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ゲロゲロセブン 二日酔いの欧州(小説)第一回(全五回)


マドカちゃんによるオープニング


 白いタマがコロコロコロコロ、コロコロと左から右へ転がってきた。我々は暗闇の中で漠然とそれを眺めている。タマは真円で、我々はしばしばこのタマをマドカちゃんと呼んでいる。マドカちゃんは残像を残しながらこの暗闇に包まれた部屋を左から右へ転がってきた。ムーディー勝山とは逆の方へ流れていくのだ。A to B
彼らはすれ違うのか、我々は見るのだろうか、ムーディー勝山はどこからきて、どこへいくのか、右から左へである。マドカちゃんことこの白いタマは左から右へである。ムーディー勝山を我々はまだ目視していない。左から右へ流れていくマドカちゃんから逆行する彼のことをふと思い出したにすぎない。彼は今も右から左へ流れているのだろうか。我々のいずれもかつては保守的思想をもって天皇を崇拝していた、そこから転向して我々は極左になった。我々の背中には左側だけ羽が生えている。片羽の天使たちの一陣、それが我々が唯一持ち得る呼称である。我々は白いマドカちゃんの動向を刮目する。暗闇の部屋の果ては遠い。果てしなく左から右へ移動を続ける白いマドカちゃんを我々は左の羽をばたつかせながら追いかける。我々が暗闇の部屋に入れられた時、部屋の果てをどれだけ認識できたかわからない。もう何年も、何十年も、何百年も白いマドカちゃんは右側の果てに向けて転がり続けていたっておかしくない。我々は常日頃右側に傾きを思い出しながら進み続ける。マドカちゃんを先導者として見做して進み続けている。この営みに何を見出したらいいのかわからなくなる。それは暗闇の中でただひたすらに、ひたすらに、ギコギコと、ギコギコ、ギコギコ、ギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコと左だけの羽を揺すっている。左から右へ。左から右へ。左から右へ。我々はその流れに何を思うのか。肯定的なものを見るのか、過去から未来へ、あるいは否定的なものを見るのか、未来から過去へ。我々は過去の亡霊を追体験するのだろうか、白いタマは我々の未来なのか。我々は未来に向けて白いタマに追従していたが、地獄の過去へ掘り下げられていただけだとしたら。果てしない右側へ、こんにちは。我々は声をかける。我々のひとり、またひとりが右側へ行くことへの不可解さ、無意味さを見つけ出している、マドカちゃんは右へ進み続ける。ムーディー勝山とすれ違うことなく、右へ、右へ。左から右へ左から右へ。我々は気づくべきだ、ムーディー勝山からすれば右からきたものを左へ受け流すというのは、我々のことではないのだろうか、ムーディー勝山と向かい合う形でマドカちゃんを観ている我々と向かい合う形でムーディー勝山が立っていたら、彼は我々を左へ受け流すのではないだろうか。そうなったら我々は果たして永遠の右側へ向かっていると言えるのだろうか。