正直なお嬢さんですね
「38番、入室してください。」
ドアを開けると
正面に長いテーブルがあり
4人の先生が座っていた。
私はテーブルの前に置かれた椅子に
座るように促された。
椅子の横に立ち
面接の先生たちに向かい
深々とお辞儀をしたのちに
浅く椅子に腰かけた。
面接の先生は、男性が2名
女性が2名であった。
年齢はわからないが
3名は中年で、女性の一人は
年配と言う感じであった。
若い方の女性の先生が
私の名前と出身校の確認をしてきた。
いよいよ、面接が始まった。
両手をかるく膝に置いていたが
緊張のあまり
力が入ってきた。
横にいる男性の先生が
手元の書類を見ながら
「入試の成績について
自分では満足していますか?」
といきなり切り出され
緊張がマックスに達した。
「あっはい。試験は全力を尽くしました。
あっ。もしかして
点数が足りてませんでした?」
いきなり的外れな受け答えをしてしまった。
「あっ、すみません。
全力を尽くしました。」
慌てて訂正した。
私の慌てぶりに、年配の女の先生が
「そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ。」
と優しく、声をかけてくれた。
たぶんこの中で、
一番偉いボス先生だと思った。
私は、そのボス先生に向かって、
「すみません。
深呼吸してもよろしいでしょうか?」
と尋ねた。
ボス先生は、いきなりで
一瞬驚いた表情になったが
「もちろん大丈夫ですよ。
リラックスしてくださいね。
この場は、
取り調べの場ではないのですから。」
とほほ笑みながら、
軽いジョークを交えて答えてくれた。
他の先生も、
少し笑いをこらえている感じがした。
その一言で、面接の場は一気に和んだ。
ボス先生は続けて
「入試の成績も大事ですが、
私たちは、あなたと話すことで少しでも
あなたの事を知る事が
出来たらと思っています。」
「いつもの、飾らない
あなたで良いのですよ。」
そう言ってくれた。
私は、椅子から立ち上がり
先生たちに一礼をして大きく深呼吸をした。
それを見ていた皆の目線は優しかった。
その後は、志望動機など
一般的な質問が続いた。
男の先生が
「では最後の質問をします。
君は当校のほかにも受験したり
又は受験の予定がありますか?」
「はい、公立高校を予定しています。」
「なるほど、もしそちらに受かった場合
どうしますか?」
私は、面接の雰囲気に慣れてきて
すっかり気を緩めてしまっていた。
「はい、公立の方に行きます。」
し、しまった。
NGワードを口にしてしまった。
この質問の為に用意していた
(はい公立は一応受験しますが
その時でも、
こちらに入学したいと思っています。)
と答えなかった。
たぶん面接で「公立に行きます」と
答えた生徒は今まで私以外には
いなかっただろう。
「なかなか正直な、お嬢さんですね。」
ボス先生が笑いながらそう言った。
面接が終了した後、
最後の会話がとても気になった。
笑っていたが、目も笑っていたかどうか
それは覚えていなかった。
少なくても、
ほかの面接の先生は笑っていなかった。
次の日、
担任の先生に面接の様子を聞かれた。
私は、気になっている事があると
正直に話した。
先生は、「う~ん」と言ったきり
それ以上は何も言わなかった。
受験した女子高は
ただの滑り止めではなかった。
レベルも高い、有名な私立高校でもあった。
どうしても入りたい入学希望者は、
沢山いた。
しかし
私には年子の弟がいるので、
両親は、教育資金がかさむ
私立ではなく公立高校に行って欲しい
そう思ってるに違いない。
私は嘘はついていない。
正直に答えたのに、いけなかったのかと
ずいぶんと悩む日が続いた。
きっと不合格だ。
・・・・・・・・・・・・
合格判定の会議が開かれていた。
合否はテストの点数と
面接の結果で判定する事になっていた。
人気の女子高でも、毎年一定数
入学辞退者が出るので
その人数を見込んだ割り増しの合格者を
決めなくてはならない。
今年は、ボーダーラインにいる
生徒が多かった。
理事長や支援者枠の生徒も
何人か追加しなければならなかった。
選考委員の先生方は、
それらの生徒名も知っていたが
学校教育の建前上、知らない事に
なっていた。大人の事情である。
その特定生徒たちの入学のため
ボーダーラインに近い
併願の生徒が排除の対象になった。
「38番の生徒は、併願で公立希望ですので
不合格とします。」
「ちょっと待ってください。
彼女は公立に合格したらそちらに行く
と言っていました。
今までは、このように明言した
生徒はいませんでした。
その彼女が、明らかに点数が足りなくて
不合格ならいざ知らず自己判定でも
合格圏にあると分かるのに
不合格となった場合
わが校は、併願者を不利に扱っていると
中学校に推測される可能性があります。
これは、今後の志願者獲得の事を考えると
明らかにわが校の経営上得策に
ならないと思います。
彼女を不合格にはできないと思います。」
「なるほど、
そう言われて見ればそうですね。」
「分かりました。そうしましょう。」
「では、次の45番の生徒については:::」
こうして、38番の生徒の「NGワード」は
逆に「キラーワード」になった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・
私は不合格だと思っていた。
それなのに、
合格発表の掲示板に38番があった。
初めての受験だっただけに
とてもうれしかった。
不合格のはずの私を
合格にしてくれた。
こんな素晴らしい、先生達のいる
心の広い学校なら
出来れば通ってみたいとさえ思った。
しかし、現実は公立の方も合格したので
金銭的な家庭の事情もあり
申し訳ない気持ちで一杯になりながら
入学を辞退した。
私はこの感動がきっかけで
将来の目標として
教師の道を目指そうと心に決めた。
えええ~??????
そうなの?
大人の事情だったのに。