逆に全部がもふもふした世界でぬいぐるみの役割を果たすものはあるのか③
『惑星スタニスワフの悲劇』といえば、少なくともアンドロメダ星域に生きる人々にとってはもはや語るまでもなく知られた逸話である。この物語はすでに小説、戯曲、映画、能楽に至るまで様々な表現において再現を試みられてきたし、何よりそれが持つ普遍的なメッセージ性ゆえに星域や種族を超えて広く受け入れられてきた。これは、純粋な好奇心と善良な探究心の結果はそれと同様の健やかさを持ちえるとは限らないという、アイロニックでありながらも実に真理をついた教訓を私たちに与えてくれる。恐怖や憎しみといった我々がとりわけ忌々しく思っている感情の一切が存在しない素晴らしき平和な世界は、たったひとかけらの理不尽の落下により、一転して急激な破滅へと向かった。
それに啓示などなかった。その瞬間、『CめPU』の指先は、遮熱フエルトを通してあらゆる問いに対する答えを得た。稚児の戯れでホーマーの叙事詩に圧殺された小さい蟻のように、彼は惨めにも彼を構成する全てから強引に引き剥がされ、無限に放り出され、真理に被曝した。あの日、あのうららかな春の教室でふと抱いた疑問。夢の外側。自分の知らないうちに進行していたあらゆる時間。宇宙。彼の知覚を知覚たらしめていた、もふもふのすべて。彼は想像を絶する情報の洪水に押し流され、暗黒を転げ回り、ただ激しく叫び続けた。
「あぁ!『CめPU』!戻ってきて!私をひとりにしないで!」
『Uぴm』の声でようやく我にかえったとき、彼は膝をついて大量の涙を流しつづける自分の滑稽な姿を認識した。生物の一個体としての可能性を超えた邂逅に、体と心ができうる限りの反応を示そうと試みた結果だった。183フラウンホーファー光学時間のち、彼は無窮の散逸状態にあった意識をどうにかして再統一することに成功した。もどかしそうに声帯の操作回路を復元すると、彼は誰にともなく、強いていえば遥か夜空の向こうにじっと息を潜めながら自分自身を見つめる真理に向けて叫んだ。
「エウレカ!エウレカ!もふもふの外側は無なんかじゃない!もふもふの外側は!」
運命の夜から地球時間で約2000年が経過した。この星の人々は「もふもふではないこと」を「もふもふしていること」と同じような当然の事実としてようやく受け入れつつあった。あの夜の隕石が『CめPU』に「ガチガチ」という概念を突きつけ、この星におけるあらゆる常識を覆した。その偉大なる発見は文明史上における極めて重要なブレイクスルーに位置づけられ、基幹産業をはじめとするあらゆる技術の最重要項目として日夜研究が進められている。特に偉大なる発見者の名を冠する『もふもふ大学 CめPU研究室』はイノベーションの最先端を走り、「ガチガチ」の複製とその有効利用について特筆すべき功績を残してきた。内燃モーフー技術の応用をベースとする剛性フエルトの発明が研究を一段押し上げ、精製した磁性剛性フエルトと炭化フエルトとの融合がそれに拍車をかけた。そしてついに、『もふもふ大学 CめPU研究室』所属研究員の一人が粉末状の酸化フエルトを加えて高純度のガチガチを精製することに成功した。
好奇心に満ちた大きな目の輝きは肖像画の中でも変わらない。偉大な到達者に見守られた小さな研究室から、この星に2000年ぶりのエウレカが響いた。