【日記】差別(けじめ)

 久しぶりにひとを嫌いになったかもしれない、個人的な内情で。


 正直この1ヶ月半くらいずっと驚いていて、認めたくないが恐らく衝撃と若干のダメージがあるように思う。私は人間があまり好きではない一方で心の底から愛している。このあたりの話は卒業制作と副論文で十二分に書き散らしたのでもういいだろう。読んでくれている層は私のコレを恐らく聞き飽きている。その私が、である。特定のひとを嫌いだと言えるだけのある種の心の余裕というか、俗っぽさというか、矛盾に思えるこれが私の中にまだあったのかとビックリしている。


 彼はAPEXの野良で出会ったフレンド(ゲーム内で友だち登録している人をこう呼ぶ)であった。遊ぶ頻度は1ヶ月に1回あるかないかという程度なのでそこまで頻繁な交流ではなかったのだが、FPSというそこそこ人間性が悪い意味で知れているジャンルに生息しているにしては温厚で人あたりのいい人間だった。おまけにたまたま同い歳だったこともあって、お互い敬語は崩さないものの適度にくだけた態度で遊べていたのがとても心地よかった。良いフレンドだったのだ。
 これは後の話にも響いてくるのだが、男の比率が割合高いゲームでこちらが女と判明すると、鹿威しかという勢いで態度を一変させる層が一定数いる。声を荒げて突っかかったのに急に謝罪へと身を翻す者、供物のごとく物資を捧げる者、キャリーしようと俄然息巻く者、いろいろいるし最後のタイプなどは正直ちょっとかわいいなと思う、小学生男児みたいで。ただ、特に前者ふたつが本当に無理だ。これに関しては私の性自認に直結している問題な気がするので、世論としてはどうなのかわからない。しかし、私は「キッショ」以外の感想がない。同じゲームを遊ぶ同志に、性別で何の差があるのかわからないからだ。幸い暴言を吐かれて手のひらを返された経験だけはないのだが、もしそれに遭ったら最後まで態度を貫けと逆ギレするかもしれない。最初に見ず知らずの人間に向かって暴言を吐いた時点でソイツの株は地に落ちている。相手が女とわかってしおらしくなったところで、何が挽回できると思っているのだろう。
 ともあれ、女を良くも悪くも特別視する男性プレイヤーは少なからずいる。しかし彼はそれに当てはまらなかった。完璧に対等だった。
 さらに、彼も私に対して同じ評価を下していることを割と最近知ったばかりだった。どうやら彼の出会う女性プレイヤーは、承認欲求を満たすことが目的になってしまっているタイプ、特段上手くもないのに配信者やプロの意見を一丁前に並べてくるタイプなどが多かったらしい。純粋に向上心を持って真摯にこのゲームに向き合っている女性プレイヤーは珍しいから信頼できる、というのが彼から私への印象らしい。考えたことがなかったが、たしかに言われてみて自分でもそうだなと思った。正しくはキャラ萌え目的と向上心が半々といった感じだろうか。
 私たちが知り合い繋がりなどではなく、野良で出会えたのは奇跡としか言いようがない。億が一誤解するひとがいるかもしれないから渋々書くが、もちろんここに恋愛感情などない。ただの、貴重なフレンドだったのだ。


 しかしながら、ここ数ヶ月のうちになんとなく雲行きが怪しくなってくる。いや、頻度が高くないから数ヶ月の話ではないかもしれない、よく覚えていない。ともかく、端的に言えば
「あれ? この人こんなにウザかったか……?」
という、言葉にもならない違和感が徐々に蓄積されていったのである。
 ひとって急激にコミュ力が落ちたり、性格がひねくれたりするのだろうか。自覚がないだけで恐らく間に数十日が挟まっていたりするので急激にというわけではないかもしれないが、私にとってはかなり急な変化に感じられた。
 友人と親しくなっていくにつれて、親愛度に比例して扱いがぞんざいになっていく現象はあると思うし、私もそれをやりがちなので理解できる。最初はできるだけ嫌われたくないので軽口に対して「やめてよ〜も〜笑」で返していたところ、「うっさいな黙れ」に変わっていくようなものである。これをちゃんと愛情の裏返しだと取れるひととしか私はつるまない。
 それとは違うように思えた。ウザいのだ。具体的になにがウザかったのかは言葉にしづらいし細かく覚えていないが、会話の端々でいちいち鼻につくなと感じることが増えていった。
 覚えている限りでは以下だ。