右側へ進み続けることはすなわち左側へ進み続けるということでもあるのだろうか。マドカちゃん、まだ君は転がるのか。マドカちゃんが転がる原理は左側から力が作用しているからであり、それは抵抗がなく右側へ導き続けるのだが、力の原点はもうどこにあったのか、何が要因だったのかは今となってはわからない。我々のうちのひとりが羽がくたびれてきたと言い始めた。お前はそんなんでこの進行を止めるのかと驚いたが、いつまでもそうして置けないというのが正直なところである。事実、紙幅は随分と使い込んだ、ここらでいい加減ひらけたところへ話を進めたいところである、マドカちゃんいい加減止まってくれないだろうか、もういいだろう?随分遠いところまで来たよ。いつまで転がってるつもりだ?なんのために?一体なんのために転がり続けなきゃいけないんだ?そして我々はその運動に追従しなければならないのか、我々のひとりがまたこの不可解な行動に異議を申し立てた。我々はいま分裂を始めようとしている。分裂するということは我々が我々ではなくなるのである。我々が我々でなくなった場合、我々として語っているこの状況は我々が語るべき物語ではなくなり、我々が我々ではないことで我々のうちのひとりひとりが思い思いに語り続けなくてはならなくなる。それは複雑に、複数に重なり合いひしめき合う音になる。ギコギコ、ギコギコ、ギコギコになる。我々のうちのひとり、マドカちゃんを真摯に追い続ける、特に執着し続けるこのひとりは「ギコギコはしません。スゥーッとマドカちゃんにつづくのです」
 その時だった。マドカちゃんが何かにぶつかり跳ね返ってきた。跳ね返るとマドカちゃんは拡大した。拡大して真っ白なその円に螺旋が生まれ、中央の螺旋の先にあるさらなる真円の窓がひらけ、中に男が現れた。マドカちゃんが右から左へ戻るのにつられるようにして男が右から左へ歩いてくる。我々はまずこいつがムーディ勝山かと直感した。だがすぐにこの男はマドカちゃんに釣られて右から左へ歩いているのではなかった、マドカちゃんがこの男に追従する形で右から左へ進んでいたのだ。マドカちゃんに一番真摯に追従を続けていたひとりはそのマドカちゃんの中央に映る男を見て、ハッとした。男と視線が合う、その瞬間男はこちらから見えていない右手に握っているものをこちらへ向けた。轟音が響く。真っ白なマドカちゃんが衝撃で震え、真っ赤な液体があたり一面に飛び散った。我々のうち誰もが暗闇にいたが、マドカちゃんの中から輝く男の歩いている側の白い光に照らされていた。照らされていたからこそこの赤い液体が飛び散り、我々のいずれにも付着しているのを認識できたのだ。我々はその赤い液体がすぐにマドカちゃんの体液だということを理解した。マドカちゃんは揺れつづけ、もはや右へ進むのか左へ進むのかではない有様になっている。我々はその振り子のような揺れ方をするマドカちゃんに連れ立って揺れている。ゆれているうちに暗がりが広がり、我々は渾然一体になった…………

