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自分の弱さ、そして強さ
伊達さゆりさんの誕生日イベント。
伊達さゆりBirthday Party
22nd
〜ぼくに僕からのプレゼント〜
に参加させて頂きました。
声優さん個人としてのイベントには初めての参加ということもあって、なんだか不思議な気持ちで当日を迎えることになりました。
というのも、僕にとって声優さんのお誕生日というものはキャラのお誕生日を祝うのと同じで幸せな気持ちをみんなで共有して、色んな人の「好き」の形を感じる日であったからです。
そんな自分が、声優さんと一緒の空間で大切に応援していた人の一年で最も幸せな誕生日を過ごすことが出来る。
この事実の大きさに気付くのはイベントが終わって友達と感想を共有していた時間でした。
すぐに感想を言い合える、趣味を共有できる友人がいるっていうのは思ってたより幸せな事だね(*˘︶˘*).。.:*♡
ステージ上の彼女は等身大の女の子で。ありのままの彼女、役柄に囚われていない彼女を見ることが出来ました。それはいつも「澁谷かのん」を通して彼女を見ている私からしたらだいぶ新鮮で。
ラジオでも大分素を出している気はしますが、顔は見えず声だけで何となく表情を思い浮かべながら聞いているので、そんな些細な事実がとても嬉しかったんです。この感情を言葉にするのは少し難しいですが、「嬉しい」という表現はとても近しいものだと思います。
そんな同い年の女の子を応援しながら、毎回ふと
「俺は何をしてるんだろう」
「おれは何がしたいんだろう」
と考えてしまう瞬間があるのが嫌で嫌でしょうがない。
もっと純粋になって没頭したいのに、心の底から楽しめていない感覚になるのが嫌になる。
ちゃんと目標もあって、ゴールも見えているのに。そこに走っているのか分からなくなっちゃう時がたまにあって。
自分を認められない瞬間があることは、精一杯頑張れていないことの証明なんじゃないかと。
そんな余計なことを深く考え込んでしまう時間が終演後に少しありました。
「自分のこういうところが嫌い、気に入らない」なんてネガティブな問題は、驚くほどすぐに見つかるものだと思います。だってネガティブなモノなのだから。こんなところが足らない、もっと充実させたい、なんていうのは驚くほど簡単な人間の欲から常にじわじわと止まる事なくあふれ出ているものでもあると思います。
ところが「自分のこういうところが好き」となると話は変わってきます。
なかなかうまく言葉にできるようなものは見つけることが少なくともネガティブなモノよりは若干であっても難しくなっているものであるように思います。
これらのことから自分は、人は自分の「好き」よりも「嫌い」や「苦手」を好むのだとよく感じます。
どうしてそんなにひねくれた考えしかできないんだよ、と。
そんなことを思う人も多少はいるかもしれませんが、そんな自分だからこそ伊達さんのような自分の弱さ、そして強さに向き合えている人は素晴らしく素敵な人であると。そう思えるのです。
あの日、前を向いて勇気を振り絞って、踏み出したからこそ今があるのだと。そうやって胸を張って言える人がこの世で何人いるのか。
そんなきっかけを自分で切り開いた人の話を少し聞いてみたいですね。
そんな伊達ちゃんが開拓したサプライズ。作詞というチャレンジ。
歌からは伊達ちゃんの想いの丈が空気に描かれていくような、そんなイメージを感じました。透明だった色に色づけていくように。真っ白なキャンバスの中を自分なりに描こうとしているところ。
その中では時に失敗や、違和感を感じてしまうことはあれど、それにかける思いは少しでも受け取れたような、そんな気分でした。
ただ一つの声が
ぼくだけの宝物
不器用で解けても
それがらしい とまた笑った
自分の強みをしっかりと理解して、それに不安はあれど迷いなくし進んでいける力強さ。それが伊達ちゃんを伊達ちゃん知らしめている所以みたいなものであるように思います。
ぼくも笑って、前を向いて走ってみよう。
その先に何かがあると信じながら。