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さよなら 女子高生(note版 58枚)

 軒下から失くしていたヘアピンが突び出した。きらりと眩しげな金属の光沢は油取神子の上目遣いのときに露わになる白目のそれに近いもの、するりとその光景がおつゆだく子の目に飛びこんできてセンセーショナルを巻き起こす。目玉と目玉の肉体的接触のような頭のてっぺんの生え際からかかとまでどーんとくる衝撃がだく子の心を骨抜きにして神子のモノになりました。ちょんぱちょんぱが癖なだく子は自他も認める醜さがあると思いこんでいる。肉のつき方が妙で、白いブラウスの夏服に触れない部分に限ってふよふよ肉分が流れてゆく。欲しい部分に限ってやってこない。おかしい。ずんぐりむっくりだ。だく子は風呂場で鏡を直視できずにいる。掴んでみれば肉質の深さが触感にのめりこむ。ちょんぱちょんぱで抜けていかないかと夜毎刃がツウーと通った。
 ―また汗かいているの―神子に掴まれてしまえばおしまい。迸りこびりついている無数の汗滴をひとつひとつ丁寧にその艶やかな唇で拭いとってゆく。だく子の腕を這う彼女の瞳はつねにだく子を捉えていて勿論上目遣いで、切り揃えられたパッツン前髪の間から垣間見える瞳は何処か、いや宇宙の果てへいざなう。区切りバミられ、軒下は奈落、深縁にのたうちまわるは女子の汗滴ならば、時空をねじまげては一対のこちらを凝視する上目遣いへと回帰して、群れろ蒸し風呂しゅうまい私は肉まんとだく子が自嘲課長、蔑むはその肉体ならば深さはモナドまでなしくずしにバラ、バラ、バラ。残るは双方を情念、くねる配るくわばらくわばら雷光どんちゃんぱらりからからからどんちゃらぱと四散して死産して離散しておやすみなさい、さよなら帝国家出少女、ツイッターで知りあった男に拾われて便宜上便意で大腸小腸を抜きとられて代わりに広辞苑。私は歩く辞書。辞める書。第七版。開けばしみ、しみの群れ。とび出せ、生きた網。チュッパチャップスを躰周に突きさしてもうまい棒を挿しこまれても顔面にミルクセイキを被っても全身チョコレートコーティングされてオーブンにぶちこまれても、彼女の瞳はだく子を逃さない。だくだく。切りねえ。きもいきもいきもいきもいきもいくらい流れる。猛暑、サウナ無料開放、地獄の釜が開いて真の赤まみれ空に包まれて吐(と)ける溶(と)ける私は君に熱中症、躰中の水分転化して全て唇に拭われたい。じゅるじゅる。地獄からお起っきっき。このデカブツバルタザル。許さないわ、私の純粋。蹴り上げれば親指目玉を潰して顔面刺さっちゃってどうしようなって家出少女。爪が、爪が、ネイルが、真白く塗った爪が、抜けないひっかかって私の指を離さないねえ、そんなことより自分の足の爪を切ってみてよ、切りとった欠片をつまんでゆっくり鼻に近づけてごらん、どう?とても自分のものとは思えないでしょう? あなたは私にそれを咥えさせたのよ。

 だく子の周囲に彼女に口を利こうとする雄々しい男々はいなかった。肉付きがいいとしてそれを嗅ぎつけた―みんなからはライオンくん―とよばれてる加藤虎李調子くんはだく子の抱きついた際のふかふかの包みこむ心地のよさに関してはたぐいまれな評価をしたが一方で抱きついてものの数分で雄の烏賊臭さに恥らいを吹き出し彼をだく子の汗まみれになってしまったことに対して、彼は以後自分から吹きでる真夏の汗にも卒倒してしまうようになった。彼がさよなライオンした際にだく子は連中から口を揃えて「だいてライオン」
 だとか、あるいは、
「おい、さよなライオンとは言わせない、唄えよ。びぃーず」
 だとかののしられた。
 ぽぽぽぽーん。
 だから神子はだく子にとってはありがとうさぎだったし、うさぎでした。
 神子は彼女たちや連中の雑魚寝する私立どてらどっくす大学附属高等学校ぴかいちの女王で、クレオパトラとサクラクレパスをなぞらえてクレヨンパトクラの称号を持ち合わせ、校内に絶大な影響力と校長の頭髪と陰部がひれふす権力を持ち合わせていた。彼女の主食はモロヘイヤとミルクセイキだったし、筆記用具はサクラクレパス一箱、お気に入りはピンクがついてしまった水色で、婚期を逃してしまったアラサ―ペットの英語教師の飯々々田端先生を玩具にしてマウントするのが日課の美大志望。美術部と結婚するも現代アート色の強い前衛演劇部と姦通、サイケデリックな音色を校内に響かせて時間軸をぐちゃぐちゃにする軽音部が現在の愛人。生徒会を性徒会にして生徒指導のスパルタカス教室と衝突した翌日には中庭の銅像に抱きすくめられる形でその男が杭をホッチキスみたいに埋めこまれて発見された。開かずの扉の中で放課後を過ごし、空が経血色になったらひとり透明になった友人とチヨコレイトをしながら帰る、そんな子。