JAPAN NAMBA

 戎橋の下で屯する10人ほどの若者たちの横で、歌碑にもたれながら背広姿のその男は持っていたタバコを路面に棄てた。彼らは獣のような声をあげて酒瓶を高らかに掲げのたうち回っている。男は訝しげにその様子を見ていた。男の頬には縦に一筋の線が入っている。古傷である。彼はその昔、中東の紛争地帯へ出向いた際、前を歩いていた同僚が踏んだ不発弾に巻き込まれ、顔面を大きく切った。線は瞼を裂いて右目も割れている。右目の視力はないも同然だが、彼の視界の右側には大きな縦の太い深淵が見えていた。戎橋の下にいればこんな格好の男がもし傍でタバコを吸っていたらヤクザの類に思えるだろうが、酒に酔う若者の注意は完全に霧散していた。男の方へふたり筋肉質な同じく背広姿の男が橋の袂から降る階段から降りてきた。男たちは目を合わせてうなづくとベルトに手をかけた。彼らが目だけで語った内情は、便意だった。ズボンが足首まで下ろし、すかさず剥き出しの尻を突き出すと道頓堀川向けて茶色の液体が三本の放物線を描いた。タバコで腹を下しておたのだ。目に傷のある男は昔、友人からタバコを教えてもらった時に一種の催眠を与えられていた。「タバコをするとクソがゆるくなるのだ」これは科学的な見識に伴った発言だったのだろうか、その友人の経験に即したものなのか定かではないが、目に傷のある男のもう死んでしまったどきついベビースモーカーだった父親がご不浄にたつと一時間くらい出てこないことがあったことの説明がつかない。尻をむき出しにした男3人は、というかつまりは下半身を露出した男3人は手近にいたフリルのスカートを穿いた酔っ払いの女の衣服を剥ぎ取り、安い服の生地で尻を拭いた。溝を駆け巡るスカートの装飾はくすぐったく、ひとりがぞわりと総毛立った。酔っ払いの女はいわゆる地雷系ファッションといった感で目の下が洞窟のように黒ずんでいて髪の色が何箇所か水色だった。女はよく聞き取れない言葉を発したが目に傷のある男に目を向けた途端黙り込んだ。それから目に傷のある男からみて左側にいた男がズボンとパンツで拘束された足首をひょこひょこ動かしビリビリに破れた布をなんとか纏っているこの女に近づいた。とても足首を拘束されている男の俊敏さではない。聳り立つこともなくただ腐った果実のように垂れきった陰茎がぶるんぶるんと首を振った。女は酔っ払ってたとはいえめのまえに首の長い陰茎が右へ左へ手前へ奥へぶるぶると暴れているのを見ると真剣な眼差しになった。真剣な眼差しというよりかは明確な警戒を纏ったと言える。女が悲鳴を上げた頃にはこのブラブラ陰茎男は女を羽交い絞めにして腰の下を尻に当てつけた。すでにシミが広がった下着が剥き出しになっており、グリグリと陰茎が絡まり、肉襞を晒し始めている。器用なものである。女はガクガクと暴れて逃れようとしているが頑として陰茎男がへばりついてくる。女は声をあげて周囲の連中に助けを求めるがさっきまで共に酒を飲んでいた奴らは演目の何かと思ったか面白がってい流だけで手を出さない。自らの股間を弄り始めた奴もいる。酒瓶をつかむと女の顔に酒をぶちまけるものもいた。淫売がホストに貢ぐ金をとうとう路上で稼ぎ始めたと動画も回し始めた。スマホを向けられた途端陰茎男の目つきが変わり、胸に手を突っ込みきつく握ると女の電源が切れた。手を引き戻すと陰茎男は人差し指と親指の腹を擦り合わせてカメラを向ける若い男に見せつけた。いわゆる指ハートなるポーズだと酒を飲む連中は察したが、なぜ指ハートなのか理解しかねた。擦り合わせた指の腹同士が擦れる音が聞こえてきた。聞こえるほどの大きな音だった、バジジジジジジ…………、途端に瓶を持っていた若者の股倉から胸元まで発火した。火柱が突然自分の体から上がった者は手にしていたものを離してのたうちまわり、あるものは道頓堀川に飛び込んだ。火は瞬く間に川辺を赤く照らしている。肉や髪の毛の焼ける匂いがあたりに立ち込めた。タンパク質の特有の臭さである。女の髪にも引火し、まもなく頭部が火だるまになっている。イタイイタイアツイアツイアツイアツイ、絶叫しながらやがて声も枯れるなか、女は陰茎を挿入されてガクガク揺すられていた。陰茎男は体位を変え、女を神輿のように担ぐと地面に仰向けになり差し込み直して下から突き上げた。火の粉が飛んだ。顔も焼け爛れ瞼も耳も鼻も唇も焼け落ちた女の顔を掴むと自らの顔に寄せて舐めまわし始めた。舌が焼けて唾液が蒸発し、唇が裂け始めた。頰の皮脂に引火し赤く火照る。前髪もジリジリ焼け始め、眼球がむき出しになって表面が渇き始めた。男は声をひとつあげることなく腰を天上に突き上げ続けた。男にも火が回った。火に包まれながら女と延々と性交し続けているのである。その側を横切り、唾を吐き捨てるように鉛玉を細長い筒から放ったのが我々がもっとも語りたかった男、ゲロゲロセブンことアツアツ・モッコウ洋・ボンドである。

