
「かぐりんかぐりん!事件も解決した事だしご飯食べに行きましょう!金沢はお魚が美味しいのよ!」
「神楽さん、それでしたら近江町市場がお勧めですよ、知り合いのやっているお店がありますので」
「美味しいお魚は確かにボクも食べたいけどとくちゃんは昨日同じような事を言ってカレーを何杯食べたか覚えているかい…?」
「…はい…食べすぎないようにします」
「なら宜しい。それじゃあありがとうドルケストラのみんな。今度は本物のハッシーを探しにまた来るよ」
「なつ、またね。バイバーイ」
「今度来る時は事前に教えて下さい!わたしが腕によりをかけてお魚を捌きますので!」
「あの!本物のハッシーを探すの、徒町にも手伝わせて下さい!」
「ああ…!よろしくね。小鈴!」
 颯爽と去っていく三人に対して徒町は見えなくなってもずっと手を振り続けていました


「と言う事がこの前あったんですよ」
「名探偵…漫画以外にもおるんやねえ」
「あっ、ググったら出てきた。ほら吟子ちゃん、小鈴ちゃん」
「KSTA…本当に世界を股にかける怪奇現象ハンターなんですね…!あっ、ハッシー以外にも色々な恐竜の噂が…!これは後でじっくり読みます。ありがとう姫芽ちゃん!」
「ほらほら1年ズ!休憩も程々にして練習戻るよ!」
「「「はーい!」」」
 吟子ちゃん、姫芽ちゃん、慈先輩と一緒に走りながら校舎へと戻る。今日も蓮ノ湖は変わらず凪いでいます

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