 ―私たち女子高生という存在はしばしば付加価値をもちあわせた朝生暮死という目でみられます。未熟でありながらも心身の発育の途上であり、水々しい。純情さが時として世間をあらぬ方へとねじまげます。世間が私たち女子高生という現象を虚像にみたて、あるいは曲解し独自の女子高生像をつくりあげ、個人はあたかもそれが現代における女子高生と認識してしまう。世間の持ち合わせるぜい弱で貧相なステレオタイプをぬりたくった色メガネでは到底女子高生という存在を掴みきれないのは、大方予想のつくものでせう。スケバンから始まり、ギャル、ルーズソックスと度重なる時代のうねりの中に進化を遂げてきた女子高生でありましたが、閉塞と独裁再来の予感を臭わせるイヤな現代において、世間の構成する像はどのように構築されているのでせうか。六十年安保などの学生運動の時代に対し、九〇年代以降のポップカルチャーにまみれた最中でポケベルを駆使して色眼鏡に犯されたロリコンどもに憂いと潤いを与えることで欲しいもの買うためだとか旅行に行くためだとかの小銭稼ぎのためにいわゆる援助交際におよぶという、ある種恋愛さえもサブカルチャーのごとく淡々とこなすようになりました。村上龍が記し、庵野秀明によって映画化された「ラブ&ポップ」は非常に参考になる資料であろう。現代ではSNSの台頭により、マッチングアプリなどのいわゆる出会い系アプリへと変遷しているが、実在しているのかは定かではない都市伝説である。インスタグラム、ストーリー、Tik‐Tokなどの投稿系SNSでの自己顕示にいそしむ傾向が強いとされる。おもに「カワイイ」「やばい」「エモい」から、いわゆる「インスタ映え」(なにが生えるのか私にはわかりませんが)をテーマに、アマチュア以下の腕前でいちいち飲食店で注文して届いた料理を撮影する騒ぐネットに上げるなどの変行におよんでいるといわれる。女子高生におけるSNSなどのインターネットという土地は自己を表現する土地であり、リテラシーに関しては希薄で特定の危険があるにも関わらず自分を撮影し(俗に云う自撮りと呼ばれる鴨肉の食感に似た近年路上でも見られるオカズ用の鶏)あるいは前述にもある、「Tik‐Tok」という阿呆丸出しで「ウチら人生楽しんでますよお可愛いいでそ? でそ?」とぶりぶりぶりぶりりりぶりりりりりりりりりりりりりりりとぶりっ子を撮影し、わざわざネットに黒歴史を掲げて自らを晒しあげる行為におよんでいる。何故かそれがネット民に拾われ玩具のように扱われてしまったり、一生転載されて伝説になったり、あるいはYouTubeなどの広告にまで吊るされ、只クラシックを視聴しようとしていた善良な市民に不快感、苛立ちを植えつけるといった被害まで起こす。結果的に本校の女子高生、八歯宅隅花ちゃんが被害に遭われた先月の地下鉄バミられ事件というのは社会のふしぶしにあるネットワークの入口からしみでた憤りが、彼女の人生を狂わせることになってしまったのです。彼女は今も地下鉄環状線左回りを回りつづけています。もう二度とF7系7409の2号車中央扉の前から動くことはできません。彼女は今生、地下鉄で市内をぐるぐると回りつづけて生き、そこで死ぬのです。いいですか女子高生の皆さん。気づいてください。私たちは社会にとって天使でありながらも悪魔にでもなりうるのです。八歯宅ちゃんの失敗を私たちはくりかえさないよう、精進して天使な女子高生をまっとうに三年間やりきろうじゃありませんか―……
 JKであることをだく子はよく忘れ、神子の三日に一度行われるこの演説口調の会話によってJKである自己を見つけるのだ。
 私たちはしばしば歌う。鳥のように、鴉のように、鳩のように、蝿のように、猫のように。郊外の空き地に転ってる、残念な前時代の遺産と化した、あはははなカラオケボックスの中で。

 おはよう、せかい
 染みみたいな季節
 きみの子は見たくないです
 このほうがいいそれがいい
 かすたあどくりいむ
 わたしわたし
 わたしたいやき
 きみのほっぺうちつける
 のたうちまわるきみのほっぺ
 とこにつくは
 世界いちの君のほっぺ
 おやすみなさい帝国

 ドリンク飲み放題って云うから来てみたら自販機が割腹したままじゅるじゅるしてて、べとべとになりながら健気にマイクを握って咥えていた。

 ―どうせもうちょっとしたら社会に蹴飛ばされて、あひんあひんで生産するだけのマシーンになるんだから、ウチら滑稽よねばやし幸太郎。と乃木まれ華はリモコンを抱いてうなだれて、神子は―私たちは女子高生になるために生きてきた。生まれてきた―と返して出番のパンクロックでデズボを始める。そう―きっとそう。だく子の声は死の音にかきけされちゃいました。―私たちはいずれ納まるべきところへ納まれ、消費されて、生産される。女子高生は執行猶予。ああ、阿呆らしい。命短いね女子高生。―蟬よ私たちは。3年なんて人生つう四季ひとめぐりのところのうちで、せいぜい暑中の一週間に過ぎないわ。私たちが高校を卒業したとき、私たちの女子高生は死ぬわ―私たちはそれまで命限りある中で響かせつづけなきゃならない―死を意識してごらん。簡単なことよ。電車に乗るときとか、ほらまれは乗り換えあるから沢山よね。うんそうよウチなんて片道で三回もホームで待ちぼうけし谷潤平―なら話は早いわ。だく子どうだったかしら。あ、自転車だったかしら―そう、だく子は自転車だった。市内のはじからはじまで毎日てけてけこいで通っていた。けったマシーン3号はだく子ままからのおさがりんちょのぱらぱっぱあで、虹色に光る蛍光灯に5kgまで耐えられる籠、ゆるいゴールデンアーチをあしらったような変形ハンドルに雀の鳴声のような波了の溜声のような鈴、赤さびのほとばしった骨組はビニールヒモでまとめあげられてチェーンは今にもひきちぎれんばかりで、ギアはしょっちゅうガンガンのたうちまわるし、サドルからはバネが露出して、だいたいホイールがだえん形だった。―死を意識するの。女子高生の死を―それって卒業を? ―そうでもある、でも物理的にも―物理? ウチ苦手なんしゅう白浜海道良男―まれならホームで列車を待っている間に、天敵に背を押されることを考えるとか、だく子なら天敵に車でひかれるとか、そうゆうのよ―えー!! やだ!?ウチの天敵に殺されるの? いややわ。じっちゃんぐっちゃん家―可能性を夢想するのよ。実際にはないわきっと……断定はできないけど―だく子にはそういう、つまりはかもしれない運転はつねに行っていた。そばをかすめていった乗用車に、ひかれていたらとか、ハンドルをこつんとぶつけられていたら、黒塗りの高級車かハイエースに目をつけられていたらとか。まれ華は平和な生に何不自由なく過ごしているんだわ―だく子は憂いていた。てっきり電車通学だって喜んでいた矢先に、けったマシーン3号おひろめだなんておさき真暗だった。
 ……この数ヶ月後、乃木まれ華はおよそ真逆の心理で見知らぬ土地にそびえたつ一本の塔、一室の布団の中でのたうちまわるのは、ごく単純なセンテンスで、ようするに彼女はセンチメンタルをちょんぱして私たちと違う可能性に逃げてしまった。―死を意識するの。私はつね日頃から恨みを辱めては他人に植えつけているわ。つねにだれかから何かしら、たとえばうしろから尖ったものでひと突きされたっておかしくないのよ―神子の言葉がだく子の夢の中で思い出された。ゆばさま。お許しくださいと目前で今にも息をひきとろうとしている夢の中での出来事に、神子は介入してきた。―私はいつどこどのようにだれにでも存在するわ。
 ―私は永遠の女子高生。超女子高生。彼女はだく子やまれ華の前に前触れもなく現れてエルボーで腹にチップを埋めこむ私のちっぷよつねにそれがあなたたちの中に私がいるってことだから自然とあなたたちも私と同様に超女子高生よ何か困ったら私を呼びなさい気がつけばすぐそばにごく当然だったみたいにいるわ力になるわ何かしら光明をあなたたちにさずけるわいいわねあなたたちと私は超女子高生であるからズッ友なのよと云い訳をするおかしな話だと思わないまれそうかしらとてもありふれたものよ男子が女子高生のスカートが好きみたいにまためくられてたねまれほんとやんなっちゃうわじゃら山とりをは殺してやりたいわ―
 じゃら山とりをは彼女たちのクラスメイトで野球部でモテモテなのをいいことにやりチンで、スカートめくりなんて朝飯前としか思ってなくて、多分女の子と話すのと変わらないものと勘違いしておる。彼の象さんの毒牙に人生を潰された罪なき女子高生ちゃんは数知れず、この頃の標的がまれ華になってしまってたらしい。不思議な話、じゃら山とりをに犯される娘たちは揃ってじゃら山とりをのことを―悪くいわないで、彼はすんごい優しい人なのよ―優しい人とかじゃないよ、聖人よあんなん―とりをとりをとりをとりを―正気じゃないわ本当、きっと脳内の中枢神経まで種まかれてるのよあの娘たち。いやよ私。ぜったいあいつのえじきになんてなんない―
 その数ヶ月後に彼の腕の中でおとなしく眠っていたのは誰でしたっけ。だく子は不登校になった。加藤虎李調子くんの件で、どの烏賊星人もあの女は抱いてくれる、なんてデマ助知れ渡ってしまって、とてもじゃねえけど童貞の猿どもと同じ空気が吸えなくなった。吐いた。神子にひっぱりだされて一ヶ月ぶりに登校したホームルームで朝のトーストとヨーグルトと頭痛の鎮静薬を吐いた。黄色に濁ってそしゃくしてくちゃくちゃの食パンが不透明に汚れた牛乳色の液物に浸っていて固いリノリウムにみずたまりをつくっていた。臭気が鼻を咲いた裂いた。頭にチューリップの華。
 その数時間後に転りこんだカラオケ・ボックスで神子は私に、私とまれ華にひとつの啓示を掲げたのだ―死を意識してごらん。

