2年分のエールを

「こんめぐー!」
 忌々しい宿敵(補習)を倒した私が部室へ向かうと 姫芽ちゃんをはじめとした小三角の面々がわいのわいのしていた
「でもさあ吟子ちゃ…めぐちゃんせんぱいこんめぐー!」
 姫芽ちゃんがエクソシストみたいな体勢でこちらを向いて挨拶してきた
「本当に姫芽は慈先輩が挨拶するとどんな事していてもすごい体勢で慈先輩に身体を向けて返事するよね…」
「こういう時の姫芽ちゃんって人間やめたみたいな動きしてるよなあって徒町思うんだ。凄いよね!」
「姫芽は姫芽!ふつうの女子高生だから!そういう怖いこと言っちゃダメだからね小鈴」
「それでさあ、小三角ちゃん達は3人で何楽しそうにしてたの?」
「MVを見て研究をしていました。今はたまたま石川…というかこの辺出身のアーティストの作品を見ていたところです」
「ふむふむこの辺出身…って歌ってるの織重夕じゃん」
 3人の見ていたPCを覗き込むとそこから流れていたのは聞いた事のある歌声だった
「めぐちゃんせんぱいなんで知ってるんですかぁ?」
「慈大先輩、流石です…!」
「まさか知ってるとは思わなかった…姫芽も言ってましたがなんで慈先輩はご存知なんですか…?」
 少し長話になりそうだな、と思い私は3人の横に椅子を持ってきて座り込む
「私が子役やってた頃にインディーズの注目株!みたいな感じで雑誌に載ってたからなんだけどこの人しばらく活動してなかったよね?逆に姫芽ちゃん達よくそんなコアな歌手にたどり着いたなあって」
「おやおやぁ?これは逆にアタシ達がめぐちゃんせんぱいをリードしているやつですね?」
 何やら私の知らない織重夕情報を握っている小三角ちゃん達はニヤニヤしている。まだ入学してから半年ちょっとしかたってないのに生意気どもめぇ
「慈先輩、この人最近久しぶりの新曲を出して話題になってるんですよ。凄く素敵なMVを引っ提げて」
「こちらです!どうぞ!」
「なるほどねえ。どれどれ」

https://youtu.be/OKuuD3V

「凄く良いじゃん!」
思わず叫んでいた
「そうでしょうそうでしょう慈大先輩。徒町達もいつかこういうの作りたいよね!って熱く語っていたところなんです」
 何度も見ている筈乃徒町ちゃんもまるで初めて見たかのように大興奮している
「そういえばこれはネットで見た噂なんですけど今年の春先に織重さん、金沢の駅前とかで弾き語りしていたらしいですよぉ?もしかしたら誰かすれ違っていたりして」
「弾き語りねえ…私も昔金沢の駅前の弾き語りに元気を貰った事があるんだよ。誰にも言ってないけど」
「なんですかその超レア情報。ネット上のどこでも聞いた事ないんですけど!」
「姫芽の食いつきがピラニアより凄い…」
「どうどう姫芽ちゃん。そりゃあ誰にも言った事ないもん。梢も綴理も知らない筈だよ」
「という事はもしかして瑠璃乃先輩も…?」
「言ってない。割と恥ずかしい話だしナイショだからね!?」
「うっひょおおお!推しのトップシークレット!たとえ死んでもるりちゃんせんぱいには言いません。守護ります」
「姫芽ちゃん、徒町の実家にある漫画みたいな鼻血の出方してるから落ち着こう!?」
 コホン、と咳払いをしてから私は語り始める。2年前、まだ私達が沙知先輩の後ろをついてまわっているひよっこだったある日の話を

