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些細な出来事こそ

昔、精神的にしんどかった時期があった

鉛が入ってるんじゃないかと思うくらい心がズンと重くて、身体が思うように動かない

引き篭もっていた頃のある日、今日は少し動けそうと思い、気分転換に半ば無理やり外へ出かけた

「あの公園に行こう」

池があり、橋が渡してあり、花がたくさん咲いている所だ

少し遠いが、わざわざそこへ向かった

ちょうど公園に着いた時に雨が降ってきた

天気予報なんて確認していない

「今日雨やったんや」

慌てて雨宿りできる場所を探す

橋を渡った先にある東屋に駆け込んだ

少しずつ強まる雨

池に落ちる雨水の波紋が重なり合い、どんどん歪になる

「せっかくここまで来たのに」

「やっと外に出られたのに」

少し上向いた心に水を差された気分だった

花を見る気を完全に失せていた

「雨が止んだらさっさと帰ろう」


そう思いながら一人で雨宿りしていると、若い男性が駆け足で入ってきた

軽く息を切らしながら向かいのベンチに座り、パタパタと袖のしずくを払っている


「雨、結構降ってますね」

しとしと雨が降る続ける中、小一時間他愛もない話をした

私は、正直に話した

仕事が上手くいかなくて地元に帰ってきたことや、久しぶりに外に出たのに着いた途端雨が降ってきたこと

彼は黙って聞いてくれた

そして、彼も話してくれた

趣味で楽器をやっていて、大学で哲学を学んでいること

哲学の詳しい内容は覚えてないけれど、聞いていて楽しかった記憶はある

少し前に行った美術館が良かったという話も聞かせてくれた

「私も絵を見るの、好きなんですよ」

と言うと、

「このチケットでは入れないですけど」

と笑いながら、私が美術館に行くのを忘れないようにと、財布に残っていたチケットの半券をくれた

「ありがとうございます」

自然と笑顔で答えていたと思う

話しているうちにいつの間にか雨は上がっていて

「またどこかで」

と私たちは分かれた

その頃下ばかり向いていた私が、帰る頃には上を向いていて、空も心もすっかり晴れ渡っていた

あの日のことは、今でも覚えている

彼に話して、すごくすっきりしたのだ

彼の話を聞いて、単純に楽しかったのだ

そう感じたのは久しぶりのことだった

鉛のように重かった心が、少し軽くなっていた

もう会うことはないであろう彼に、いまだに感謝している

些細な出来事こそ、人の心を救ったりするものである