 ―だく子、また汗ひどいわよ。吹きでる汗でまるで浴槽に沈んでしまってるようで、扇風機の生ぬるい風を浴びる度にそうではないことに気づかされる。不登校になって最初の夏休み、だく子の家には神子が居て、ひたすら彼女は汗滴を啜っていた。うなされる暑さで躰は重苦しく自己の意識もうつつと夢をプカプカ滞って、はてさて、いかがと云わんばかりの小舟、さりとて泡沫。くりかえす微熱のけいれんが下腹部を伝えば、日陰で真青な肌が浮きでていて、彼女のか細い腕はだく子の生足の間に這入りこんでいた。神子は何度も何度も―まれ華がいなくなった―とくりかえして、だく子をまさぐった。くすぐったさと身を焼く身体の中央から迸る光線に朧ろになるだく子に―ねえきもちがいい?と神子は窺う。その上目遣いは執拗に女を訴えて、さてはこれは真かに思えて、かと思えば扇風機で青白い肌がうつつを揺らす。恥丘をなでる女の指づかひがくすぐったくねとりねとりと群がる乱れた陰に交じる毛がよだれてムラムラする。身をねじれば神子がおおいかぶさり制してだく子の肉質な唇を奪う。罪深さがだく子の内面を滞ってゆく。蟬の音がいくえに重なり空気をかき乱してゆく。また波にもまれて高熱を吹いて汗がたらり、すれば生ぬるい微風がぞわり、ぞわり、ぬきんでた女の微笑がだく子の内面と反射した。くねる女の生足が女のか細い腕をはさみこんだところで乱舞する真昼の光が点滅した。

