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【創作】ぼくらはミックスプレートになる

子供の時からどうしても、うまくいかなかった。
包丁を握ればざく切りになり、歌を歌うとみんなが耳を塞ぐ。走ってみても転ぶし、泳げば沈んだ。
そして僕はいま目の前の新しい強敵と向き合っている。
バーベキュービーフ、ボンレスチキン、ツナのフライが入ったミックスプレートはいわゆる『全部盛り』のお弁当だ。ここにマカロニサラダとライスが2杯分加わる。
ハワイの労働者の胃袋を支えるレインボードライブインのミックスプレートは凶暴に茶色い。
何とかこのおぞましさを写真に収めたいのだが、これをうまく撮れない。何をやってもうまくいかないことの一つが増えてしまいそうで、なんとかあらがっていた。
「だめだ、どうしても撮れない」
「どうしましたか」
僕の独り言にスーツ姿のサラリーマンが反応した。最初は空耳かと思ったが、
「手伝いましょうか?」
この一言で空耳ではないとわかった。確かに日本語で話しかけられている。僕は驚いてファインダーから顔を上げた。
どうみても日本人の男性が笑顔でこっちをみていた。
「あっ、すみません。うまく茶色いミックスプレートが撮れなくて」
「分かりますよ。茶色いのは難しいですよね。ぼくここのミックスプレート好きなので手伝わせてください」
と言うと、彼はテーブルをぐいっと自分の方に斜めにした。テーブルが傾いたせいでコーラが溢れそうになる。
「ちょっと!」
「大丈夫、大丈夫! こうすると角度がついて影が入るから綺麗に見えるんですよ」
彼はそう言って僕のスマホのシャッターを切る。フラッシュが焚かれ、茶色いモンスターに陰影がつく。
「ほら、こんな感じで……あれ、変だな」
「ですよね!」
僕は思わず声を荒げる。その声を聞きつけたのか、ほかの日本人が集まってきた。
「どうしたんですか」
ここは地元の人しか来ないはずなのになぜ外国でこんなに日本人が集まるのか。
「いや、ちょっとこの人がミックスプレートを上手く撮ろうとしてくれてるんですが」
「それなら私に任せてください! 私はフリーのカメラマンをしているんですが、食べ物は得意分野なんです」
「あっ、いえ結構です!」
断ったのに彼女は笑顔だ。
「なに、遠慮しないでください」
カバンから本格的な一眼レフカメラと三脚が出てきた。
「そこまでしなくても」
「任せてください! こういうのはブレないことが大事なんです」
彼女が三脚の準備をしていると今度は店の奥から店主が出てきた。
「なんだ、写真撮影か?」
と英語でぶっきらぼうに言って腕まくりをしている。まずい、おおごとになってきた。
「良いんです、ちょっと写真を撮ってみたかっただけなんですよ」
「それならこれを背景に使え!」
店主が店に戻って虹色の大きな布を引っ張り出してきた。レインボードライブインに並ぶ客たちがウワァオとか歓声をあげたり、拍手をしたりしている。
サラリーマンも乗り気になってきて、どこからかライトを調達していた。
「みんなでそこに並ぼう」
「えっ、なになに?」
地元の学生たちも集まってきてしまった。
「いや違うんです、ただミックスプレートが取りたいだけなんです!」
「遠慮するなってブラザー」
誰だか分からないお兄さんが得意げに白い歯を見せて、ガッツポーズを取る。意味がわからなかった。
次第には何故かみんな僕のミックスプレートの前に集まって横に並び始めた。
「ちょっとそっち持ってて」
背景の大きな虹色の布の端を僕も持たされることになった。さっきのお兄さんが反対側を持っている。
「さあ、いくわよ。セイ チーズ!」
ライトが焚かれ、本格的な一眼レフで僕らは知らないもの同士で集合写真を撮った。
「最高! みんな素敵な笑顔ね!」
「ところで何で集まったんだ?」
「さっきの変わった日本人が写真を撮り始めたんだよ」
「ナイス! あとでインスタグラムにタグ付けしてくれよな!」
みんな思い思いに感想を言い合っている。僕は虹色の布を店主に返して、すっかり冷えてしまったミックスプレートをスマホで適当に撮った。
「ミックスプレートなんか撮ってどうするんですか」
最初のサラリーマンが肩をすくめた。
「どうするんでしょうね」
僕も呆れて愛想笑いをした。
今ではあの時のミックスプレートの味はあんまり覚えてないし、なぜか知らない人たちで撮った集合写真はどこに行ったかも分からない。

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