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「良い組織」をつくるには?:”福祉”を事例に考える

「『良い福祉組織』とはどのような組織か?」と問われたら、あなたなら何と答えるだろうか。今回は、福祉の組織を事例にこのテーマで考えてみたい。

職員の多様性と組織

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無論、これは一つの答えがあるわけではないだろうが、個人的にはその一つの視点として「職員の多様性」を挙げたい。

福祉の現場にはそれこそ様々な社会的な背景を持つ人が相談に来る。一般的な規範に適合的な人もいれば当然そうでない人もいる。

そういった前提をふまえれば、全ての職員が同じような価値観であった場合、相談に来た当事者への組織としての評価や対応が一枚岩になってしまうことは想像に難くない。

例えば、困窮者の「自立」に関して「就職して経済的に自立すること」という強い規範意識の人ばかりが相談員であったなら、労働以外のやりかたで自立したいと考える当事者は相談がしにくいだろう。

「就労支援に関心が高い職員もいれば、就労を最優先にしない職員もいる」…という組織の方が当事者の相談の敷居が低くなるのは明らかだ。何より職員同士がお互いに学び合い、自身の価値観の偏りや無意識のうちにもっている偏見などに気づくことができるという利点も大きい。

職員のもつ価値観や理念が多様な場所では、一般的な規範からは逸脱した当事者であっても排除されることがないために、様々な人が訪れる。すると、職員の価値観も再帰的に揺さぶられるようになるため、組織は一層多様な価値観を(組織として)体得していくことになる。

こうなればしめたもので、あとは良循環だ。

様々な価値観や理念が排除されない場所で働くのは職員としても楽しいので、ユニークな人が集まってくる。

「組織の習慣」の罠!?

では、このような組織はどうすればつくれるのだろうか。

組織で働いたことのある人であれば誰しも感じたことがあると思うが、組織の支援方針や文化は、最終的な決定権(≒決裁権)を持つリーダーの考えにある程度規定されるものだ。

そして、決裁権をもたない職員の考えがどれだけ日々の業務に反映されるかは、このリーダーがどれだけ一人ひとりの職員の意見を聞いてくれるかによってくる。

リーダーがワンマンタイプだったりトップダウンで進めることをよしとする場合、なかなか現場スタッフの意見は反映されないか、そもそも意見自体あまり求められないだろう。こうなると職員も意見を言うのを控えるようになる。

こうした組織では、組織の同質性ばかりが高まってしまい、異なる価値観は育たない。

それではリーダーが現場の意見をよく聞いてくれる、ボトムアップを志向している場合はどうだろう。この場合、ワンマンタイプのリーダーに比べれば相対的に多くの職員が意見を言いやすいと感じるはずだ。

しかしこれでもやはり限界がある。

どれだけ柔軟な考えや様々な意見を尊重できる人であっても、思考やそれにもとづく決定、行動は一定程度習慣化されている。これはトップダウン型のリーダーでもボトムアップ型のリーダーでも同様だ。

人間が一定の習慣化された思考から完全に自由にはなれない以上、同じ人物が長期間決裁権を握ることは組織としての業務方針もまた一定の慣習のもとにすすめられることを意味する。「リーダーの習慣」は、「組織の習慣」となるのだ。

一度「組織の習慣」となった文化は、なかなか変えることが難しい。なぜなら「組織の習慣」を変えるということは、組織のすべての構成員に身体化された業務の手順や慣習を学び直すということであり、それ自体個々人にとってはストレスとなるからだ。

一見明らかに非効率だと思える業務手順も、一度身体化されてしまうと、今度はそれを「効率的な業務手順」に変えることにコストがかかる。その結果、「非効率な業務を効率的な業務に変えること」が、短期的にはかえって非効率にすらなってしまう。

