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「個室で生きたい」ー知的障害のホームレス・大竹さんの”闘い”

支援現場では再三指摘されていることであるが、路上生活をされている方のなかには何らかの精神疾患を抱えている方が少なくない。

そして、これも主に都心の問題として指摘されているが、路上生活をされている方が生活保護を申請してもなかなかアパートには繋がらず、無料低額宿泊所などとして知られる施設への入所がすすめられることが多い

「居宅保護の無視」と知的障害者の葛藤

生活保護には「居宅保護の原則」というものがあり、本来施設などへの入所は本人の意思にもとづくものでなければならないのだが、福祉事務所では施設に入所することが生活保護を利用するための条件かのような説明がなされることが少なくないのだ。
そして、この無料低額宿泊所のなかには複数のベッドが一つの部屋に設置され、仕切りはカーテンのみといったところも多く、とてもプライバシーが守られない環境であったりする。

「路上生活者には知的障害や精神疾患を抱えた方が多い」という事実と、こうした「プライバシーが守られない施設への入所」という制度運用が合わさることで、次のような問題が生じる。

知的・精神障害のある方は、物音に敏感であったり、幻聴や幻覚に苦しんでいる場合が少なくないため、カーテンだけで仕切られたような環境では症状が悪化してしまうことも多い。すると、奇声や独語がひどくなってしまう人も当然出てくる。
ただでさえ周囲の物音に敏感な人が同じような生きづらさを抱えた人と同じ空間を共有するわけなので、「症状が悪化し奇声や独語がひどくなる」→「同室の利用者の症状も悪化する」→「利用者間のトラブルに発展する」→「症状が悪化する」…といった悪循環が生じることになるのだ。

路上生活の人のなかには、生活保護の利用と中止を繰り返す人が少なくないが、これには、上記のような背景が理由となっていることも多い。

「相部屋」に苦しむ大竹さんとの出会い


大竹さん(仮名・40代男性)も、こうした構造的な問題に苦しんでいる路上生活者の一人だった。

大竹さんは幼少期から母親と地方で二人暮らしをしていたが、ある時ひとり暮らしをしようと思い立ち、関西圏を転々とした後に東京に出てきたという。
知的障害の関係もあり、なかなか安定した仕事に就くことが叶わず、長らく日雇いの仕事をしながらネットカフェ暮らしを続けていた。
その後、関東のA県で生活保護を申請したことをきっかけに障害者福祉の窓口に繋がり、障害者のグループホーム「しずく」(仮名)に入所しながら就労継続支援B型事業所で作業を行ないながら自立を目指すことになったという。

しかし、「しずく」は個室でなかったこともあり、大竹さんは同室の利用者と度々トラブルを起こしてしまう。また、作業所でも人間関係がうまくいかず、入所して3か月で自ら施設を出てしまった。

私が大竹さんから相談を受けたのは丁度この頃であり、大竹さんの主訴は「とにかく個室」だった。

しかし、既に指摘したように東京で住居の無い状態から生活保護でアパートに入居するのはハードルが高い。しかも、大竹さんの場合は「しずく」を人間関係のもつれから「無断」で出てきてしまっていることもあり、福祉事務所の「一人暮らしができると判断できるまでは施設で」というバイアスが一層強まることが予想された。

そこで、福祉事務所に同行することになったのだが、約束の日に大竹さんが来ない。
後日電話があり、「B県(関東)で生活保護の申請をしました。施設に入ることになりました」とのことだった。
しかしその翌日には「施設を出ました。今ネットカフェにいます」と連絡が入る。

再度同行日を設定しようとするのだが、大竹さんと日程調整をするということがとにかく難しく、彼は動き回っていた。

それでもようやく面談を行うことができ、「もう相部屋の施設はこりごり」という大竹さん。精神的にも荒れ気味で、なかなか話が進まない。

「自分はどこに行ってもうまくいかない。永井さんだって、僕みたいなのは本当は相手にしたくないと思ってるんでしょ?今日の面談まで何日間も経ってるし。」

面談に時間を要したのは大竹さんがリスケしまくるからじゃないですか…という心の声を押し込み、「大竹さんの『個室がいい』というのは当然の要求だと思いますよ?大竹さんさえ良ければ、僕は何度でもサポートするつもりです」と伝える。

他方で、この時筆者は「大竹さんにとって、一人暮らしは本当に良い選択なのだろうか」というのは正直なところ自信がなかった。

障害の関係もあって、制度の内容などもなかなか理解が難しい。おそらく日常生活を送るなかでもゴミの分別や金銭管理といった面でも困難なことが色々と生じるだろう。
そもそも、短期間で複数の施設などを転々としていた大竹さんの動きを目の当たりにしていたこともあり、「一所で落ち着いて生活をする」という姿が全く想像できなかったのである。

