栃木シティFCスタジアム判決についての考察
先月、スポーツ関係者に衝撃のニュースが飛び込んできました。
また、三浦知良選手の加入で話題となっている鈴鹿ポイントゲッターズの運営会社が建設予定のスタジアムについても、反対派の市民団体が、上記判決を根拠にスタジアム建設の中止を求める事態となっています。
判決文を確認できたので、早速、判決の内容について検討してみます。
事案の概要
宇都宮地判令和4年1月27日判決(以下「本判決」)の判決文によると、事実関係は概ね以下のとおりです。
本件会社は、栃木シティFCを運営する株式会社THE TOCHIGI CITY UNITED(以下「本件運営会社」)の親会社です。
なお、建設費は約17億円、年間の維持管理費は約7000万円であり、これらは全て本件会社の負担とされています。
また、免除が認められなかった場合、これに加えて、固定資産税が年間約300万円(市の試算)、使用料が年間約1200万円程度かかるようです。
そのため、固定資産税や使用料の免除が認められるかどうかは、本件会社の事業計画上、非常に重要な問題であったと思われます。
なお、住民訴訟を提起する場合、その前に住民監査請求をしなければならないこととされていますが、住民監査請求については、いずれも理由なしとして棄却されています。
(決定書:https://www.city.tochigi.lg.jp/uploaded/attachment/33056.pdf)
争点
① 固定資産税免除の差止めを求める訴えの適法性(省略)
② 固定資産税免除の適法性
③ 公園施設の使用料免除の適法性
以下、②と③の争点について見ていきます。
裁判所の判断
【争点②】固定資産税免除の適法性について
1 固定資産税免除の根拠となった規定
栃木市長は、本件スタジアムが地方税法367条を受けて制定された栃木市税条例71条1項4号にいう「特別の事由があるもの」に該当するとして、本件スタジアムに課される固定資産税を免除しました。
そこで、本件スタジアムについて、「特別の事由」が認められるのか、そもそも「特別の事由」とはなにかという点が問題となりました。
2 「特別の事由があるもの」の解釈
本判決は、どのような場合に「特別の事由があるもの」に当たるのか(市長が固定資産税を免除することができるか)について、以下のように判示しています。
この部分は、地方税法367条による固定資産税の法的効果から、同条の趣旨を導くものです。
簡単に言うと、本来、課税対象になるものを市長だけの判断で免除するのだから、限られた場合にしか認められませんよ、ということです。
このように、本判決は、「特別の事由」が認められるためには、1号から3号と同程度の強い公益性が必要と判示しています。
この「強い公益性」の判断に当たっては、「その性質上担税力がないこと」が必須の要件であるのか、それとも担税力があっても一定の場合には「強い公益性」が認められるのかという問題がありますが、以下のあてはめ部分の内容からすると、裁判所としては「担税力がないこと」は必須の要件ではないと考えているものと思われます。
3 本件におけるあてはめ
本判決は、上記解釈を前提に以下のような認定をして、「特別の事由」には当たらず、固定資産税を免除することはできないと判断しました。
この部分は、「当該固定資産がその性質上担税力を生み出さないような用途に使用されている場合など」という解釈に関するものです。
栃木市や本件会社としても、栃木シティFCのホームスタジアムとすることによって一定の経済効果が生まれる(その結果、栃木シティFCやその運営会社・親会社も収益を得る)ことを前提としているため、スタジアムがその性質上、担税力を生み出さない用途ではないという認定はやむを得ないものと思われます。
この部分は、仮に栃木シティFCのホームスタジアムとすることによって、一定の経済効果がもたらされたとしても、それと同程度又はそれ以上の経済効果をもたらしている施設(例えば、多数の消費を生み出す大型ショッピングモールや多数の労働者を雇用している工場など)については固定資産税が減免されておらず、これらの施設と比較しても本件スタジアムに強い公益性があるとはいえないと指摘しています。
つまり、スタジアムを担税力のある用途で使用しているのであれば、同じく担税力のある用途で使用している建物(ショッピングモール等)と違って、なぜ固定資産税を減免しなければならないのかを説明できなければならないと言っています。
この点に関して、栃木市は、本件スタジアムは、経済効果以外にも、本件スタジアムや栃木シティFCによって、栃木市の知名度が向上する、高齢化・人口減少が進む栃木市において賑わいを創出できるという点を主張していますが、この部分の判断においては全く触れられることなく、「強い公益性があるとは認められない」と結論だけが示されています。
(もちろん、知名度や賑わいについては定量的な認定が難しいため、やむを得ない面はあると思われます。)
ただし、公園の使用料と異なり、税金という性質上、公平性が重視されるのは当然であり、裁判所のいう「強い公益性」があることを論証するのは簡単ではないと思われます。
【争点③】公園施設の使用料免除の適法性
1 使用料免除の根拠
都市公園法18条を受けて制定された栃木市公園条例は、11条において、都市公園法5条1項の許可を受けた者は、使用料を納付しなければならないことを定めています。
もっとも、栃木市公園条例22条は、市長は、公益上その他特別の理由があると認めたときは、使用料を減額し、又は免除することができると定めており、本件においても、この規定を根拠に使用料が免除されています。
そこで、本件における使用料免除に「公益上その他特別の理由」があるかどうかが争点となりました。
2 裁判所の判断