ゲロゲロセブン登場

ゲロゲロ、つまりはGERO GERO 。GEROはラテン語で「運ぶ、着る、持つ、行う」の意味の動詞の現在形である、らしい。なんでもやるらしい、このゲロゲロセブン、アツアツ・モッコウ洋・ボンドは中央諜報局員のスペイン担当であると自称しているが、実際どこの中央諜報局なのかわからない。国の所属も聞いても「国境は関係ない。我々はついぞ覗き見のために日夜働いている」と冗談を言い、ぽっちゃり女子を口説いている。彼の口からは他の諜報員の名前がぼろぼろ出ていている。スパイのくせに口が軽いと思い女から笑われているがどこまでが事実でどこから嘘か定かでない。彼の同僚にドイツ担当のヌルヌルナインことトーマス・アルドベビド・ヌフルンヌフルンがいる。ドイツ語でゼロは「Null」になるが、ナインは英語の「9」ではなく否定を意味する「Nein」らしい。日本人である読者からすると潤滑液で濡らした壁を上下しているハゲの中年男性を想起するかもしれないが、上下はしない。もちろんギコギコはするらしいが……
 ヌルヌルナインをよく知りたくば、ゲロゲロセブンがタッグを組んでヨーロッパを文字通り股にかけて秘密結社ぷるんぷるんをほとんど酔っ払いながら追った冒険譚である前作「ゲロゲロセブン 皇帝のパタパター」をお読みいただきたい。500ページあるうちの3分の2は皇帝がパタパタ飛んでいる光景だけが描写され続けて る。ヌルヌルナインがギコギコして危うくドイツが東西冷戦を再び呼び寄せてしまいかけて、コップのフチ子と性交渉して難を逃れた。その代わりゲロゲロセブンの睾丸が二つから四つに割れたのだが、今作では安心して欲しい、何事もなかったように二つに戻っている。諜報局の技術部隊オッペンパイマーポンポン博士の技術で割れた睾丸を元の形に戻したのだ。さらに博士は精液の成分を自在に操れるギミック(通称カクテルマシーン)を搭載させ、彼が任期中に無許可発射で計画性のない家族設計を食い止めることに成功し局長に勲章を授与された。ゲロゲロセブンが各地で孕ませた子はゲロゲロセブンチルドレンと称して局員が保護する。人種様々なゲロゲロの子供たちは局の教育部門でみっちり鍛えられ、10年もしないうちに諜報部門から強襲部隊、お茶汲みまで局内のさまざまな人材に流れていく。ちょうど始めのゲロゲロセブンチルドレンがゲロゲロセブンの直属の部下になって最初の任務に大阪を訪れたところから今回の物語は始まる。大阪ではイッシントゥエンティ〜ンファーイブという組織の太陽タワー計画が秘密裡に行われていた。大阪人の魂を吸うシャイン猪木という首に赤タオルを巻いた中年男性の群れを製造する工場が大阪湾の人工島にあり、ゲロゲロセブンはアプローチを考えるため現地の知り合いを訪ねに難波に乗り込んだ。だが知り合いは火だるまになりながらギコギコして死んでしまったらしい。困ったもんだと路上で鬱クワガタになっているとツイートされてしまった。イッシントゥエンティ〜ンファイブの息がかかった工作員が難波の人混みの中からいつくか見えた。筒付きの拳銃を懐にしまうと同行の直属の部下にして、産みの母親の顔も名前も覚えてやしないが少なくとも自分の精液で生まれてきちまった一応の息子タルパントラ・ヌクラノマナタカくんがのそのそと現れた。
「きみ、ギコギコはしたかね」
「いいえ、しておりません」
「しといたほうがいい。ギコギコはしといたほうがいい」
「はあ」
「さあ、ぽちぽちこの国の警察官が来るだろう。退散しよう。手を貸してくれたまえ、鬱クワガタが身についちまって起き上がれやしない」
「自分でそのくらい起きてください」
「鬱クワガタは起きられないもんなんだよ、わかる?ギコギコとは訳が違うんだよ」
なんとかして起き上がると彼は尻を突き出した。
「この辺ってギコギコ界隈の人おらんの?」
ゲロゲロセブンはそばを横切った女児に尋ねた。
「おらん」女児はそう短く答えた。なぬ〜と項垂れるゲロゲロセブンを横目にタルパントラ・ヌクラノマナタカは三点倒立している。ナンバーガールはこうも冷たいのかと項垂れている。脈なし心停止である。冷たくなった頃にゲロゲロははめ殺しのライセンスを使った。女児のパンツを剥いだところで現行犯逮捕。ポリスメン箱にぶち込まれた。留置所の中でハゲのチベットの僧侶と名乗るどう見てもコンビニでアルバイトをしている男から瞑想の技術を学んだ。坐禅を組んで無心になる一般的な瞑想とはちがった。まず全速力で自分から大股で3歩の範囲を走り回る。さながら自らの尻尾を追いかける犬の様に。そのうち息が上がってくるだろうし足がもつれて転げてしまうかもしれないが構わず走り回り続ける。地面が円形に抉れてくるかもしれないし履いている靴が剥けてくるかもしれない。一向に構わない。走り続けろ。夜になっても。朝になっても。昼になっても。お盆休みが来ても。正月が来ても。走り続ける。するとある地点で光が点滅し始めて足元が文字通り抜ける。時空をすり抜けて幽体となって回転をしたままゲートをノックできるらしい。