・APEXの試合ごとのリザルトを見て、ダメージやキル数で野良を推し量ったり、自分の責任逃れの理由にしたりすることが増えた
・ガジェット自慢
・自分は楽しそうにずっと話すが私に話は振らないし、そもそも私に会話のターンを回さない

 このような感じ。
 思い返したときにあまりに腹が立って「会話のキャッチボールとかいう問題じゃないやろもうオ〇ニーやお前のは!!!!!」と叫んでしまった。なんでもかんでも程度が酷いとすぐ表現がシモくなる。これは程度の酷さを表現するために仕方のないことである。
 まず、いちばん上のは正直FPS民あるあるなのでなんともいえない節はある。ただ、野良を下げることにより必然的に私まで下げていることになっているときがあって非常に反応に困る。なぜそこまで頭を回せないのだろう?
 2個目もまあ、男のサガという感じがする。差別ではないが、男という生き物は基本的に機械が好きっぽい(これが体の性か心の性どっちに引っ張られるものなのかは個人的にとても興味がある)のでしようがない。まだこれで私に話を振ったり、専門用語的なものを使わず詳しくないひとへの説明混じりとかなら許容できる。しかし彼のは完全に自分が気持ちよくなるための話題だった。あとマウスのハイセンシアピールもキツかった。かなりイタタタタタタタタタタタタタとなった。
 3個目に関して、この件を先日友達に愚痴ったとき「仮に私がコイツのガジェット自慢に1時間付き合ったらさ、レヴチャン(APEXのキャラの1体。好む人は少ない)がどれだけえっちかという話に1時間付き合ってくれると思う?」と聞いたら爆笑され「絶対聞いてくれん」と言われた。そうなのだ。そうだよな。つまりフェアではない。会話になっていないのだ。


 愚痴はまだ続く。というか、次に書く出来事が決定的な絶交の原因となった。
 そうしてなんともいえないモヤモヤを覚え始めた頃、APEXを閉じてただ井戸端会議のような雑談をした日があった。深夜というよりもはや早朝に近く、眠気もあって本当に詳細な記憶がないが、その会話の中で彼は的確に私が抱えている最大の地雷を踏んづけた。性別の話だ。
 ものすご〜〜く要約すると、「女に産まれたのだから女として生きてないとおかしい」というようなこと……だった気がする。私を知る友人知人なら、この一言で私がどれほど怒り狂うか容易に察せることだろう。
 誓ってTwitterもInstagramのアカウントも何も教えておらず、もちろん顔写真を見せたこともないのに、「やっぱ髪は長いほうがいいですよ」なんてことも言われた。私は2年前からツーブロックのマッシュを崩していないし、誰になんと言われようと崩す気もない。そこにこれだ。ハァ????????? まだ顔を知っているとか、会って話したことがあるとかなら百歩譲って理解できる(それでも度し難いが……)。顔も知らぬ相手にこれを言うだろうか?
 これ以上はまずいと予防線を張るつもりで、ひとりで生きていくつもりだという志を口にするも、やはり現実的ではないと頭から否定した挙句「誰か男の人の唯一を見つけて一緒になるのがいちばん無難に幸せな人生だと思いますよ」何様??????????????(※一応改めて書きますが同い年です) しかも性別指定????????? 一体何時代の人間なのだろうかコイツは!? このあたりから彼のことがタイムスリップしてきた旧時代の人間としか思えなくなってきてしまった。だから……それができないからひとりで生きていくと言っているのだが。仮にそれをしたとして、ほぼ確実に相手を不幸せにしてしまうことがわかっているからしないのだが。私が妥協できる人間ならもうとっくに誰かと一緒になっているか、なる努力をしている。しかし自分にも他人にも妥協するくらいなら死んだほうがマシだと思っているからしないのだ。それを、コイツは!
 当時この瞬間に怒鳴り出さなかったのは眠かったのと、なにより今まで良好な関係のフレンドであった彼がまさかそんなことを言ってくるとは思っていなくて動揺したからである。
 そもそも、私を他の女プレイヤーとは違うと持ち上げたのはお前だったのではないのか? この口ぶりだと、普通に「女」というカテゴリーにおいて一緒くたにされている気がするのだが結局なにが言いたいのだろうか。
 遠回しな示唆ではなく、私の性自認や恋愛志向をカミングアウトすればよかったのかと未だに思わなくもないが、仮にそれを行ったとしてもまともに受け取られなかった可能性のほうが高そうだとも思う。いわゆる病気扱い──「あー、そういう時期ってありますよね!笑」「いつか治って好きな人できるといいですね!笑」「いますよね、そういうこと言う人笑」このいずれかか綺麗に3コンボを決められて終わりだろう。彼は地雷を踏み、次に踏み出した足でも違うところに埋まっていたやつを的確に全部踏んだ。意を決してカミングアウトしたところで絶対に状況は悪化していただろうという無駄な自信がある。