 蛇の歌を唄いながら二人は夕暮れの列車の隅の席で互いの躰を支え合いながら揺らいだ。―汗、止まらないわだく子ちゃん―神子の顔面の接近が久しく恐ろしく思えないだく子の心境はおよそ己の名がひどく汚れた穢れたものであるという醜いコンプレックスを忘れてしまっていたことであり、ふと女の瞳の奥に見えた己の光のない虚んだ黒目が不気味に映えているのが、身の毛のよだつ色で、嫌悪を覚えた。―神子ちゃん。もう私戻れないかもしれない―コンプライアンスが許さなかった。私が許せなかった、とのちのだく子は述べている。のならば、およそ、若気のいたり、逃避の果てが如何ん。思ひ出すことなど辛いならば、自転車に乗り合わす度。学校が恐い。ムリ。また戻しちゃう―ちれぢれの都。胸をかき乱す赤い空を思ひ出すことなど。くりかえす日常が躰を陰に焦がし続ける。もう一日もう一日と無駄に女子高生を消費してゆく。一日、また一日と私たちの女子高生が死へ続いてゆく。ほらそばまでもう直よと手を振って手招いている陰が、恥丘で待っている。おはようせかいしみみたいなきせつきみのこみたくないですこのほうがいいそれがいいかすたあどくりいむわたしわたしわたしたいやききみのほっぺをうちつけるのたうちまわるきみのほっぺとこにつくはせかいいちのきみのほっぺおやすみなさいていこく。蛇の歌が私たちに眠りを教えてくれる。
 ―前触れもなく、まれ華は居なくなったわ。ねえだく子、何か知らない?まれ華から何か聞いてない? LINEとかきてない?
 ―きてないし何もきいてない。
 ―まれ華からだよ。
 ―何も知らない。居なくなったなんて今初めて知ったよ。
 ―冗談でしょ。
 ―だって家にひきこもってたし。
 ―あなたにはわからないの?
 ―わからないよ、私は神子ちゃんみたいに全能じゃないもん!
 ―……そんなこと云われたって……
 ―なんかあったの? まれ華と。
 ―ないわ。わからないわ。なんなのほんと。わけわかんない。
 神子にはなんでもわかっているつもりだった。まれ華が何に悩んでいるかなんて知っているつもりでいた。彼女の中にうごめく彼女のものではない何かを、神子は知らなかった。
 ―私たちの日々は、蛇の歌でした。おはようする度に、名無しの誰かの子、私の中からでてきた無垢な心なんて見たくないとねたましさに埋もれて生きるのです。何もせず渡される命を何不自由なく喰らひ糧にして一日というとんでも永くて退屈なひとときを朧ろにしながら過ごすのです。夜を待ってる。そんな日々を消費する。刻一刻と女子高生の死が……―まれ華は捧げたのでしょう。女子高生という命を。
 ―冬の地に思い出したようなふしだらに垂れる白い息がこぼれて照れた赤い頬に、私はまれ華の元へ赴きました。
 ―もしもしだっちゃん? ウチ、ウチよ。まれ華よ。寝ちゃってる? 元気?
 奇妙な十秒にも満たない留守電が深夜の奥に、だく子のスマホに挿入されていて、あまりにも深縁の深いところだったから、だく子は捉えそこねた。
―気づいたのは翌朝だったの。だってそうよ。深夜にすかさず電話とれるほど、簡単じゃないよ―
……クレヨンパトクラはうなだれた。「で、どうなの? 朝起きてかけ直したの?」
 休み時間の屋上はすみやかに通り過ぎる風がわざわざだく子を捉えてさらってゆこうとする。そう、台風が来ている―異例の逆走台風、あだし、アナアギズドあづいどごろずぎなの。がんどうぢぼうじょうなめで、どうがいぢぼうじでぐよ。あだじ、山口ぐん、ざいごにどっでおぐの。あべしゅそうの故郷、なぎだおずの―……世間知らずな台風だ。ルートもわかっちゃいない。親の顔が見てみたかった……―風がしめっててきもちわるいな。暴風警報、でるのかな、でてくれないと大雨強風のなか自転車こいでいかないといけないじゃんね。ブラウスすけちゃうよ。いいよな男子は。自転車置き場で着替えができるもんあーあ―このころになるとだく子も吐くこともあまりなくなったが、よく汗を滝のように迸らせては貧血で倒れるようになった。正直なところ屋上なんて居たら風にあおられて飛んでいきかねない。よく悪のりで神子ちゃんは左足を校長の首2つ分ほど浮かし、スカートをたなびかせて中身を一年生の教室にさらして右足を蹴り上げておくことで空へふわりと浮いて校舎の周囲を一、二週廻ってみせるのだが、下に居る善良な童貞一年生どもがわざわざ双眼鏡を持ちよっては鼻血を噴火させて教室を真赤に染めていたが。
 ―いやだく子ちゃん、あのね。まれ華がどこに居るのかくらい、気にならないの?
 ―え、だって無事だってわかっただけ、いいじゃん。
 ―え、そんな薄情だとは思わなかった。まだ無事かどうかなんて判断しかねるでしょそんな留守電じゃ。ほんとにそれだけの内容だったの、ねえ―
 だく子の胸ぐらがぐっと上へ引きあげられ制服のブラウスの釦が悲鳴を上げ、どっさり汗が吹き出した。
 ―ちょっと私に聞かせてごらん―え、ちょっと神子ちゃんどこ触ってんの―スマホ貸してよほら―そんなとこに、ひゃ、ないよ、じゃあこちらかしらなんてそっちにもないから―出しなさいよスマホ―ここ学校だから先生にバレたら取られて猛反省文じゃん―私を誰だと思ってんの、安心してこちらに寄越しな、ほらどこに入れてんのスカートのポッケかい?―神子ちゃん、それスカートのポケットじゃなくってスカートの中身!……
 とここで進路指導主任の北村教員が煙草をこっそり吸いに来たため、この痴話情緒の一部を垣間見られた―おい何やっとるだ女子ふたりで。イチャついとってどうするだ!―彼が怒鳴ったそのとき、ヤニは一本落ちてしまった。気づかない神子は神子ではない。すかさずだく子の唇に舌を挿入して電源を切ったあと、背に迫るは北村に、先生こそどの口でこちらへやってきたんですかその右手に握られとる紙で巻かれた束はなんですの左手のジッポはなんですの火災でも起こすつもりですか純情な女子高生二人を屋上で焼き殺すんですかなんの見せしめですか全国の女子高生が黙ってないですよ皆があなたを殺しに来ますよいいですかあなたがどういうつもりでそれを吸うかは私しりませんがここは教育の場で進路指導のぶんざいでこっそりヤニ吸おうだなんてしたらなんの進路を指導できますかせいぜいその咥えた紙束の先端の向き程度だろそんなんで他人の腹でせっせとつくられた純情な未来の種子の方向転換をサポートできますかせいぜいそのストローみたいな仮性包茎をズ太い神経めぐらしてからっ風にも暴風にも負けない先生になって下さいよ―と矢つぎ早に先生にまくしたてて退散させた。しょげるように北村は背を丸めてしぼむように下の階へ消えていった。
 ―前草、くさむしり峠を最終(ラスト)決戰(スタンド)とするなれどなればエペペレ、くねる岸壁もなめるように徐行しては路面電車、君が私の安全地帯として立入り禁止区画でエペペペペ…………潮! 潮! 潮! 肉が裂けては紅蓮の胸が一対、つんざく鋭さをもった先端が撫で合う真昼の横断歩道。あまりにも永く泳いで遭いでしこしこふりしごいてたのでギアを見失いました。にゃはりととんちきな曲解いな無理解、ありがとうナスパイダージマハルンタくん、きゃはりと塩まぶせばまぶしい尖光スクランブル交差点で一時停止、エンストエンスト決行、あーあーやっちゃいましたのね―どんウォーリィ。ウィリィー。リリィー。
 
 大丈夫よまれ華は生きてるわ。無事ではないだろうけど。さあ探しに行きませう。
 福音の鐘とともにだく子にクレヨンパトクラの真白な素腕が伸びた―……

 (踏切の音)

 ―私、実は名駅恐怖症なの。
 翌朝金時計前的塗壁用式―……ヅジャンン! ガツン! ……翌日、だく子は神子を金時計広場で待ちわびる、いな、その十時間前……

 (踏切の音)

 最終列車が終着駅向けてずるずると過ぎてゆく窓の光の中に、ひとつの虚を見出した神子は、思わず失禁(もら)した。そして乱反射してゆく踏切のサイレンと点滅する対向車のライトの屈折の中で、啓示を授かった。大地は歪曲して輪をつくり、神子のまわりをぐるぐる線路がとぐろを巻いた。蛇の歌がきこえる。
 ―北へ行きなさい―……

 (踏切の音)