楯の会プレミアム会員とイッシントゥエンティ〜ンファイブの700日戦争についての報告書

 ゲロゲロセブンが大阪入りする数日前、掲題の700日戦争は終結した。人造人間となった三島由紀夫が天王寺の路上で女性器を舐めている光景を楯の会プレミアム会員が見かけたことに端を発するこの抗争はあまりにも無惨であった。
 三島由紀夫と思われる中年男性の痴態が確認されてしばらく経った頃、大阪の至る所に市谷駐屯基地のバルコニー同様の光景が広がることになる。檄を発する無数の三島由紀夫を模した人造人間が現れ、自衛隊がその眼下で屯してはヤジを飛ばしていた。維新の会の連中の選挙カーは斬りつけられ何台も燃えた。数日後何百もの三島由紀夫の生首が戎橋に飾られ、首のない腹を切り裂いた胴体があべのハルカスに並んだ。彼らの遺骸のそばにはカセットプレイヤーが残されて、高らかに奇妙な音源が流れていた……

イッシントゥエンティ〜ンファイブ

う〜ん

イッシントゥエンティ〜ンファイブ

う〜ん

イッシントゥエンティ〜ンファイブ

う〜ん

イッシントゥエンティ〜ンファイブ

う〜ん

イッシントゥエンティ〜ンファイブ

う〜ん

 楯の会のプレミアム会員による報復活動が始まったのは遺骸がひと通り回収された翌日のことで、大阪中の整形外科が標的にされた。日本刀を武装した茶色の軍服を着た屈強な男が押し入り、待合室から診察室、手術室と手当たり次第に斬って斬って、斬って回った。三回転。手術中で鼻の骨を削っていた女性はその場で居合わせたがオペをしていた手術医の手元を切り落とされ、グラインダーが頬に差し込み、顔面がギザギザに裂けた。暴れた弾みでグラインダーが刃を震わせながら顔面を離れ肩から胸を駆け回り、腹に減り込み皮膚をギザギザにした。次に狙われたのは茶懐石料理屋で、イッシントゥエンティ〜ンファイブの連中が会合を開いていると言うデマが広がっていたためだ。箸が無数に刺さった板前の遺体が生々しく報道された。イッシントゥエンティ〜ンファイブがばら撒いた三島由紀夫人造人間は自走して任意のバルコニーで演説を働き、そばにいた何かしらの役職者を斬殺し最後には腹を切り、必勝に介錯してもらうと言うところまでがシステムとしてプログラムされている。この残忍な非人道的な兵器を展開していることがまず理解し難いと楯の会プレミアム会員の連中は指摘し、宣戦布告と受け止め、大阪中の医師を殲滅することを宣言した。まず医師の本分として医療の場であるのに三島由紀夫を量産して殺戮を展開することはいかがなものかと言う批判、ましては医師という肩書きを名乗りテロルへ突き進むのは警察予備を名目に活動を始めた防衛隊としては許し難い組織だとこき下ろしている。実態が掴めないため、楯の会プレミアム会員は大阪のほとんどの医師を斬りつけて殺した。医師がいなくなると549ある病院のほとんどが機能しなくなり死病者が続出した。町中で国歌が流れ、人々は葉隠を読み、日に5回、皇居に向けて万歳三唱をさせられ、忘れると切腹を強要される。誰も関西弁を口にしなくなった。連日死傷者の人数が報道されるだけでどこどこで火災、どこどこのだれだれが死亡という具体性は欠いた報道が続いた。刀が血で錆びた頃、医師の残党勢力が大阪市立総合医療センターに遺骸を積んでできたバリケードに籠城し、最後の医療の場を死守し始めた。楯の会プレミアム会員による一方的な虐殺に状況が一変した頃には謎の三島由紀夫人造人間は軒並み現れなくなっていた。三島を探す人々が現れた。ほんとうの三島由紀夫は1970年に市ヶ谷で腹を切って死んでいる。一部の中派の間で三島由紀夫は実は現在まで生きており、性別を変え顔を変え、西成で違法娼館の運営をしていると言う噂がある。店舗名は『不道徳教育講座会場』というが住所がないため辿り着くにはリピーターの紹介を頼りに向かうしかないが、およそほとんどが発展場に連れてかれるらしい。ホモの策にハマりながらも本当の三島由紀夫を探す連中はこの戦争の終結の糸口を探っていた。彼ら一群の中に由紀ちゃんと名乗る48歳の独身女性に接触した者がいた。彼女は自称三島由紀夫の娘と名乗り、性転換した三島由紀夫の中から産まれたと主張している。世間の人びとは頭のいかれた女の妄言としていたが、ほんものの三島由紀夫を探す連中にとってはたとえ相手が狂人であっても何かの糸口になるのであれば接触を試みたのであった……