 この一件を境に正直彼に愛想を尽かした。勝手だと思われても仕方ないが、もともと若干累積してきていた不満が完全に後押しになり、もう嫌な面しか見えなくなってきてしまった。私もどうしようもなく人間だなと思うと反吐が出そうだ。
 この日からしばらく経った日のこと、「フレンドと一緒ですが3人で遊びませんか」とメッセージが来た。断ろうかと思ったが、私が知らない第三者がいることでもしかするとあのウザさが緩和するかもしれないという期待もあった。一か八かだったが……私は招待を受けた。
 結論から言うとクソであった。彼の連れのフレンドも男であり、このひとに関しては特別いいひととも悪いひととも思わなかったのだが、この存在が関係しているのかいないのか、この夜のウザさは輪をかけて酷かった。
 私はこのとき初めて、「早くこの試合終わんねえかな……」と思った。どこかの遮蔽物の裏にしゃがんで、ヴァルキリーが握る銃だか槍だかを眺めながらの思考だったことを覚えている。そうして泣きたくなるほど悲しくなった。まさかAPEXに対してそんなことを思う日が来るとは信じられなかった。2年近くもこれほどずっとハマり続けたゲームなんて他にない。飽きるということを知らぬほど遊んだ。全然強くないし上手くないが、それでもすごく楽しいと思えた。フレンドとどうでもいい話をしながら、時に真剣に作戦を討論しながら遊ぶのが大好きだった。しかし、今のこれはなんだ?
 この試合が早く終わってほしいというか、「明日用事あるんでそろそろ寝ますね〜お疲れ様です!」と言っても不自然でないくらいの時間が早く経たないかな、と考えていた。本当に、本当に、生まれて初めて、誰かと組んで遊ぶゲームが楽しくなかった。


 あの夜以降、私は一度しかAPEXを起動していない。この2年間、やらなかった日のほうが少ないほどにやり込んだゲームから足を遠ざける理由として、彼の存在はじゅうぶんだった。
 この間ついに決心をし、PS4やdiscordのアカウントの名前を変え彼とそのフレンドをブロックした。ちなみにAPEXのゲーム内IDはPS4のアカウントIDと同じものになっていて、変更するには2回目以降1000円かかる仕様だ。私はすでに過去に名前を変えたことがあったためその費用が必要になる。その日のツイートがこちらである。

PS4のIDを変更しているスクショ

 まあ、これで縁が完全に切れるなら1000円なんて安いものだという気持ちもあるが。

 ストレスが爆発した私の怒りの矛先は彼に留まらず、なんと「ゲームにおいて味方(仲間)がいること」にまで及んだ。なぜ感謝せねばならない? なぜ謝罪せねばならない? なぜ会話する必要がある? 聞きたくもねえ話に愛想笑いで相槌を打ち、顔を引き攣らせながらも雰囲気が悪くならないよう褒め言葉を捻り出す……なんの接待だこれは? ままならない理由があって嫌々パパ活をしている女か私は??
 もういい。味方なんていらぬ。本当に仲良しのフレンドとだけ遊べばいいのではという意見があるかもしれないが、いつも都合が合うわけではない。必ずしもランク帯が揃っているわけでもない。だからといって野良専と化すかといわれるとこれも違った種類のストレスになる。彼らには基本話が通じないと思ったほうがいい。
 なにか……なにか、ひとりでも遊ぶのが苦にならないゲームはなかっただろうか。できればこのストレスを解消できるような一種の爽快感があるやつだといい。そんな私に、4年前の夏と同じく手を差し伸べたのが──IdentityV、第5人格というゲームだった。

