他人との比較をやめられなかった私が競争意識を少し消せた話
こんにちは、かやんぬ(@kaya_uni)です。
私には同い年で誕生日が1日違いの従兄弟がいるんです。
彼女、Sちゃんは私の父の妹なので、どちらかと言えば、私が本家(栢原家)の娘です。本家なので、私は祖父母とも同居して暮らしていました。
が……私の祖父は、祖父の娘の子である従兄弟のSちゃんが可愛くてしかたがなかったのです(娘の子のほうが距離が近い、というのは実際私の母もいってたのでそんなものなのかも)。
毎週末Sちゃん宅に出かけて、帰宅しては「Sちゃんはこんな習い事を始めた」「Sちゃんはこんなことができるようになった」と自慢ばかり。(Sちゃんがこれまた優秀で小1とかで算盤で段を取ったり表彰されたりするような子でした。しかも押切もえ似の美人。)
本家として、同居する者として立場上、母は「うちの子にもやらせなきゃ……」と思い私をSちゃんに負けないようにと必死で育ててくれました。小学生時代には、毎日習い事には1つ以上通っていました。
その結果……私は、母の期待に応えようと、どんな分野でも何に対しても常に1番を狙う向上心の高い子に育ちました。
小学校3年生のとき、初日にもらったドリルを1晩で終わらせる
1つ上の学年の塾に通う
3年生のときには書道で県で1番の賞を受賞
合唱コンクールでは学年代表でピアノ演奏
算盤・暗算は2段を取得(だったと思う)
漢検準1級取得
中学校までの成績はALL5
高校3年生の数学のTESTで1位
とにかく、「1番になれば誰にも負けない!」と思い育ってきました。
大学の成績も可が1つ(「そもそも単位がとれない授業」といわれる授業)、良が2つ、あとは全部優で卒業。(優秀!)
勉強はやれば1番になれる!という自信があったし、頑張っても結果が出ないのは「頑張り方が悪いからでしょ?」と思ってました。
さぁ、そんなかやんぬちゃん、大学を出て、就職して「東京で自分の力を試してみたい!」と思い上京。
でも、社会はそんなに甘いものではありませんでした。
もちろん、私よりもすごい人はごまんといて、だからこそ面白いとも思うのですが、一方「負けてはいけない」と育てられた私は、常に勝手に人と比べて劣っている自分を「ダメだ、私はダメだ……」と痛めつけながら生きてきました(これはメンタルやられるやつ……)。
他人との比較は永遠に終わらない心の戦いである
他人との比較は終わることがありません。
私は最初、従兄弟と比較されていましたが、その思考があたりまえになっていたので大人になってからは自分で他人とを比較するようになりました。
目の前の相手に「負けないように、負けないように」と頑張って成長しても成長しても、私は常に自分を「ダメだ、私はダメだ……」と思うようになっていました。
だって、世の中は自分が成長しても、次の目標となる相手がどんどん出てくる無限ループの世界だからね。
で、がんばった自分を認めてあげることなく、疲弊していくのが「他人と自分とを比べる」ことの結末でした。
脳内、いつもこんな感じです。
私に限らず、わかっていてもつい人と比べて辛くなることはあると思います(ない人もいる)。
実際私も、頭のなかでは「人と比べるのはよくない」とわかっていましたが、どう頑張っても、つい人と比べてしまって「私はこんなところでうだうだしているのに、この人はこんな結果を手にしていてすごいな……」と思うことが多々ありました。
SNSが普及したことにより、人と比べることがより簡単にできるようになってしまいました。
ちなみに自分軸がめちゃくちゃしっかりしている夫は
と言っていました。"フォロワー"という言葉自体に興味がない人です。
人と比べてしまう方に。比べなくなる方法3つ
まず、人と比べなくなる方法、として紹介しているものをご紹介します。
過去の自分と比べることを意識する
人と比べるのではなく、過去の自分と比べるようにしましょう、というのはよく言われます。「昨日できなかったことができた」とか。
SNSを遠ざける
SNSを使うことでメンタルをやられる人は多いといろんな調査が発表しています。上記、夫氏の言葉のように、人はSNSには自慢か愚痴しか書きません。
診断士受かった―!(ふふふ)
早起きできたー!(私は時間の有効活用してるのよ)
夫氏が料理作ってくれたー!(自慢の夫よ)
note更新したー!(私、こんなこと考えてるの、すごいでしょ?)
