見出し画像

【創作】負け組の大勝利オムライス

 大晦日にメイド喫茶に行く人がいるならきっと仲良くなれる。
 新社会人になって間もない頃、15人ほどの社会人バスケットボールサークルに入った。みんな元気が良く、僕には「スクールカーストの勝ち組」に見えた。だから、どこか距離を感じてしまっていた。僕自身がいわゆる「負け組」サイドだったからだ。しかし、皮肉なことに、その勝ち組も勝ち組だけで集まると自然に負け組が生まれる。蜂の集団の中で3割がサボるように、僕ら人間も集まれば必ず序列ができるのだ。
 負け組の僕らの共通項は「アニメオタク」だった。その頃は学園ものや、メイドが全盛期だったから、打ち上げでは自然とその話で盛り上がった。
「へえ、ソースはメイドが好きなんだね!」
 ソース顔を由来として僕を「ソース」と呼ぶタツヤは、声がやたらと大きい。そんな彼がメイド好きを大声でバラしたせいで、僕は慌てて「シーッ」と人差し指を立て、注意した。
「好きだけど、そんなに大きい声で言うなよ。」
 注意しながらも、好きなものを否定する気にはなれなかった。周りの注目が一瞬集まったが、すぐに勝ち組たちの話題はMBAや昇進の話に戻った。
「俺、メイドも好きだし戦国武将も好きなんだよ。戦国無双とか最高だよ!」
 僕の注意を無視して自分の好きなものを語り始めるタツヤに、そういうとこが負け組なんだよと思ったが自分にも刺さるので黙って聞いた。
「僕もゲームは好きだけど、戦国はあんまり詳しくないな。でも、クノイチとかは良いなって思うよ。」
 彼のメイド好きのカミングアウトにタツヤを「信用のできるオタク」と認定した。その上で僕の好みの一つを白状した。
「まじでか! じゃあ今度、戦国メイド喫茶行こうよ。」
 タツヤは前屈みに僕を誘った。美味しいもの同士を合体させたら美味しいものが出来ました、みたいなその響きに笑ってしまった。二つ返事で了解すると、僕らは年末のコミックマーケットの後に、その戦国メイド喫茶に行くことにした。
 Xデーはすぐにやってきた。紙袋いっぱいの戦利品を携えて、僕らは冬の寒空の下、暖かく満たされた気持ちで、秋葉原に向かった。
「ソース氏、楽しみですな」
「タツヤ氏、戦はこれからですぞ。フフフ」
 僕らは漫画でしか見たことがないようなオタク言葉で会話を楽しみながら、戦国メイド喫茶へと向かった。駅から15分もあったが戦利品について話しているうちに、気づけば目的地に着いていた。
「おかえりなさいませ、お殿様!」
 甲冑姿のメイドと通常のメイドが僕らを出迎えた。その奇妙な組み合わせに苦笑しつつ、席に着くと、店の説明が始まる。どうやら年末ということでメニューはオムライス一択らしい。
「申し訳ありません、お殿様。本日は足軽たちが、合戦に出払って、人員が不足しています。その代わりにクノイチたちが応援に参っております。よろしいでしょうか。」
 小躍りしそうになった。さっきの通常のメイド装のスタッフはクノイチという設定だったのだ。そういえばよく見ると腰に手裏剣、背中に刀のようなものをぶら下げているじゃないか。
「くるしゅうない」
 すぐに返事した。
 僕は考えるより先に「クノイチさんにオムライスお願いします」と言っていた。キッチンから呼び出された彼女が不安げな手つきでオムライスにケチャップでイラストを描く様子に心を打たれた。そのぎこちなさと、設定上では「残忍な暗殺者」というギャップがなんとも愛おしい。
 オムライスのお礼を言ってタツヤと食事をしていると
「そういえば明日で新しい年ですな。おめでとう。」
 と年末の挨拶を述べた。
 僕はその日が大晦日だということに気がついて我に帰った。
「男二人でなにやってんだろうな」
「それは言わない約束ですぞ、ソース殿下。手に持ったものを見てみるのだ」
 彼の手には先ほどの戦利品があった。紙袋からはみ出るぬいぐるみは美少女アニメのキャラクターだ。
「今日の戦は大勝利ではないか。本日は勝利の宴ですぞ」
 僕らは何と戦ったのだろうと思ったが、タツヤのオタク言葉はサマになっていた。妙な納得感を得て、僕らは笑いながら、次の年もこんな調子で過ごす予感を感じていた。


いいなと思ったら応援しよう!