モンブランの麓で
エコバッグの中でインセプションしていたご褒美モンブラン。透明なケースにべったりと付いた餡をフォークでこそぎながら、PC画面を見つめる。
Teamsに未読バッジが増えていた。
開くと上司から「今朝話した例の企画案どう?」のメンション。
どう?って言われても、こちとらモンブランと向き合っておりましてまだ一合目にすら到達していない。瞬く間に気分はローテンション。返事を後回しにしてSpotifyをタップする。
Tom Mischの”Lost in Paris”が流れた。心地よいビートとは裏腹に心の治安は悪い。
気づけばすっかり足元が冷えていた。今日はまるでこたつを履いていない。エアコンは末端冷え性に冷たい。なにもこんなに冷たくされる覚えはない。もしや第二の心臓がうまく機能してないのではないかと途端に不安になる。
こんな寒い日の在宅勤務は電気代のことを考えて近所のサンマルクに避難するのが正解だったかもしれない。けれど今朝すでにセブンイレブンに行った手前、再び外に飛び出す気概を失っていた。そのまま椅子に沈み込む。このままじゃいかん。
コーヒーを淹れにキッチンに立つ。
豆は先週カルディで「挽いておきますね」と渡されたはずのコロンビア。ハンドドリップしながらシンクに放置していた昨夜の食器を眺めていた。手をつける気はない。
いや、つけるべきだった。それはわかっているけど、仕事を始める前に家事で疲れたくない。自分への言い訳をせっせとこしらえながらコーヒーの香りが広がるのを待つ。
耐熱ガラスのマグカップを片手にデスクに戻る。進捗は変わらないのに気のせいかさっきより未読バッジがじっとこちらを見ている。仲間にする気はない。
そろそろ本気を出さないと。タイムリミットは刻一刻と迫っている。とりあえず、アイデア出しのためのメモを開く。
箇条書きで羅列されたキーワードにはまだ分厚い白い霧がかかっている。このまま突き進んでいいのだろうか。
ゆっくりとコーヒーを一口飲んで、その温度を確かめる。今日の夜は火鍋の予定。
17時半になったら、スーパーに具材を買い揃えに行くつもりだったけど間に合うだろうか。あと、マイルドな白湯スープにするか、思い切って四川の痺れる麻辣にするか。
冷えた身体には後者が合いそうだ。明日の肛門は頭を抱えている。
南米の香りにかき消されて思い出せない山椒と唐辛子の香りを想像しながら、Teamsの画面に視線を戻す。
さすがにそろそろ一つくらいは捻り出さないといけない。きばるか。
ファイティングポーズの姿勢を崩さないままもう一口すする。おい、またコーヒーブレイクに逃げるな。さもなければ頂には届かない。