「で?その由紀ちゃんと接触したのがアンタってわけか?」
ゲロゲロセブンはトランス状態で上りあげた精神世界で具象化した自称僧侶の男に問いかけた。
「いかにも」男は頷いた。檻の向こうで看守が何寝言言ってんだお前ら、と怒鳴る声がしたが、精神世界に意識がある2人の耳には届かない。
「由紀ちゃんの顔を見た時、これは三島だと思ったよ。間違いなく三島だ、三島にしか見えないってね」
「なあ、その娼館って、ようは熟女ヘルスってことなんか?」
「まあそんなもんさ。俺くらいになれば娼婦とトランス状態になってここで本番行為なんてしょっちゅうだし金をふんだくることだって簡単さ。彼女たちにとって割り切って金をもらえれば何でもするらしい。こっちは金を与えたと思い込ませれば何してもいいってわけさ。ケツの穴を裂いてコンセントを差し込んだこともある。iPhoneが充電できた時は感動したさ」
「で、三島由紀夫本人とは会えたのか?」
「何言ってんだお前。三島由紀夫は1970年に市ヶ谷で自害して死んでるぜ」

夢洲での攻防ー序ー

 翌朝、釈放されたゲロゲロセブンはエクセルシオールでエスプレッソを3杯もやり、下痢になりながら大阪メトロに乗り込み、夢洲へ向かった。楯の会プレミアム会員とイッシントゥエンティ〜ンファイブの勝敗については有耶無耶になっているらしい。僧侶はそう語っている。ゲロゲロセブンはメトロに乗っていると忙しなく動き回る白衣を着たメガネをかけ、聴診器を肩にかけたハゲの男を何人も見かけたので、医師はまだ全然残っているらしいとみた。僧侶の妄言だったかもしれないと思っているとメトロの連結部や改札口の前で腹切りを始める中年男性を何人か見かけた。こちらも妄言かもしれない。夢洲へのアプローチは路線バスしかないらしい。おまけに平日しか便がないらしく、ゲロゲロセブンが釈放されたのが土曜の朝であったので今日中に乗り込むことができなくなってしまった。仕方なく暇つぶしに手当たり次第にギコギコしているとまた豚箱行きなので頃合いでバレなさそうな尚且つ安心してギコギコできる場で時間を潰そうと西成に向かった。


(第二回に続く)


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