 股下二センチばかり垂れた体液を指の腹ですくいあげ、宙に描いてゆく。
 名古屋駅は迷路(ラビリンス)なんて世間じゃ云う―もちろん、ウチだってわかんないところ、あるよ。せいぜいジャンカラまでの通路と駅地下とかパルコとかとかとか―だいぶ大昔にまれ華は神子の質問にこう返していた。秋の放課後だった。名駅は神子が唯一、苦手とする場所であった。とても人間がつくりあげた迷路とはいえない、何か人間でないものによって編まれたとしか思えない、と云う。神子はめずらしくとりみだしていた。
 ―まず名鉄名古屋駅の洗礼よね。何あれ。ベルトコンベアですか? ホーム近って思ったら右から吐き出して左から積めこまれるってどこのトコロテン。まだ許すよ。そしたら改札よ。エスカレーター抜けたらはいなんじゃこりゃ、あっちこっちに改札ならんでてもう方向を見失う。乗り越し代払うのにも探すのに一苦労。いざ外へ出てみればビルの地下。
 JRだって近鉄だって新幹線だって、別の建物のくせにどこかでかしこくかたくなにつながってる―
 だから、神子とだく子が今、ワイドビューひだの自由席三両目のドア前左側二席に坐っていもけんぴを咥えていることなんて奇跡なのかもしれない。

 (踏切の音)

 ―人は突然、死ぬわ―

 (踏切の音)

 肩で息をしながら金時計の元へゆっくりにじりよる蒼白顔の神子は、死神に犯された死相であった。だく子は彼女の肩を治め、スムーズなステップと手なれた腕の回し方で抱きよせた。落ちつかせた。落ちをつかせた? え? オチ? オチをつけないといけないのかい? まいったなおい!
 ―まだいいでせう?!
 神子さんに頬をひっぱたかれてしまいました。続けます。話を戻します。そうね。うん。そうだね。うんとね、うん。オチではなくこれは唖。

 ワイドビューひだで富山に行くわよ、明朝名古屋駅集合。尚この「明朝」とは「明朝体」のことではなく「明日の朝」という意味であるからあしからず。
                     明朝体娘の神子より

 といった文面のメールをだく子は眠れなくなった深夜一時にキャッチした。もう彼女には決意というものが居住わっていて、彼女をいきりたてさせていた。
 わいとびゅーひだは大変おちゃめな輩で、近年の北陸新幹線の開通の所為で富山駅に行く名駅からのアプローチ―大動脈であった―の特急しらさぎちゃんが、新幹線くんに富山駅を姦通されて略奪婚されてしまった腹いせに富山駅まで行かなくなってしまったがために注目されはるようになった路線だが、なんせ山路、一本軌線である場合が多く、しばしば駅で対向車両を待ちわびるというじらしプレイが堪能できるぜ。素敵やろ。ステーキやろ。厚切りだろ。わいじゃぱにーずぴーぽー!
 ―私、ちょっと略奪って文字がゲシュタルト崩壊してきたからトイレ行ってくる―とまあ、名古屋駅を出て早数分でトイレに入ること3回、落ちついたと思ったらだく子のぷにぷにしていた腕まわりや太ももがすらりと鋭い色をしていた。
 尾張一宮岐阜鵜沼美濃太田白川口飛騨金山下呂飛騨萩原飛騨小坂久々野飛騨一ノ宮高山飛騨古川坂上杉原猪谷越中八尾速星ときて、富山に辿り着くわけだが、途中、五回も現れる飛騨家兄弟にへどもどし、速星という地名に目を輝かせた。
 飛騨金山。長男。金山駅の婿養子。
 飛騨萩原。次男。すんごい噛みやすい。
 飛騨小坂。長女。
 飛騨一ノ宮。三男。尻でとるぜ宮て。
 飛騨古川。四男。えらいフケとる。
 坂上に向かうころにはこの飛騨家五人兄弟が神子やだく子に詰めより、ほら銭出せよこのペンチドライバーがと上げたり、オラおれのドライバーをフェデリコ・フェリーニしてスペルミスしろよほらとむりやり咥えさせられたり、おらおら、あたいとやりあいなさいよと露骨に貝合わせを興じたり、おらおら年金だせよ老人のために働けよ年上うやまえよと末子に尻を叩かれたりで最悪だった。

 (踏み切りの音)

 みとりのおくりがながはいったことにお気づきだろうか諸君。我々の前に「み」と「り」が現れたとなると、さあ大変だ。
 みりんとうすきみどりと、飛騨金山の銭自慢はもううんざりだ。み神り子みにはりこみんりみなり男みなりんみてり絶み対りひみっりかみかりりみたりくみならいみとり思みえりた。
 朔太郎―、朔太郎―、みいりなみ肉り。

 (踏切の音)

 富山駅に着くころには、神子もだく子も抜け殻のようで、ってあれ?よおおおおおおおくみてみたらごめん、それ抜け殻だったのね、おう、ん、ごめんごめん。あまりにも綺麗に剥けたらしいねゴルゴンゾーラ。え? それはフェデリコ・フェリーニでとびちったスペルだらけのモビルスーツを脱いだだけだこっちにカメラを映すな? え? いいのかい? 折角のサービスショットになるのに。
 富山市内には路面電車があっちこっちに伸びているので、それに乗車して、まずは富山大学に潜りこんだ。
 ―ここに私の先輩が居るわ。
 神子はだく子の手を引いて門へ向かった、守衛室は空だ。平気で部外者の身で入れた。ふとだく子は神子に大学は何処を目指しているのか尋ねたくなった。彼女の能力値と面の広大さ加減であれば何処へでも行ってしまえそうだったが。

―なんでそんなことを尋ねるのだく子ちゃん、と想像を超える辛辣さに冷やされた。私はそんな女子高生の具体性をもって死を抱く主義思想は好かないわ。私たちのような純潔女子高生が至るところに、日本にはびこる大学という大人になりたくない心が息子の息子である内の青臭いネギ青年の収容所に入学するなんて、エサになりに行くもんよ。

