美術館に行く人たちは芸術を『理解』しているか。
例えば、ピカソの絵を見たときに、どう思うか。
僕はどう思うも何も、理解できない。
理解できないというのは、「何が良いか意味わからん」みたいな否定的な意味を含むものではない。
その作品が何を表しているのかや、味わい深さみたいなものが理解ができない、という意味だ。
美術館に行くような人は、芸術を理解出来る人だと思うし、僕は理解出来ないので美術館に行かない。
芸術は理解出来なければ意味がない、理解出来なければいけないーーー
そんな風に考えていたが、最近、美術館によく行くという同僚と話す機会があった。
上記の話をしてみた。
同僚からは、
「理解出来る出来ないじゃなくて、好きか好きじゃないか」
と言われた。
なんとまぁ、衝撃的なことか。
シンプルにして、まさにその通り。
その同僚自身も、作品に対して「理解」は出来ていないらしい。
でも、好きな作品、好きな美術館というのがあるらしい。
本当にシンプル。
理屈じゃなくて、琴線に触れるかどうか。
逆に、なぜ今まで「理解しなければいけない」と思っていたのだろう。
自分で、勝手に、芸術に対してのハードルを上げていた。
「好き」と感じるものは「好き」だし、
「好き」だからこそ「理解」しようと思うものだ。
僕は30歳。
この年齢になると、あまり良くないことだが、考え方が変わる瞬間ってそうそう訪れない。
しかし、こんなシンプルな考えが出来なくなるのか、とある種ショックでもある。
芸術家からすれば、また違う意見があるかもしれない。
でも、僕みたいな芸術初心者に、同僚の言葉が突き刺さったのは紛れもない事実。
今度、どこかの美術館に行ってみようかな。