「生も歓喜、死も歓喜」の生命哲学〜永遠の生命論

 おはようございます、若おばちゃまⅡです。
 なんだか、海外ではトランプ、メディアではフジテレビなどざわざわしていたようですが、私はそれどころではありませんでした。

 私の師匠·池田大作先生は2023年11月15日にご逝去されました。すぐの2024.元日の新年勤行会の開催に反対だった理由を述べさせていただきます。

 池田大作先生は、1994.9.24 アメリカ🇺🇸ハーバード大学で、「21世紀文明と大乗仏教」と題しご講演されました。
 主題は、【生も歓喜、死も歓喜】との仏法生命論でした。
 
 本当の意味で注目を浴びたのは、わが創価学会のトップの死で、会員がその死をどう捉えたかでありましょう。
 
 しかしながら、【生も歓喜、死も歓喜】の仏法思想は、主観側からの死者本人の感じ方の模範の姿であって、他者が、個人に対して、「歓喜」などとは到底言えないことであるから、「仏法は道理、常識豊かに」との指針はどこまでも生きていると感じます。




 会員である私ども創価学会員は、誤解なく揚げ足を取られないようにしたい。
 確かに、「生と死」の思想は取り扱いに気を付けるべきである。誤解されたら、何度でも真意が伝わるまで、対話から発信していく、粘り強さも必要だ。

 かといって、2024.1元日の「新年勤行会」はなんだったのか。
 実は、創価学会に反逆者が紛れ込んでいる。追い出しても叩いても、一向に動じない強的であり、2000年ぐらいから頭角を表し、なりすましやシステムに入り込み、悪さを続けている。
 調査したところ、創価学会は、実は宗教法人ではない。ずっと、池田大作先生のポケットマネーで運営されていた。
 東洋哲学研究所、民主音楽協会も何者かにより、法人化されてしまったようだ。

 大きな組織は、灯台もと暗しにならないよう、現場の隅々にまで、サーチライトを当てて管理出来る仕組みをつくる必要がある。

 たぶん、原田会長は池田大作先生の死により、感情がゆさぶられ、何者かが、池田大作先生のなりすましをしたか、嘘の遺言を作ったかで、結局、騙されてしまったのだろう。
 究極の揚げ足で、「死も歓喜」ならば、池田の死は、おめでとうだろうが。との揚げ足だったに違いない。
 かつて、池田大作先生は、全員が会長の思いで、とのご指導を下さった。
 原田会長の学会組織を守り継承していくための壮絶な悪との闘争を思うと、まだまだ、わたしの難はちっぽけなことに思えて止まない。

 犯人は、内部ではかなり、有名となった。元学会員の福島源次郎、原島嵩、山崎正友に負けず劣らずの詐欺師。

 まだ、飽くなき悪との闘争は続く。

 心して、御本尊根本、御書根本の師弟不二の戦いを貫いていこう。