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冬夜

今谷は今年で32歳。無職であり、ASD(自閉スペクトラム症)を患っている弟がいる。
親からの仕送りと貯蓄では生活が厳しく、俺は面接にことごとく落ち、私は責任を感じていた。
親はいない。日本にいないだけでモルドバにいる、、、らしい。
なんせ俺が24の時に親がヨーロッパを巡ると言ってからはや8年、俺にはちょくちょく上がってくるインスタグラムの写真を見ることで親の位置を把握する日課が出来上がっていた。
次はモルドバに行きます!、、、という陽気なルーマニアの写真を皮切りに、2日投稿がない。EUから出るのはめんどくさいのだろうか、今はモルドバを楽しんでいるのかは分からない。
弟は未だ飯を食べている。独特な儀式をしてから飯を食う。ASDなのかどうかは知らないが、奇怪というほどでもなく、ちょっと微妙な儀式。長年その儀式と向き合ってきたものの、今回も微妙な胡散臭さの正体は晴れなかった。
もうすぐ夜になる。俺たちにとって冬の夜は厳しい。
「ご馳走様」
俺は洗濯物を洗う。冬の夜は乾燥していて洗濯物が乾くと思い、ずっと夜に干して朝に外に出すという習慣がついている。
一般の家庭がどうやっているのかは知ろうと思わなかった。
そういう性格だ。弟も俺も。俺はASDとは診断されていないがそうなのかもしれない。だが、どうでもいい。
このまま2人で生きていけるだろうか。
親からの仕送りというのは、カードだった。ものすごいお金が入っていた。最初は興奮したけど、今っとなっては家計を支える唯一のロープとなっている。
ちゃんと2人で生きれる様に割り算をして、1日に使えるお金を計算した。ちょうど2万円だった。2人で2万円はちょっときつい。田舎で親の出た家に暮らしているけど、エアコンはかけられない。
「風呂はいろう」
弟の皿洗いが終わったので、風呂に入る。物心がついた時からずっと、風呂は一緒に入っている。
仕事につければこんな生活はなくなる。贅沢ができて、エアコンをかけて寝られるだろうか。
俺は弟の背中を洗う。いつものことが俺を安心させる。同じ背中。同じ生活。仕事に就こうとは俺も弟も思わなかった。
怖いのだろうか。このままでいいと感じる。まるで人間じゃない俺らは、安定した変わりのない日常を求めている。
風呂から上がると、弟は本を読みながら小説を書き始める。写しているのではなく、全く別な話を小説を読みながら書いている。弟は人間じゃないと思う。
俺はスマホを触る。毎日変わらないチャンネルで動画を見て、変わらないアカウントのポストを眺めて、親のインスタグラムを確認して寝る。
「ほら、モルドバだって」
写真が上がっていた。モルドバの街中、よく分からない食べ物を食べていた。幸せそうだった。
俺たちは一緒に寝る。毎日同じ様に、向かい合って抱き合う。
「お兄ちゃん、、、」
俺らはゲイだ。ゲイというだけで男から避けられる。距離を置かれる。女からもだ。
職場が一気に辛くなった。耐えられなくなった。ゲイというだけで、俺たちは人間じゃなくなった。人権がなかった。
ゲイは気持ち悪い。襲われる。変な目で見ている。いろんな言葉が、俺の心を大きくえぐり取った。
そこまで過度なものじゃない。思春期でもないのに、執拗に避けられる。辛かった。苦しかった。俺が会社を辞める時、悲しむものは誰もいなかった。
何が幸せなんだろうか。贅沢?同性愛?俺はこの変わらない、寂しい日常が一番の幸せとなった。
口付けをする。暖かさを互いに感じ合う。側から見ると死ぬほど気持ち悪いのだろうか。心理的に受け入れられないのだろうか。人権なんてくれない。ともかく俺たちは人間じゃない。人の形をした何かで、オス同士で抱き合っている化け物だった。
布団で2人であったまるのがちょうどよかった。俺の理解者は弟だけ。弟の理解者は俺だけ。それで十分だった。
俺は、今幸せだと感じる。世間の目はもう関係ない。俺らを捨てたのだから。俺たちだけでゆっくり生きていく。
弟にはこんなことは味わってほしくなかった。知らないまま幸せに暮らして欲しかった。
世間から突き放されても、贅沢に生きられなくても、これがいい。これでいい。
冬の夜は暖かかった。

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