 ガレキになる頃、心が粉々になる心地の良い女の金切り声が耳もとでそっとキスするように響いて、忘れないよん。
 ―知らないな。―クリスマス以来だね。―どうだい肩の調子は。―そうかい。―え? いやもう別れたさ。結構早かったよ。―うるせえ、オレの勝手さ。―とりあえずオレの下宿先使えよ、押入れで寝るから。―大丈夫だって、なんもしねえって。
 神子の先輩と思われる人物に大学校内の公衆電話で連絡している神子の姿はだく子には異味ありげに見えた。アリゲータ。潮の満ち引きのように気がつけば六畳の狭い部屋に通された。味つけの悪いソース顔の微笑が生理的嫌悪を抱いただく子は部屋に敷き詰められるポロライドのピンク写真に卒倒しかけ、烏賊の刺激臭で鼻がもげて床に転がった。あわてて拾ったけどそれは乾いて固まったティッシュの固まりで何やら排せつの名残が触覚を襲った。―ここに二人して眠りなよ。布団貸してあげるよ。ごはんなにがいい? パスタくらいならつくれるよ。カルボナーラ好きかい? それともミートスパゲッティ? でも名古屋ならあんかけなのかな。壁の……そのイラストは気にしないでくれよ、後輩が勝手に張りつけてくんだ、あいつら酷えのが壁紙を侵食する系のガムテープでさ、剥がそうとすると壁紙もぼっこり取り出されちまうんだ、エゲツねえだろ、オレってばぜんぜん女っ気がないから、気を遣ってんだよなあいつら。そんな訳じゃねえだけどさ―……
 神子の先輩は次々と息つぎなしでマシンガントークをかましてパスタの紙テープをほどいて沸騰してる底の見えない鍋の湯の中へ散らばらせながらその隣で淡るにんにくのうす切りをオリーブオイルとコーン油で炒めていた。だく子は神子に、この先輩は女の下着からはみでる宇宙が好きなんだってと教えられて首を傾げた。―宇宙ならどこでもつながっていられる―……眠る前、神子は台所の包丁をこっそりくすね、押入れに潜ろうとする先輩の元へ行き―なんだよガミ、物騒だよやめなよ―先輩の寝巻を剥いだ。先輩の寝巻を裂いた。先輩の寝巻の袖に刃を押し当てて切り開いた。先輩の開かれた胸を左手の中指の腹で撫でてゆく滴の心地。先輩の貧弱そうな躰は林の奥に埋もれる朽ちてへし折れた枝もどきで神子の女子高生ボディは岩戸隠れをやめにしてやっと顕れた天照のように輝かしく映えていた。包丁に確かに右手で、すうーっと先輩の前に開かれ、裂けた下着からぼろりと落ちたポルチーニをターゲットにしている。喉の詰まるエクスペリメント、こうして抜きとる気色の悪さを乗りこえればきっと安泰な睡眠がとれるのかしらんたって、富山に行く道中にしても疲労がピークで、もし仮にこの神子の先輩が突発性のある発情でだく子や神子のヴァージニア・ウルフをごちそうさまおやすみ帝国されちまったら一生の傷が心に残り、ごてごての女子高生という称号に汚れをつけることになる。先輩のポルチーニは猿の顔だった。赤茶けて力なく重力に自由を奪われたポルチーニは神子のゆだつような視線に怖けづいたか死んでしまったミミズの眠りのようにピクリともしない。ふやけた包皮をつまむと半透明の液物が糸を引いて伝ってついてきた。ひきのばすとポルチーニは5センチばかりにのぼった。包丁は断頭台のようにポルチーニの上に構えられている。先輩は無表情だった。宇宙(そら)を見ていた。生黒い血がだらだらだらだらだらだらだらだらだらだらだらだらだらだらだらだら。床にへばるコンドームみたいに力なくその肉が落ちている。
 ―先輩、ごめんなさい。先輩への信頼よりも自衛を優先させてもらいました。あなたごときの人間に、ひと晩で二人の女子高生と渡りあえるほどの力量があるとは思えませんし、私たちは休憩を欲しているのです。それなのにここで先輩のポルチーニを抑えるために私たちが害されるのは何か違います―……

 (踏切の音)(踏切の音)(踏切の音)

 どうしたらわかりあえるのでせう。
 わかりあえるという幻想。

 ( 川走(せんそう)の足音)

 日本海の波は荒かった。富山湾から能登半島は見えるかしら。神子は買い忘れた文芸誌を買いに駅前の大きな書店に行ってしまってだく子は路面電車に揺られていると商店街に迷いこんだ。
 ふりしぼる君を呼ぶ声は何処まで響いたのかしら―……
 残響の胸中の中で私はぐっすり眠りたいの。お願いだから。

 (踏切の音)

 ……―愛ってなんなの。
 まれ華から届いた音声メッセージをまたも、だく子は捉え損ねてしまっていた。

 (川走の音)

 ぎゅううううううううんんん……―……どぎゃああああんんんん。ずぎゃああああんんんんんん。どがああああああんんんんんん。


 だいたい色のない私たちに、汚れとか包丁だとか、先輩のポルチーニのポルシェ煮だとか、中割れしたヘンリー・ミラーの南回帰線だとか、私たちの大事にする、大事にしているものと、まれ華ってさ、つり合うの。友情とかいうプロフ帳で成立していた大昔と、私たちって単純じゃなくなっちゃった。だからまれ華ちゃんの誕生日だって好きな食べもの嫌いな食べもの、好きなジャニーズ、胸に秘めることだって知らなかった。まれ華が右利きだったか左利きだったかさえ定かでない。不思議な話。あーちゃぱあ。
 だから私たちは夢精する羊の夢をみるの。
 朝日がしみる。朝日が、しみ、る。みるく。だいたいまれ華ってくちゃらあだったじゃんね。んでもって自分がカーストの中で少なくともマシな立ち位置にいるって思いこんでいるお花畑から出荷されてきたメス豚じゃん。なんで私たちは貴重なJKな一生の一回をメス豚の尻ぬぐいのために使ってわざわざ北陸の地でのたうちまわる羅切した修羅の男を足元に転がせてうなだれているの意味がわからないよどうせこんなんだったらおうちの中で伸びきってくすぶって気が向いたら異性の憎しみをぬぐおうと必死に自分にいわゆる世間なみの嗜好をもちえて己の私欲の数々をむさぼるかして暇な灰色の日々をなめまわせばよかったなんて考えるのたかがまれ華ごときでうちってさなんて云うてさいやおま関西出身なら許すけど横浜から引越してきたんでせうなにうちてうちててうち帰りたいんやろなにしとんねん自分おうちがまれ華さんはハウスですかさっさと眠れよまれ華ハウス! って犬に呼びかけるみたいじゃないか犬かお前は犬なんだなお前はさうかさうかよしよしおてだほらその小汚い右手を差し伸ばしてさっさとこちらに示しあわせてみろよウチはここにありんすぶじでありんすって伝えてみろよなんだよリンスて黙ってリンス飲めよ熱中症なるゾ。
 ―なんて、こと……して……くれる……んだ、神、が、がが……神子ちゃ……んんオレはまだそいつでまともにまともなまともで……純情で……実に人間というものにおいて神聖なことができずに……ぐぷあっ……できずに……、いるんだゾ……なんてこった……根元までないじゃ……ないか! なんてことしてくれた!殺してやる、お前も同じ目に遭えよ神子、お互いさまだよ、先輩をいじめるもんじゃない、こんなの……不憫だ。ほらおいで君の宇宙を剥いで食いちぎってあげるよ。ほらその宇宙を……差し出せ―……―宇宙を差し出せ、腰を突き出せ! オレの顔の上でもだえて踊れよ……宇宙、あゝゝ、なんてこった、とまらねえよ……どうしてくれるんだよ神子、いたいよ神子、どうしたらいいんだ、溶けそうだ、あゝゝ、あっ………
 先輩はなにを見ていたのでせう。それはだく子の肉質豊かな真白い腕です。

