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七色のポエジー(書きとめておきたい古今東西の詩句

第440回 元祖女性は太陽であった(平塚らいてう)

私どもは日出ずる国の東(ひんがし)の水晶の山の上に目映(まば)ゆる黄金の大円宮殿を営もうとするものだ。
 
 女性解放運動家、平塚らいてう(本名は明(はる)、1886~1971)の「元祖女性は太陽であった」から。1911(明治44)年に創刊した女性雑誌『青鞜』の創刊の辞として発表された。
 らいてうは世の女性たちに、それぞれの個性と潜在能力を活かし、天職を全うするために全力を尽くすよう訴えた。そして、太陽のように輝かなければならないと。
 らいてうは東京・麹町で3人姉妹の末子として生まれた。父は明治政府の高級官僚だった。日本女子大学校を卒業し、成美女子英語学校に通っていた頃、文学に関心を抱く。作家の森田草平と〝塩原事件〟と呼ばれる心中未遂事件を起こした。
 この事件がスキャンダルとして新聞などに書きたてられたことで、らいてうは女性の自我の解放に目覚めた。そして、青鞜社を立ち上げ、『青鞜』を創刊した。
 


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