みたいな感じでしょうか……。私もSNSから2週間離れたことがありますが、正直心はとても平和でした。
人は人と考える
人は人、自分は自分と考える方法です。
そんなのできたらとっくの前にやっとるわ!と思う方法です。
頑張った自分をほめる
1日3つ、いいことを書き出すと自己肯定感が上がる、とか言いますよね。
うんうん、これらはこれでいいことだと思うのですが…
つい人と比べてしまう思考の癖をなんとかしたくて、長年かけてこれら含む様々なことに取り組んできた私ですが、はっきり言ってどれも効きませんでした。
正確には、少しくらい効いてもすぐに人と比べてしまう思考に戻ってきてしまい、効果は長続きしません。私に染み付いた「つい他人と比べてしまう思考」はもっと強いものでした。
どうしても自分よりも少しでもすごい人を見つけると「私ダメだ……」とガラスのメンタルで倒れていました(書いているものを客観的に見ると、打たれ弱すぎて笑える)。
それがあることをきっかけに、人と比べるのを比較的やめることができました。
死ぬまでにやりたいことを決めた
診断士に合格後、これから自分がどうやって生きていきたいか、どんな仕事をしていきたいかを考える時間を持ちました。何度も何度も書き出しては考え直しました。
それまで、ロールモデルや成功している(と思う)人を見ては、どんな風にやってきたのか、どんな活動をしているのかを研究して参考にさせてもらっていました。
が、今回は診断士という大きな壁に合格したこともあり、思考を一転。
をめちゃくちゃ考えました。
結果、私の場合は「経営者のwellbeingを向上したい」という答えに行き着きました。理由は、これまでの人生で多くの経営者の方と接してきましたが、みんな大変そうだったから。「やめたい……」とか「会社売りたい……」とか…………(中小企業の経営って大変なんですよ…)。
日本の経営者の自殺率は会社員の6倍という結果を出しているメディアもありました。
診断士に受かった時点で「経営者のwellbeingに関わることをしたい」と同じ合格者仲間のグループで話をしてみました。すると
と言われて、「確かに!!」と思ったのを機に私がやるべきは今すぐはwellbeingでアプローチすることではない、と気づき「まずは経営支援がしっかりできる人になろう」と決めました(診断士っぽい)。
私のこれまでの経験から「売る=webマーケティング」の力はだいぶついてきたと思うので、3〜5年スパンで「守る=財務会計」を鍛えて経営支援でビジネスを支えつつ、その後「幸せ=wellbeing」の支援に入れる体制を作ろうと思っています。
お金のためでもなく、名誉でも人気でもなく、人生の残された時間を何に使うかを考えたときにやりたいことが明確になったことで、「私はほかの誰の真似でもない、私にしかできない、私の人生を生きる」という覚悟が決まりました。
自分だけのストーリーをめいっぱい楽しもうぜぃ
自分が本当にやりたいことが明確になったことで、私は「私は私が行きたい場所に向かっている」という確固たる自信のようなものができました(進んでいるという自信はあいかわらずないけれど)。
人生は物語である
最近は、「人生=物語」と考えるようになりました。
小説のなかでは、どんな人生にもいろんなことが訪れます。いいことも悪いことも。何かを機に一転することだってあります。
だったら、私の人生だってこれから何が起こるかわからないじゃん、みたいな感じです。ただ、これまでの人生はここまで連れてきてくれた大切なものでもあります。
そもそも、診断士で企業やビジネス支援ではなく、"経営者のwellbeing"に興味を持っている人自体が少ないと思います。また、私はヨガインストラクターだった過去やヨガ哲学指導者であるという点において、人とは違うストーリーを持っています。
過去の自分のストーリーに自信を持てること
今自分が進むべき道が明確なこと
自分だけの人生を目一杯楽しもうという姿勢を持てること
この3つの点により、私が私であることを認めてあげられたような気がしています。
ほかのすごい人を見ても、「あの人は、あの人が向かいたい場所に向かっているんだろう」と思って、まったく別の道を歩いている感じがしています。
人と比べやすい日本の教育
日本は教育面で、多くの人が「なるべくよい大学に進学すること」がゴールにあり、ほとんどの子ども〜学生がそのレールに乗って走っています。そのため、「勝った・負けた」の考え方をしやすいです。
ですが、本来人生の目的や目標は個々で別々のものであり、勝ち負けではないはずです。どこに幸せの基準を置いて、何を重視して生きていくかは人それぞれ違うはずです。
でも、そのゴールを自分で設定できないと、常に前を走っているように見える誰かや、わかりやすい「学歴」や「所得」という目に見えてすごい軸で自分の人生を測ってしまいがちです。
自分が本当にやりたいことを見つけるには、時間がかかる方もいると思います(私のように)。それでも、死ぬ時に「人と比べてばっかりの人生だったなぁ…」と思ってしまうよりは、そこに時間をかける価値は大きいです。
誰かに憧れてがんばるのはとてもいいことだし、それをエネルギーに頑張れるのはいいことです。
でも、それで比較して辛くなってしまうくらいなら、ロールモデルなんていらないのかもしれません(もしくは、この面ではこの人の考え方を取り入れるけれど、この面ではこの人の考え方を……と参考にする程度で取り入れられるならOK)。
私は、自分が死ぬ時、日本という国で起業した人や、経営に関わる人たちが、今より少しでも「経営者って楽しい」「起業してよかった」と思えるような国になっていたらいいなと思い、今日も簿記の勉強に励んでいます。
最後まで読んでくださってありがとうございます!
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