 (踏切の音)

 ―もしもし。
 ―私よ、まれ華よ。
 ―うそ。まれ華ならウチよ、でせう。
 ―ふふ。
 ―誰なの、あなた。

 (うわついた鼻の鳴る音の響き)

 ―……えへ。
 ―誰なの、ねえ、誰なの。
 ―誰だっていいじゃない……―誰だってよかった。

 (線路のきしむ音)

 先輩はだく子の腕をひき雪崩れただく子の胴に血まみれの己の下半身を被せ、顔面を下腹部へうづめはじめた。雄牛の如く暴れまわる一対の脚は先輩の脂まみれの髪に滑って捉えることができない。先輩の小細工の指が蜘蛛のように伸びては薄いパンティ生地を透かしてゆく。だく子は叫んだ。詰まった喉にうごめく咽喉がつぶされても鳴きつづける蛙のように響く。神子は動けない。ぽとりと落ちる先輩のポルチーニがふてぶてしいミミズにしか見えない。蛇の歌だ。私たちはあのミミズの引力に逆らえない。今その均衡をぶちこわした。スペルミス。字余り。わた。わたしわた。しわ、たしわ。たしわわたたたたし。
 ………―神子ちゃん!
 うずまいてゆく声音が踏切の音に噛み砕かれてゆく。あっけなく。
 二つ目の啓示が遅れて響く。ポルチーニが口を開いた。視界がひらけた。
 ―……ハズメ、ハジメ、ハズメラレ、アト、アメ、ノメ、マメ、マメ―……
 神子は左手の人差し指だけ伸ばしてだく子のだく子に顔面を埋めこむその額に指の腹を押し当て天井に向けてはじいた。先輩の肉体は跳ねあがり天井にのめりこんだ。だく子のだく子は無事であった。そこには宇宙があった。

 私は赦せる。全然赦せる。赦せるとかじゃない。まれ華のチョイスでワンダーで、シフトチェンジがおきただけ。どうなの。よくわかんない? ダメねまれ華。いや泣かないでいいよ。必要に執拗に迫られたんでせう。相手を大事に思って受け入れたんでせう。恐かったでせう。どうかしてるけど、これが現実なの。ちゃんちゃらおかし。お菓子。犯し。へどがでるへどがでるへどがでる。男に抱かれてどうだったとか聞きたくないくだらないどうせあれはその場しのぎの男のする逃げよ只の一過性のもの。彼らは一生ひきづってる着火剤をときどき暴れさせたいだけ。よく受けいれたねって思ってるって? とんでもないわ。まれ華が一体どんなつもりでどんな気持ちわるさでどのくらいの積量でそれを受け入れたなんて知ったこっちゃないけど、そこには必ずや相手を思う気持が含有されていたんでせうまれ華の場合はさ。世間じゃ自分の意を踏んだくってまで侵りこんでくる奴だっているし、力づくでこっちを征服したがる奴だっているし、全くその気さえない奴だっているし。まれ華のこと大切にしてくれたんでせう。だったらどうこうってことないよ。

 (踏切の音)

 まれ華は富山市民病院の三〇五室に入院していた。お腹は膨れあがり、苦しそうにしていた。だく子も神子もかける声がひとつふたつと吹き出すが病室の圧迫する息苦しさにむにゃむにゃになってしまった。
まれ華は○○していた。かれこれ半年も前だった。きっとだく子が学校に行けなくなった頃よりも前だった。○○○○○○○○で知り合った○学生の男性と何度も何度も何度も○○の夜をくりかえした。○○な○○が○○なその男に○○○がうずいて不思議と安らかだった。愉楽。男性の○○○がのびやかに○○を○○するとまれ華の中でふっとほつれてゆく心のタガが○○○○○な心地にさせた。男性はいつもフィナーレの度にまれ華におおいかぶさるように抱きしめて耳元でくりかえし「○○てるよ○○てるよ○○てるよ」と悲じげにこぼして耳にそそいできたという。ふやけたまれ華の○○○から垂れる○○な○○の○○にも似た○○は二人の間にかわされた結晶の輝きの如く目に焼きついた。


 ―○むの?
 ―どうだろう。どうしたらいいの。
 ―私にきかれても。神子ちゃんが病室を呆れて飛びだしてからだく子はまれ華にきいた。
 ―○○くん、いなくなっちゃった。
 ―どうして富山まで行ったのさ。
 ―恐かった。とりあえずいけるだけ北に行った。
 ―中途半端。
 さんさんさんとふりそそぐ静けさに身を積もらされてどうか見失わないで。部屋をでていくとき、神子ちゃんは大きな溜息をついた。まだこの三〇五室を満たして膨れつつある。
 ―どうしよう、蛇の歌、忘れちゃった。
 ―あららら。だく子にはそんなことどうだってよかった。只の歌だ。忘れてしまえばまた聞けばいい。くだらない世の中になった。私たちの本質は変貌してしまうのかな。なしくずしにかつての秩序はくずれているんじゃないかな。
 ―ねえ、まれ華ちゃん。
 ―なに。
 ―抱きしめられたとき、どうだった。
 世界中が死んで停電して真暗に真黒に沈んでしまった沈黙が滞よって空も空気も肌をつく感覚も溺れてしまった。そして口がひらかれた。
 ―……くるしかったよ。

 (遮断機の音)