「ふふっ、いい子を選んだじゃないか慈。これから3年、存分に使い倒してくれよな」
 大倉庫に放置されていた古いギターを香林坊の近くのギターショップへ生贄(下取り)に出した沙知先輩の手によって私は自分用のアコースティックギターを手に入れる事となった。これもまたスクールアイドルクラブの伝統らしい。本当はお古をずっと使う方が安上がりだけどケーザイが循環することにイギがある。とか難しい事言わないでほしいよね。作曲に必要な楽器は用意してくれたとは言え沙知先輩は作曲そのものは教えてくれなかった。そのせいで私は泣く泣く梢に頭を下げて作曲を教わる事となった
 しかし現実はそう簡単ではない。理屈とか基本の動かし方とかを教えてもらっても結局それを自分のものにしないとひとりで曲は作れない。今日も放課後、沙知先輩との校外でのスタジオレッスンの後にひとりでギターをジャンジャカと掻き鳴らしたが思うように演奏できてる気がしない。もしかしたら私実はこういうの向いてないんじゃないだろうか。先輩には悪いけどこれも大倉庫に放置していつか帰ってくるるりちゃんの為の生贄になってもらった方がいいんじゃないだろうか。そんな事を考えながら金沢の駅前を歩いていたらギターを構えた人影が目に映った
 ちょっと離れた白山の辺りの学校の制服を着た女子高生。多分歳上だろう。弾き語りをしようとしているのだろうけど、多分慣れている感じじゃない。みんなは彼女を意識していないしカンセンショー対策とかそういうのもあってこんなところで立ち止まるお客さんは一人もいないしスタートを切るキッカケが無い。そんな印象を感じた
 そんな先輩女子高生の前に立ち、私がたった一人の観客となる。観客ができた事で覚悟が決まったのだろう。先輩は歌い始めた。見た目はちょっと冷めた感じの子ではあったけれどもその口から放たれるのはゴリゴリのロックンロール。世界で最強の生き物である女子高生が何にでも中指を立てていくような歌詞。ギターの腕は正直そんなにうまくない。私とどっこいだ。けれどもこの曲に込められた反骨の意思が、信念が私に伝わってくる。そういう意味では凄く上手い。その曲以外にも2〜3曲を歌った後、私の後ろにたくさん集まった観客達の歓声を受けながら先輩はペコリと一礼し、ギターをケースにしまって帰っていった。当たり前すぎて忘れていた。そうだった。伝える意思を、相手に伝える事が大事なのだった。
 私も自室に戻ってギターをケースから取り出した。さっきはひどい事をしようとした。本当にごめん。私もこの子と仲良くならないといけなかったんだ。私の意思を伝えるための、私自身の分身なのだから。だから名前をつけてやる
「今日からキミは『天使ちゃん』!世界一可愛い、天使の化身と言っても過言ではないめぐちゃんの分身だから!」
 こうして始まった私と天使ちゃんの関係は思ったより長く、深かった。沙知先輩と私ふたりのみらくらぱ〜く!の曲を作ろうとしたり(結局却下されたけど)竜胆祭で怪我をした後、何とかして立ちあがろうとたくさん奮起の歌を歌ったり。後遺症でもうダメだとなった時も手は動いてくれたから、閉じこもっていたけれどもたくさんの私の想いをカタチにしてくれた天使ちゃん。るりちゃんのおかげで立ち直れた時もそばにいてくれて、つい最近も姫芽ちゃんの悩みを助けてくれた天使ちゃん。本当にありがとう。そしてあの日出会った先輩女子高生には何度感謝しても足りないくらいだ。実はあの日以降一度もあのギターを持った姿を見た事はない。もう大学生だろうか。元気にやっているのかな。あの人にもいつかお礼を言いたいんだ。あなたのおかげでここまで来れたよ!って私の最高の歌を届けてやるんだ

「くしゅん!」
「ミル風邪ひいた?」
「誰か噂してるんじゃないですか?お母さんとか」
「案外プリンセス・ミルミルの事噂してたりして?」
「それだけは絶対に嫌です。記憶から抹消します。あーなんか変な事思い出してしまいました。吉田さん責任取ってください」
「何さ変な事って」
「高三の頃に頼まれて軽音部の助っ人やった事あったじゃないですか。あの時練習で金沢の駅前で何回か路上ライブをやったんですけどその時昔の私の事を知ってる観客が『プリンセス・ミルミルマジ天使!』ってコールした事があったんですよ。アレに腹を立てて以降金沢駅前でやるのはやめて残りの練習は白山の駅前とかでやるようにしました。けど最初に金沢の駅前でやった時、ギターケースを持った歳下っぽい女子高生が最初の観客になってくれたのは覚えてるんですよ。あの子にだけは悪い事をしたよなあ」

「くしゅん!」
「めぐちゃんせんぱい風邪ですかぁ!?アタシのパーカー使いますか!?いやるりちゃんせんぱいの子供体温人間カイロを使う方が尊さは…ちょっとアタシるりちゃん先輩呼びに行ってきます!」
「姫芽ー!小鈴、私ちょっと追っかけてくるから待ってて。姫芽ー!待ってー!」
「あのー、この場合徒町どうすればいいんでしょうか」
「そのままで良いんじゃないかな。今日の私は機嫌がいいから特別に一曲聴かせてあげよう。綴理もさやかちゃんもひとりで作曲とかできちゃうタイプだし案外小鈴ちゃんみたいな子の方が私に近いタイプなのかもね。それじゃああの時の思い出の曲をやるね」

「ロックンロールなんですの」

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