安養寺文庫
竜胆祭にて
「花ちゃん、そういえば私渡さないといけないものがあったの」
「え、何何せっちゃん?プレゼント?」
「昔花ちゃんが退院する時に託されたアレ。他の院友とも話し合ったんだけどやっぱり花ちゃんが持っているべきだって話になって」
「えっ…それって…」
「ちゃんと返したからね。私はまた向こうの屋台の偵察に行ってくるから」
「せっちゃーん!」
数日後
ゲームをやっているとどうしても勝ってばかりではいられない。負けが込んできた時にどう復調するか。それはゲーマーによって異なる。アタシは小鈴ちゃんや吟子ちゃんを愛でに行ったりしていたが(最近当人たちから思いもよらぬ反撃を受ける事が増えた)今日は原点に戻って散歩でもしようと思って寮の近くの裏山を歩き回っていた時、それを見つけてしまった
「かほせんぱい…何やってるんですか?」
「ひひひ姫芽ちゃん!?何もやってないよ!?」
いやどう考えてもそんな事はない。こんなレトロゲームでしか見ないようなほっかむりをしてスコップを片手に重そうなボストンバッグを持ち歩いているなんて…まさか
「ダメですよかほせんぱい!いくらおこづかいに困ったからって闇のバイトはしちゃダメですって!スクールアイドルクラブのみんなにも迷惑かかっちゃいますよ!?」
「そういうのでもないから!…ちゃんと説明するから…落ち着いてください」
声を出すほどにかほせんぱいのテンションがみるみる落ちていく。アタシは禁断の扉を開けてしまったのかもしれない
「じゃあ…見せるけど…引かないでね?」
「なんだかわかりませんがドンと来いですよ!?」
かほせんぱいがボストンバッグのジッパーを開けるとそこには…
「これは…ちょっと…と言うか結構過激な恋愛小説とか漫画…?」
「そうだよ」
「何でこんなに…まあかほせんぱいどっちかといえばムッツリっぽい感じはしますが…」
「それはちょっとひどくない!?竜胆祭の時にあたしの院友のせっちゃんって子が来た話覚えてる?」
2年生との対決が終わった後に話の概要は聞いて確かにそんな感じの子がいたなあとは思ったんだけどあの見た目でせっちゃん…?本当にそんなシンプルな名前の子なのだろうか
「覚えてますよ。その子とこれが何かしらの関係に?」
「…はい」
かほせんぱいは語り始めた。若き日の衝動に駆られてちょっとえっちな本を何冊も買ったが退院の際に処分に困って院友のせっちゃんに託した事。せっちゃんを含めた院友もそれらを読み終わってしまい最終的にせっちゃんの手からかほせんぱいの元に返ってきてしまった事。どさくさに紛れてかほ先輩の本だけでなく他の院友が処分に困るような本を混ぜ込んでいた事。アタシたちスクールアイドルクラブの部員の自室にこんなものを置いておくと配信に映り込んでしまうから部屋に置いておけないので泣く泣く裏山に埋めにきた事
「中学生の男子だってもう少し思慮のあるエロ本の処分の仕方をすると思うんですが…」
「言い方!」
「すみません…でもかほせんぱい、さやかせんぱいやるりちゃんせんぱいに頼るみたいにもっと他の人に頼りましょうよ」
「姫芽ちゃん…?どういう事?」
このスクールアイドルクラブには『こういう』波長の合う人は限りなく少ない。梢せんぱいはかほせんぱいに対してだけは中学生みたいな旺盛さだけどこの手の悩みに答えを出してくれる感じではない。綴理せんぱいは…そもそもそういう欲求があるのかもしれないが表に溢れないくらいに希薄だ。めぐちゃんせんぱいは…ある。絶対にあるしこういう相談に乗ってくれるとは思うが神格化していたいので見ないフリをする。さやかせんぱいは…あるけど自分でコントロールしきるタイプだしこの手の頼みにはなかなか乗ってくれなさそうである。るりちゃんせんぱいに振ろうとすると…多分めぐちゃんせんぱい直々にみらぱ出禁まであるので触れられない。吟子ちゃんは梢せんぱいに輪をかけたようなムッツリだろうし小鈴ちゃんにそんな話を振ってみようものならさやかせんぱいに何をされるかわかったもんじゃない。つまりアタシ位なのだ
「かほせんぱいはこれらの本を自室に置いておけないってのが悩みなんですよね…?」
「はい。」
「…なら何とかなるかもしれないですねぇ」
スマホを取り出して心当たりにメッセージをしてみる
…
二つ返事で快諾がきた
「なりそうですよぉ」
「え、本当!?どういう事!?」
戸惑うかほせんぱいにアタシは説明を始めた。寮内に何人かいるそういう仄暗い趣味を持つ生徒達のネットワークの蔵書にこれらの本を加えられないか相談をしてみたのだ。結果として引き取ってくれる人が出てきたのでかほせんぱいの悩みは万事解決。その先輩がまた読みたいような事があったらいつでも戻しますので!という言質までついてきている。
「ありがとう姫芽ちゃん!心の友よ!」
「かほせんぱーい、アタシはのび太くんじゃないですよぉ」
翌日
「花帆ちゃんきのう死体を埋めに行ってたってマ!?」
「どこからそんな噂が出てきたの瑠璃乃ちゃん!」
「だって陰鬱な顔でボストンバッグを持って出た花帆ちゃんが手ぶらで晴々とした顔で帰ってきたって寮生の子が何人も言ってたよ!?しかも帰りはひめっちと一緒だったって!ちゃんと説明すればさ…ジョージョーシャクリョーとか認められると思うからさ…素直に話してよ」
「そ、それは確かにそうだけど…違うの!」
「花帆先輩…姫芽…ふたりともそんな事する人じゃないって信じてたのに…だらぶち!」
「だから違うんだってー!」
あたしが悪いとはいえ誤解を解くのに数日かかりました。とほほ、もうえっちな本は懲り懲りだよ〜(アイリスアウト)
???
「これでキミも私達の仲間だ。ここにある本は好きに読んでもらって構わない。ただし…どう使ってもいいけど汚さないようにね?」
「これが…かのA文庫…!すごい…」
私達の学校には代々伝わるヒミツの蔵書群がある。元はとある先輩が処分に困ったものを共有物にしようというところから始まって、他の部活や生徒会、あらゆる他のところで伝わっていた伝統すら呑み込んでひとつになったそれは処分に困ったとある先輩の名ではなくこのシステムの発案者のイニシャルを取ってA文庫と呼ばれている。そして今、私も先輩に認められてA文庫の隠し場所へ案内してもらったのだ
「そういえば…キミのお母様、有名な方だったけど旧姓が…いや深く問うまい。それでは良い読書ライフを過ごしてくれたまえ」
目の前に広がるのは鏡ではなく伝統を積み重ねた数多の叡智。少女達の空想は病院のベッドの上でも、寮の部屋でも、どこからでも飛び立てる。そのツバサは現実だけではなく、ファンタジーの世界だって、ゲームの中へだって、スクールアイドルの世界だってどこへだっていけるのだ
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