 女子高生という舞台の中でまれ華ちゃんはバミられた。下手から捌ける。おっぴろげん。
 ―ねえ、神子ちゃん。だく子のふるえた声は病院の廊下に溺れてしまう。ずいぶんと遠くに消える神子ちゃんの足取りは静かに、岩戸隠れしてゆくようで、そうなってしまえばだく子に再び暗黒の時代がやってくる。戰争の時代だ。いくら条約や約束ごとをしたって、いずれ秩序なんてもんは崩れる。ぎゅううううううううんん。どぎゃああああんんん。
 ―……ねえ神子ちゃん私はどうしたらいいのさ。いつだって神子に答えを求めるだく子はみっともないってことくらいわかってるでせう。だったらどうだ。だからなんだ。何故ですか?
 まれ華ちゃんのこと、幻滅しているの? それとも○を知ってしまったまれ華ちゃんがねたましいの?
 神通川をまたぐ大きな大きな橋を駆けた。果てに小さくなる神子の姿が、どうしてもこの瞳でわずかに捉えきるのが精一杯だった。だく子ちゃんはもう泣きたくなかった……涙腺ぶっこわれダムぶっこわれ……じゃあじゃあ私はどうすればいいの……神子ちゃんの横顔思い出して……―神子ちゃん神子ちゃん神子ちゃ―……ってとろとろすればいいのか……な……私たちってなんだったの……友達ひとりあんな目に会っただけで……ほつれる仲だったの……「蛇の歌」だって……「廃カラオケ」だって……「わいどびゅーひだ」だって……しゅーるの昼下がりの「情事」だって……神子ちゃんには……軽かったの?……私のけがされた純情を元いた地位よりも……さらに昇華してくれたのは……誰でしたっけ……それほどまれ華の子が……憎い?……それほど……まれ華の悦が憎い?……私たちの……いや神子ちゃんの知らないことを知る……知っているまれ華ちゃんが憎い?……まれ華ちゃんのお腹の中にいられる「帝王の子」が……憎い?……憎いの?……憎いんだよねそうでしょ憎いんでしょ……ね?……な、奈良……鹿……私の鹿……ちがうの……なら、私が神子ちゃんの……神子ちゃんの憎たらしいものを……あなたを苦しめる悪の「帝王の子」を……おいはらってあげる……そうすれば……また……私たち女子高生になれるね……また「蛇の歌」を歌って下校中あれをやって……カラオケイッて……貝を合わせて……神子ちゃんの苦手な名駅を避けて……貝を合わせて……しゅーるの昼下がりで……ね?……いいでしょう神子ちゃん……私が……私が私わたわたたたわたしが……まれ華ちゃんのお腹に居坐る……にくたらしい……にくたらしい……ぱせりぱせりぱせりぱせり……ぎゅーんどぎゃああんじょぼぼぼぼぼじょれぬうど……いやん――えへへまれ華ちゃんおはこんばんわに……ありがたくすぜリア製薬……私よ私だく子よだく子あなたにはびこる……憎悪をだきしめに……来たわよ―……むしろのような静けさとねむたさとむさくるしさに目覚めよ、悪の帝王の子…………―

 ……まれ華ちゃんのお腹……ずいぶんと風船だね……スイカ食べたくなっちゃった……くすぐったい?……えへへ……すべすべだからさわりごこちがよくって……障害物がなさそうでなにより……え?……ああいやそういう意味じゃないよ……ちゃんとへその緒は……よけるからさ……ね?……じっとしててね……いたいのはちょっとだから……もっと……もっとちゃんとした……モノの方が……よかったかもね……だってほらカッターナイフだよ……ちゃんと届くかな……がんばって届けるね……届かなかったら病室さまよってメス探してくるから……ああそういう……ことじゃないよ……そんなこと云ってないじゃんかまれ華ちゃん……まれ華ちゃんはメス豚なんかじゃないよ……知らない……私たちの知らない男にブヒブヒまたがってたなんて……知らないからね……安心してよ……ねえってば……じっとしててよ……ねえ……動いたらズレちゃうよ……ねえ?……やでしょちがうところに刃が刺さったらいやでしょ……じっとしてよ……ね!……じっとだよ……大丈夫だよすぐ終わるよ……早く子の顔……見たいでしょ……名前はもう決まってるの?……―
 まれ華の意識は曖昧だった。ここは夢かうつつか判断しかねた。目の前でお腹を撫でるだく子ちゃんが居るようにも思えたがよくわからなかった。夢の島に乗ったまま、ぽっかりうつつにざしょうしてしまったのだろうか。
 ……―名前?……決まって……ないよ―
 ―そうなんだ………なら私がつけてあげる……帝王……帝王よ……なんでって?……そりゃ今から帝王をぬきとるからよ……だく子が……まれ華ちゃんの……お腹の中から……よくも……女子高生を辞めてくれて……私ってば…あはは……どうしたらいいか……わかんなくなっちゃった……でも原因はわかってるの……その……まれ華ちゃんを喰いつづける……「帝王」ちゃんよ……私は……私はね……それを排除しなきゃならない……まれ華ちゃんの女子高生をとりもどすために! だめだよじっとしてよ! ほら、安心してよ……私が今……まれ華ちゃんを……女子高生に……返り咲いてみせるから……ね?……
 まれ華ちゃんは暴れた。だく子をベッドから払いのけようとした。腹が大きくて上手くできやしない。だく子の瞳は鋭かった。……どうしたの?……まれ華ちゃん……女子高生に戻りたくないの?……え?……そうなの? そういうことなの?
 カッターナイフの刃はまれ華の風船腹めがけてぶるぶる小刻みな震えをしている。どうしたの? さむいのかい? なら早く、中にお入り。

 ―だく子、失望したわ。
 窓枠に、坐す人影は、月光に浮かぶ一輪の華。されど美しいか。いな強く、恐ろしく、胸を破裂させる心苦しさ。息が詰まるのも、この部屋を真空地帯におとしいれたかしらん。
 ―油取神子は、以前こう云いました。
 神子ちゃん神子ちゃん神子ちゃんと云い寄りひざまづきスカートをひきのばしひざに抱きつくだく子を愛もなく蹴り上げて払いのける神子は冬の声で続けます。
 ―死を意識しろ、と。
 ―さうですさうです神子ちゃん。
 ―お前の真似はなんだこのトンコツ。
 ―トンコツ?
 だく子の瞳にうつる彼女の女神のそう行相はなんだ。貝合わせのときにも名駅に居るときにも飛騨五兄弟のときにも見たこともないほどの―あふれんばかりの―憎悪と嫌悪、そして軽蔑の視線。失望。
 ―お前のしたことは、生の侮蔑だ。烏賊星人どもに回された「抱いてくれる女」のウワサの流布とは大違いの、侮辱だ。それは、死を意識してないんじゃないのかい?
 ―はひ?……
 怒り。神子の言葉には憤りが練りこまれている。だく子ちゃんは泣きだした。だく子ちゃんはのたうちまわった。だく子ちゃんは手にしていたカッターナイフを首にあてがった。だく子ちゃんは力んで刃をへし折った。死ねない?……死ねないの?……だく子ちゃんは両手を首にまきつけた。十本の指でぐっと首をおさえた。だく子ちゃんは息苦しかった。思いきって吐きだすと十の指がすべてへし折れてしまった。骨折してるってすぐわかった。どうしようどうしよう死ねない。神子ちゃん。私死ねないよどうしよう。

 (踏切の音)

 ―主(あるじ)よ、人の望みよ。

 (遮断機)

 ―神子よ、私の呪いよ。

 (まくら木のきしむ音)

 ―いっぱい、でたね。

 (盛大な轟き)

ぱぴ。ぱち。ぱぴぴぴ。ぷぴ。どひゃああああああああああん。ずぎゃあああああああああああああああああああああああああんん。

                            (了)

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