これに対して、裁判所は、栃木市は、栃木シティFCのホームスタジアムとなった場合の経済効果を試算しているものの、以下のⅰ〜ⅴの事情を指摘して、栃木市の主張は認められないと判示しています。
ⅰ についてはどのような資料を証拠として提出しているのか不明ですが、ⅱ については栃木市側の主張・立証が不十分であったものと思われます。
ⅲ については、(立証できるかは別として)新しいサッカー専用スタジアムが完成することによって観客が増加して消費が増進することは十分にあり得るため、裁判所の判断には疑問があります。
ただし、上記 ⅰ や ⅱ からすると、この点についても立証が不十分だったのではないかと推測されます。
ⅳ については、関東サッカーリーグ1部とJFL、J3では、栃木市にもたらす経済効果に差が生じるのは当然であり、この点が問題となるのはやむを得ないと思われます。
ただし、昇格の見込みを証明することは不可能であるため、この点を重視されてしまうと、これからJリーグを目指すチームにとっては非常に厳しい判断となってしまいます。
ⅴ は、「他の自治体でも減免している」という栃木市の主張に対応するものであり、前提事実が異なるので参考にならないと判断しています。
この点について本判決は、以下のように指摘しています。
具体的な金額としては、栃木市民がサブグランドを土日に6時間借りた場合の使用料は18万円〜60万円であるのに対して、以前の多目的グラウンドをサッカー場として6時間借りた場合は3000円程度であったとの指摘がされています。
以前の多目的グラウンドと比較すると、本件スタジアムは設備が整っている以上、使用料が高くなること自体はやむを得ませんが、このような高額の使用料が設定されると、現実的には市民による利用はほとんど想定されないという点は判決の指摘のとおりと思われます。
さらに、裁判所は以下のように付け加えています。
この点については、長年、栃木市で活動してきたチームである以上、栃木市以外から誘致を受けることは通常想定できないし、栃木市としても栃木市のチームであるからこそ誘致した(北海道を拠点とする日ハムが札幌から北広島市にホームタウンを移すのとは異なる)という事情を無視しています。
もちろん、複数の自治体が競合している場合であれば、誘致を勝ち取るために使用料を免除することの必要性を説明しやすくなるのは当然ですが、他の自治体が誘致をしていないからといって、直ちに使用料を免除する必要がないとはいえないはずです。
本判決は、最後に以下のような指摘をしています。
このように、今回の訴訟では「なぜ使用料を免除してまで誘致しなければならなかったのか」という点についての主張・立証が不十分であったことが指摘されています。
また、市長の判断で決められる使用料の減免については例外的なものであるため、「公益上その他特別の理由」については限定的に理解されるべきとしつつ、
と補足しています。
このように、裁判所も、固定資産税と比べれば、使用料についてはより緩やかに免除を認める余地はあるものの、あくまで例外的な取扱いである以上、少なくとも客観的な事実を基礎として、合理的な根拠をもって判断しなければならないとしており、この点は正当な指摘と思われます。
現実問題として、栃木シティFCのようにこれからJリーグを目指すクラブにとっては、「客観的な事実を基礎として、合理的な根拠をもって判断した」といえるだけの定量的な数値を出すことは簡単なことではありません。
ただ、本訴訟における栃木市の主張を見ると、特に経済効果について、本件スタジアムを建設して、栃木シティFCのホームスタジアムとすることによって、本件スタジアムがない場合と比べて、どの程度の経済効果があるのかという点について触れられていないようです。
「公益性」の判断には、経済効果以外の面も影響を与えると考えるべきですが、訴訟で争われた場合、経済効果以外の点(スポーツの持つ精神的な価値など)については立証することが難しいため、「将来、これだけの経済効果が見込まれるのだから使用料を免除してでも誘致するのが合理的である」と言えるかどうかがポイントになってくるのではないかと思われます。
また、判決が指摘するように、建設時点で将来的かつ抽象的な予測しか立てられないため、合理的な説明をすることが難しいということであれば、新たな条例を制定するか、条例を改正することにより対応することも検討する必要があります。
この場合、手続的には非常に重たくなってしまいますが、スタジアムを建設する側にとしても、手続コストと事後的に使用料の免除が取り消されて事業計画が狂ってしまうリスクとを天秤にかけて判断せざるを得ません。
おわりに
スポーツ庁としても、スタジアムやアリーナの建設に関して、民間活力を活用した事業方式、資金調達方式の導入を積極的に検討することを推奨しており、栃木市による固定資産税や使用料の免除は、このような流れを汲んだスポーツ界にとって非常によい取り組みであったと思われます。
特に、今回の栃木市の対応は、民間に建築資金・維持コストを負担してもらう代わりに、固定資産税と使用料を免除するというものであり、自治体側としてもリスクを算定しやく、運営会社側としても、運営コストを下げることで事業計画を立てやすいというメリットがあり、この点が判決において考慮されなかった点が非常に残念です。
(個人的には控訴審で争って欲しいと思っています。)
なお、本判決は、あくまで固定資産税や使用料の免除を認めることが相当でないと判断したにすぎず、都市公園内に民間所有のスタジアムを建設すること自体を問題視したり、スポーツやスタジアムに「公益性がない」と判断したものではありません。
冒頭で紹介した鈴鹿ポイントゲッターズのスタジアム建設に関して、本判決を根拠に、鈴鹿市内に建設予定のスタジアムが違法であるとの主張がされているようですが、上記のとおり、本判決はスタジアム建設の適否自体を判断しているわけではないため根拠にはなりません。