「NPO法人で働く」という選択肢
「大企業の正社員」という魅力の低下?
私がNPO法人で働いていた頃にインターンの学生さんと話をする機会が度々あった。そのなかで、最近の学生さんのなかには一般企業に就職するということにあまり魅力を感じない方が増えてきている、より積極的に言うと「営利企業よりも社会貢献などやりがいを感じられる職場」を志向する傾向が少しずつ出てきている、と感じることが少なからずあった。
無論、これは私が話したのが「NPO法人にインターンにきている学生さん」という特殊性のためとも言えるかもしれない。
それにしてもすごいと思うのが、彼らはまだ二十歳そこそこなのに「自分は将来何がしたいか」みたいなことを本気で考えている。
彼らと同じ年齢の頃に「将来は海賊になる」と言って海外を放浪していた私とはえらい違いだ。
ちょっと穿った見方をすれば、「あまり先先のことを考えなくてもそれなりに幸せに生きていけるだろう」という楽観的な観測を、若い人が持ちづらい世の中になったということかもしれない。
最近、「『大企業の正社員』という働き方は主流ではなくなりつつある」ということがよく言われたりするが、データが示すのは「昭和の時代」も現在も「大企業の正社員という椅子」に座る労働者は全体の約3割で、もともと「主流」ではないし、またその割合もさほど減ってはいないという事実だ。
(詳しくは小熊英二の『日本社会のしくみ』を参照いただきたい)
にも関わらず「大企業の正社員」とは違う働き方を志向するような風潮が年々増しているように感じるのは何故なのか。
一つは、「大企業の正社員の椅子」の数は微減しているのに大学進学率は伸びているために、昔よりも大学生にとって「大企業の正社員の椅子」が手にしにくいと感じられている、というのはあるかもしれない。手に入りにくいと感じる時、人は状況に合わせて選好を適応させようとしたりオルタナティブを模索する傾向にあるからだ。
いずれにせよ、「大企業や営利企業でバリキャリ…というより、それほど収入が高くなくてもやりがいを感じられる仕事がしたい!」というような学生(あるいは転職希望者)の受け皿は、現在どうなっているのだろうか。
ピュアに考えればNPO法人はそうした受け皿になってもいいわけである。一般企業にもひけをとらないような待遇のNPO法人も出てきている昨今、今後、就活市場でのNPO法人のプレゼンスがどんどん増すということも十分に考えられると思う。
他方で、NPO法人がいまだに無償のボランティアだけで成り立っていると思っている人も多いと感じるし、有償のNPO職員として働き生活をするということをリアリティをもって想像できる就活生や転職希望者は少ないのではないだろうか。
これは、そもそも就活市場でNPO法人の求人に関わる媒体があまり存在感がないというのは勿論、「NPO法人で働く先輩が身近にいない」というのも大きいように思う。
そこで、NPO法人で働くことに少しでも関心のある学生や転職希望者に少しでも参考になればという思いで、私がNPO法人で働いたことで感じたことを簡単に綴ってみたい。
「NPO職員」で生活はできるのか?
まず、NPO法人への就職や転職を考えている人が一番気になるのは待遇面だろう。
いくらやりがいがあると言っても、あまりに低賃金だったり重労働であれば仕事とするのは難しい。
ただ、NPO職員とひと口に言っても、正規職員なのか非正規職員なのかや、地域によっても給与水準は様々なので、一概にどうというのは言いづらいのが正直なところだ。
そこで、NPO法人の求人を集めたサイトを参考に大体の相場を知ることができる。
NPO業界で有名な求人サイトの一つに、Driveがある。私自身、就職したNPO法人の求人はこちらのサイトに掲載されていた。
このサイトを見てもらえれば分かると思うが、ひと月の給料はフルタイムで20万円前後のところが多いのではないだろうか。
実際、「独立行政法人労働政策研究・研修機構」が2014年に行なったアンケート調査(事業所調査および従業員調査)によれば、NPO法人の「正規職員」の年間給与額は、「平均的な人」の平均値で約260万円であることが分かっている。
また、この数字は一般企業の一般労働者の平均と比べると低いものの、2004年時の調査と比べるとNPOと一般企業の給与額の差は縮小傾向にあることも指摘されている。
さらに、近年は一般企業と提携しながら事業を展開する勢いのあるNPOなども出てきており、職務経験によっては月30~40万円程度の求人も目にすることがある。
単身世帯や共働き世帯が増加している現在の日本では、上記のような給与水準で生活を送ることはさほど非現実的ではないのではないだろうか。
NPO法人で働くメリット①
次に、NPO法人で働くことのメリットについて私個人の見解を述べておきたい。無論、これもNPOの業種や組織によっても大きくことなるためにあくまで参考として考えていただければと思うが、私がNPO法人で働いた経験から感じたメリットの一つに「入社して早い段階から多様な業務をそれなりの責任を付与してもらいながら経験できる」ことを挙げたい。
先の調査では、調査対象となった団体の「正規職員」の人数についても検討されている。それによれば2014年の「正規職員」の平均人数は約4人となっている。