同じことは組織の理念や方針(よりフランクに言えば「雰囲気」)にも当てはまる。

例えば、「就労による自立」を重視する思考と方針によって業務が慣習化されてしまうと、「就労以外の自立」を志向するアプローチをとることは通常業務から逸脱したものとなり、職員にとっては負担が大きく感じるようになってしまう。

そして、「組織の習慣」のこわいところは、当初は組織の方針に疑問を抱いていたり課題を把握していた職員であっても、「組織の習慣」に慣れることで問題意識が薄れていってしまうことだ。

なぜなら「組織の習慣」に沿って業務をこなすほうが、一つ一つに問題意識を持ちながら働くよりもはるかに“楽”だからである。

組織における「権力の再分配」という戦略

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こうした「組織の習慣の罠」に陥らないためには、「組織の習慣」を常に可変的なもの、暫定的なものに位置付けることが鍵となる。

もちろん、毎日組織の方針や業務内容が変わってしまうようでは業務が成り立たなくなってしまう。その意味では、「組織の習慣」そのものが生まれないようにするのは難しい。他方で、「現在の方針や業務のフローは固定的なものではない」という認識をすべての職員が持てるような組織づくりは可能なはずだ。

そのためには、実際に「組織の習慣が定期的に変化する、更新することを多くの職員が経験する」必要がある。そしてこうした組織内の活性化を促す処方箋の一つとして筆者が提案したいのが、「組織のおける権力の再分配」である。

繰り返しになるが、同じ人物が決裁権を長く持てば持つほど「組織の習慣」はより強固に変え難いものとして根付いてしまう。職員側も「組織の習慣」に依存し、考えるのをやめてしまう。

しかし、決裁権を持つ人物を定期的に変えることによって、単一の「組織の習慣」が強く根付いてしまう前にブラッシュアップしたり、「習慣」自体に複数性をもたせることができるようになる。

無論、ピラミッド型の組織形態が一般的な日本で、定期的に組織の代表を変えるということはなかなかハードルが高いだろう。しかし、「組織における権力の再分配」は、代表の変更のみを指しているわけではない。

組織の代表は同一人物であったとしても、あらゆる事業の最終的な決裁権を一人に集中させるのではなく、事業毎に複数の担当者に分散させることも有効な一手だろう。

決裁権が複数の職員に分散され、固定的な「組織の習慣」ではなく柔軟で多様性のある「習慣」に規定されている組織は、相談にやってくる人や職員の多様性を担保できるだけではない。

もう一つの大きなメリットとして、「新規スタッフに事業を引き継ぎやすい」という点を強調したい。

同じ人が長らく同じ業務の権限を持っていると、他のスタッフは「分からないことがあればその人に聞けばよい」という状態ができあがってしまう。こうして事業そのものが属人的なものになってしまうと、業務の棚卸しをしたり分かりやすい業務マニュアルを作成(あるいは改善)しようというインセンティブが働かなくなる。これでは新規スタッフは業務に慣れるまでに時間がかかるし、権限を持つ人が何らかの理由で職場を離れることになったら万事休すだ。

しかし、定期的に決裁権などの権限を持つ人が変わる場合、担当者は常に自身の後任に業務をどう引き継いでいくかを否応なしに考えるようになる。権限があるが故に、分かりにくいと感じるマニュアルを自ら改善することもできる。

長年にわたる実績がある組織ほど、このように若手スタッフにも大胆に決裁権を与え、組織が常に新しい価値観を体得できるように活性化させるといった「挑戦」を行うのは勇気がいるだろう。

しかし、こと福祉業界に関しては、価値観が固定化してしまうことはその利用者にとっても、働くスタッフにとってもあまり良い帰結を生まない。特に、資本力とアイディアにあふれる民間NPOや企業が参入する傾向にある昨今の福祉業界では、行政からの措置費によって「組織改革」を意識せずともで成り立ってきた社会福祉法人なども、その意識を変えなければ生き残れない時代がすぐそこまで来ているように感じる。

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永井悠大
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