大人げないとは分かっているが

 『自分がしてもらっていないことを、他の人がしてもらう』ことが神経を逆撫でる。
 それは弟に下駄を履かせては「姉弟を平等に育てた」という環境に起因するものだと理解している。
 理由が分かっているから、きっちり境界線を引けば問題ない、と思っていた。
 よそはよそ、うちはうち。
 内側で駄々を捏ねる子供を、そう宥めた。

 三年程前に転職をした。
 異種業。未経験。それにしては、いきなり実務に投げ込まれた。
 引き継ぎには足りなさすぎるメモと、残されていない資料。
 ろくな教育もなく、「実務から学びなよ」と聞いた相手は口々に言った。
 三十を過ぎてからの転職で、後がないと思ったから、かなりの残業をして頑張った。
 嘆いても納期は待ってくれないのだ。

 三年もすれば後輩も増えるが、言葉を選ばないなら「社会人なの?」と言いたくなるレベルであった。
 下手をすれば、大学受験を控えた高校生の方が目鼻が利く。
 上司は「それを育てるのも仕事だよ★」と宣った。
 社会人を会社員として育てるのは、確かに仕事だろう。
 だが、成人済みの赤ん坊を成人にしてやるのは、それは会社ではなく家庭の役割ではなかろうか。
 それに御社の教育方針、投げっぱなしジャーマンじゃなかったんです?とも。

 それでも最初は、苦手なりに頑張った。
 最初から自分で調べるのは手がかりが無さすぎたから、苦しんだ経験から、そうならないように説明した。
 最初のうちは『新人だから仕方がない』、と納得させた。
 けれども彼等は、それを『当たり前』と取った。
 独り立ちできるように少しずつ「自分で調べてごらん」と言えば、「何故教えてくれないのか」と首を傾げた。
 納期があるから、と伝えても「できないから納期伸ばしてもらえません?」という人間もいた。
 「今の子は全部教えてもらわないとだめなんですよ!」と恥ずかしげもなく言う人間もいた。
 上司に伝えても、「できないなら先輩がカバーしてあげなきゃ★」とだけ返ってきた。
 「私はされなかったのに?」と、悪癖が顔を出しかけた。
 飲み込んで、繰り返して、改善しない現状に、馬鹿馬鹿しくなった。

 五人で四百点を出さなければいけない仕事がある。
 そこに三十点しかできない人間がいたら、他の人間の負担が増えるだけ。
 そう伝えても、「いつまでもベテランで回すわけにもいかないから」と諭された。
 理屈は分かる。
 だが、もうちょっと育ってから入れる、という選択肢だってあるだろう。
 当時矢継ぎ早に納期のある仕事が来ていたのもあり、求められていたのは即戦力だった。
 何度も訴えた。
 「でもそれは貴方が独りで抱え込みすぎなんじゃない?」と半笑いで言われた時に、ついに糸が切れた。
 職場で号泣した私に、上司は「意地悪したように取られちゃったかな」と困ったように言った。

 ふざけんなよ、と思った。
 もうどうでもいい、とも思った。

 幸い、職場を変えることが叶った。
 そうなった時に、大分交渉された。
 馬鹿馬鹿しいな、と思った。
 きちんと仕事ができる人が足りない、とも。
 あの新人共を使えるようにするには今のカリキュラムでは駄目だ、とも。
 いっそ外部の研修に任せてはどうか、とも。
 OJTだとか内製化だとか、現場を省みない机上の空論で流されたそれ。
 「貴女は分からないかもしれないけど」で流された訴え。

 嗚呼、じゃあもうどうでもいいです。

 そちらのノリについていける人達だけで好きにしてください。
 ずっとそればかりが頭に浮かんで、仕事にいくのがただただつらい。

 ここにきて、誰かに負担を乗せることを「解決」と呼んでいるのだと見えてきた。
 馬鹿じゃねーの、とそう思った。

 これは怨嗟だ。
 田舎で割を食わされてきた、その経験に現状が重なっている。
 田舎でもそうだった。
 「あなたはできるから」の裏には、「できない私達を理解できないでしょう」が隠れていた。
 「できることを鼻にかけるな」とも云われた。
 「できない子に求めるのは酷だろう」、とも。
 なら、「できない」を免罪符にするお前達はなんだ。
 できない奴の割を食わされる側はどうしたら良い。

 馬鹿馬鹿しくて、空しくて、いつかの悲しみがぶりかえして。
 ただただ、『つらい』が重なる。
 大人げなくてもいい。
 皆私と同じ状況に置かれればいい。
 これは、紛れもない怨嗟だ。
 多分、「できない」ことを許されている後輩達が、私と同じだけ苦しめば、少しだけ薄れる怨嗟。
 「後輩に同じ苦しみは味あわせたくないでしょう?」なんて諭した上司。
 なら、私が味わった地獄はなんだ。

 ……今になって、「あの子達ちょっと、仕事できないよね」という言葉が上司から聞こえてきた。
 過去散々に伝えたそれを、「悪く取りすぎ」「フォローしてあげなきゃ」と言った、その口で。
 馬鹿馬鹿しい。
 結局は女が独り、ヒステリーを起こしていると思われていた。
 馬鹿馬鹿しい。
 もう、どうにだってなればいい。
 手塩にかけて育てた「なにもできない」子達と、沈んでいけば良い。

 嗚呼、成程。しんどいわけだ。
 ここでも田舎の、再演がされていた。
 出来ない側に下駄を履かせて。
 それが当たり前の顔で割を食わせて。
 いつかの逃げ場がなかった田舎と同じ。

 それは、確かに、怨嗟も出る訳だ。

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