団体の規模によって異なるとはいえ、どのような活動を行うとしてもNPO法人の多くは寄付金によって成り立っているため、活動を実践するだけでは組織を継続できない。
寄付金や助成金を得る(ファンドレイズ)ためには、日々の活動とその意義を社会に対して分かりやすく伝える(広報)必要があるし、行った事業についての資金の出所の詳細な記録や管理も必須である。
また、職員が退職することになればどのような人材をどのような採用・研修プロセスで確保するかを検討する必要も出てくる。あわせて新規や既存の職員が働きやすい環境を整える役割も必要だ。
一般企業であれば、こうした役割はそれぞれ「部署」として体系化されることで業務の明確化・分離化がされやすく、一人の職員が部署を横断して業務にあたったり他部署の責任を負って業務にあたるということは少ないだろう。
しかしNPO法人の場合、せいぜい4人しかいない職員では「活動の実践(現場)」「ファンドレイズ」「広報」「渉外」「会計」「人事」「労務」といった役割を完全分業で行うことはできない。
そこで、「どのような事業を、(誰が)どこからお金を集めて、(誰が)遂行するか」といった組織運営全体に関わる一連の流れを正規職員全員で議論し割り振るという傾向になりやすい。
これは、「専門分化できない」という意味では組織の脆弱性としても指摘できるが、一職員の経験という点では有意義な側面でもある。
しかも、流動性の高い組織の都合上、こうした経験を入社して2~3年目くらいで担えたりするので、キャリア形成上の(時間的)コスパも悪くない。
一般企業では10年経っても「若手」扱いされることも少なくないと思うが、NPO法人なら「2~3年で中堅、5年くらいでベテランとしての役割を期待され、仕事を任される」といっても過言ではないと思う。
NPO法人で働くメリット②
NPO法人で働く2つ目のメリットとして、私は「業界の要人と仕事をする機会を得やすい」というものがあると感じる。
NPO法人で働くことに関心のある人であれば、おそらくなんらかの社会問題やソーシャルアクションに興味がある場合が多いだろう。そして、そうした分野内で発言力や影響力のある、憧れの活動家や有名人もいるかもしれない。
NPO業界に身を置いていると、そういった要人とお会いして情報交換したり、一緒に仕事をするという機会に恵まれることも少なくない。
というのも、NPO業界は決して広い世界ではないので、分野内における団体ごとの横の繋がりが比較的に強いので、他団体同士で連携したり協力してイベントを行うことが多いのだ。
それなりに名の知れたNPO法人の新規職員となれば、そうしたイベントの際などに他団体の要人に紹介していただくことも多い。
メディアや書籍で活躍を拝見していた人と一緒に働いたり勉強させてもらうことで得られる刺激はとても大きなものである。
NPO法人で働くメリット③
最後に、NPO法人で働くメリットとして、月なみな言い方だが「やりがい」をあげたい。自分の問題意識がはっきりしていて、取り組みたい社会貢献の姿がはっきりしている人であればあるほど、自身の考えとある程度合致した価値観に基づいて活動している団体で働くことで大きなやりがいを感じられるはずだ。
私の場合、大学の頃から「貧困問題」に関心をもって修士号をとっていたこともあって、貧困当事者を支援するNPO法人で働くことは、「日々の関心の延長」であって語弊を恐れずに言えば「好きなことをしてお金がもらえる」という感覚だった。
よく、日曜の夜になると憂鬱になる「サザエさん症候群」という現象が話題になることがあるが、当時の私はそんなことは全くなく、職場に行くのが楽しみで仕方なかった。職場の同僚も個性的で面白い人が多く、考え方は多様でありながらも同じ問題意識(貧困問題の改善)を共有しながら業務のありかたや社会課題について議論できることも大きな刺激となっていた。
現在の仕事が単に時間と労働をお金に換えているという実感しか持てず、またそういった状況に割り切ることもできずにもやもやしている人は、思い切って自分のやりたいことを仕事にするという選択も悪くないのではないだろうか。今は自分の問題意識が明確でない人も、社会問題に対して様々な考えをもっている人が集うNPO業界に一度身を置くことで見えてくるものもあるかもしれない。
さて、今回紹介した「NPO法人で働くことのメリット」は、あくまで私個人の経験にもとづくものにすぎないし、NPO業界で働く特有の大変さがあることも事実なので、特に経験者や現職の方からは色々と反論もあるだろうと思う。
他方で、上述の内容は私が「NPO法人で働くこと」のリアリティとして確かに感じたことであるのもまた事実であるし、「働くということ」について人びとの多様な価値観や葛藤が顕在化しているように感じる昨今、「働き方」の一選択肢として参考にしていただける方が一人でもいれば幸いである。
(NPO時代の私をDriveの方が取材していただいたことがあるので、こちら「DRIVE転職者ストーリーVol.6 自立支援の仕事を通して、マイノリティの方の声が社会に届く場をつくりたい」も参考にしていただければ幸いです。)