また、筆者は大竹さんが入所していたグループホーム「しずく」の職員の方から、大竹さんが利用者とトラブルになった経緯などを聞いていた。
そこで、大竹さんが他利用者のある言動を自分に向けられたものであると誤解し不満を爆発してしまったこと、その過程で「しずく」の職員が大竹さんの特性も理解したうえでかなり寄り添ったヒアリングや対応をしていたという印象を持っていたのである。

福祉の専門家であってもなかなか対応に苦慮していた大竹さんが、福祉事務所の職員や近所の方とトラブルをおこさずに生活ができるのだろうか…。
正直、不安しかなかった。

とはいえ、本人が「個室で生活をしたい」という以上、その意志を尊重しないわけにはいかない。
すぐに、アパートを自前で借り上げて個室での保護を支援している団体に連絡をとった。
その後、大竹さんは、支援団体とのヒアリングを経て無事に個室入居を果たすことができた。

大竹さんの「一人暮らし」への挑戦

案の定、大竹さんの「一人暮らし」は順風満帆だったわけではない。
まず、ゴミの分別が理解できない。

部屋はすぐにゴミでいっぱいになってしまったのである。
また、真夏にも関わらずシャワーを浴びる頻度が少ないのか、衣類の汚れや臭いは以前と変わらないどころか、日に日に強くなっている印象すらあった。

他方で、想像を超える「嬉しい誤算」もあった。
大竹さんが精神的に落ち着くことができ、他者とのコミュニケーションのあり方が大きく変わったのだ。

個室に入るまでの大竹さんは、常に不安な気持ちを抱えていたこともあり、すでに述べたような様々な対人トラブルに悩んでいた。
筆者との面談の途中でも、ちょっとした勘違いから声を上げて飛び出してしまうことなども珍しいことではなかった。
ところが、居宅に入ってからというもの、大竹さんは常にニコニコされていて、日々の生活で嬉しかったことや困ったことなどを落ち着いて話してくれるようになったのである。

筆者含め、「大竹さんに一人暮らしができるのだろうか」「対人トラブルなどでまたすぐに家を飛び出してしまうのではないか」といった周囲の不安が、良い意味で裏切られたのである。

居宅入居以前の大竹さんを知るスタッフは、口を揃えて「人が変わった」というほどであった。

無論、既に言及したように、ゴミの分別などうまくできないことも多々あったが、「一人暮らし」に挑戦するということ、自分一人の空間で生活を営むという経験が大竹さんにとって大きな意味を持ったという点は疑いの余地がないと感じた。

大竹さんが教えてくれた「失敗する権利」

さて、大竹さんはその後、「やっぱりゴミの分別とか金銭管理とかをサポートしてくれる人が近くにいてほしい」という理由から、個室のグループホームへと転宅することになった。

これをもって、「やっぱり始めから一人暮らしではなくグループホームのほうが良かったんじゃないか」と思う人もいるだろう。

しかし、「はじめからグループホームしか選択できない」ということと、「一人暮らしに挑戦してみたうえで、自らの意思でグループホームを選択する」ということは全く意味合いが異なる。

大竹さんは、筆者ら支援者に大切なことを教えてくれた。
それは、まず、どんなに一人暮らしが難しいと思われる人であっても、挑戦してみなければ何も分からないということ。
支援者から見て「この人は大丈夫だろう」と思っていた人が早期にいなくなってしまうこともあれば、「この人は難しいかもな」と感じた人が案外定着できることもある。

支援者の勝手な判断で、当事者の「一人暮らしの権利」を剥奪するようなことはあってはならない。

また、大竹さんは同時に「失敗する権利」の重要さについても教えてくれたように思う。

支援者はとかく、「当事者が失敗しないようにサポートしなければ」と考えがちだ。福祉事務所が例えばアルコール依存症を抱える当事者の一人暮らしを嫌うのも、「スリップしてしまった時に困るのは本人だ」といった思いもあるのだろう。

誰だってできれば「失敗」はしたくないし、させたくもない。

しかし、当事者がスリップしてしまうこと、金銭管理ができずに行き詰ってしまうこと、ゴミの分別ができずに部屋を汚してしまうといった「失敗」も、本人の人生における貴重な経験になりうるのではないだろうか。

大竹さんは、一人暮らしを認められなかった当時「金銭管理ができないと難しい」といった福祉事務所からの条件づけに激しく反発していた。
その大竹さんが、一人暮らしに挑戦し、自身の障害の特性などに向き合った結果、自ら「個室は譲れないけど、日常生活を支援してほしい」と自ら思うに至ったのである。

自身の生き方について、自身の経験をもとに自ら考え、構想する。

こうした、人が人間らしく考え、生きるうえで、「失敗する自由」を奪わないこともまた、重要な支援のありかたなのではないだろうか。

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本記事の内容をもとに、stand.fmでも話しました。こちらも是非ご聴取ください。


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永井悠大
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