 オンラインゲームにおいて、約2年半のブランクはかなり大きい。第5人格はストーリー面としては鈍足なほうだと思うが、ゲーム面においては一般的な対戦ゲームと変わらず目まぐるしい環境の変化を見せている。2年半かけて築かれたその変化に今から追いつけるか、という不安を見ぬふりして、私はこのゲームに舞い戻った。そうまでする理由があったからだ。
 第5人格は非対称対戦、1vs4で繰り広げられる鬼ごっこである。2つある陣営のうちの少数側、つまり鬼。これは孤独の戦いだ。ハンターは、4人のサバイバーを追い立て攻撃することが主旨。ゲームのコンセプトとして一般的にサバイバーよりハンターのほうがプレイ難易度が高いとのことらしいが、裏を返せばこれは単純な話で、とにかくマップを練り歩いてサバイバーをブン殴りまくれば勝てる(戦略として必須となる行為は他にもあるし、最上位やプロの試合を見れば簡単でないことは自明だが一旦置いておいてほしい)のだ、ひとりで。そう、ひとりで!
 これが今の私にとってなにより大事であった。仲間との連携を、会話を必要としない。自分がどれだけ上手くやっても味方のミスで台無しになるということがない。感謝も謝罪もない。暴言、煽りの蔓延りようは相変わらずだが……その多くはやはりサバイバーの4人間で交わされる確率のほうが高い。仲間なんだか敵なんだかわかったもんじゃないな、と高みから飛び交う暴言を見下ろせる特権がハンターにはある。勝ったときは上手く立ち回れた、または敵のミスをきちんと拾えた自分をうんと褒めてよいし、負けたときは誰の指摘を受けることなく内省すればよい。そのときの言い訳が、相手がうわてだっただけだ、でもよいのだ。
 そして、飛び道具もあるにはあるが、大概攻撃手段が手に持った武器で直に殴ることなのは私が求めた爽快感の一端を担っていると思う。そこまで暴力感やグロテスクさがないグラフィックなので気も楽だ。


 あと、単純に私はハンターたちが好きだった。今に始まった話ではなく、4年前に始めた初っ端からそうであった。サバイバーが生きている人間なのに対し、ハンターたちは死人や神々など、人の生を捨てた者ばかりである。様々な理由で社会から見放されドロップアウトしてしまった敗者というべき存在が明らかに多く、彼らの復讐対象といえば「この世」なのでは、というような背景を各々が抱えている。そんな彼らが今武器を手に取りサバイバーを追い立てるのは、サバイバーが犯してきた罪への罰だ。自らを世界から蹴落とした忌まわしき生者たちへの処刑なのだ。だからハンターたちの攻撃には躊躇がない。慈悲もない。ただ楽しそうに、狂ったように笑う声が聞こえるだけである。
 このnoteの初投稿「はたち」にも見られるが、ハンター“白黒無常”はたしかにあの頃私の命を救った(同時に性癖も大いに狂わせていったが……)。そして今回、復帰当時ハンター内で最新キャラであった“夜の番人”イタカを存外気に入ってしまったのも良かった。私の大好物のようなキャラストーリー、そして単純明快かつ強力なスキルをもって、私の2年半のブランクをものともせず勝利を、ランクの自己ベスト更新をも易々ともたらしてくれた。
 今、下手をすると始めた頃よりハンターが好きかもしれないし、プレイが楽しいかもしれない。私はまたこれに救われたことになるだろうか。いくら払っても恩が返せない、無料ゲームなのに。


 とこのような話を雑にまとめて話したところ、前述の友人たちには「闇堕ちってこと?」と言われた。そう、今回私が第5人格に舞い戻った経緯は完全に闇堕ちである。APEXが嫌いになったわけではないし、もう二度とやりたくないわけでも決してない。また友達と騒ぎながらゲームをするのが嫌になったわけでもない。ただ、たったひとりの人間のせいで辟易されられたというのは事実である。
 彼はわけあって今仕事に行く必要がなく、外を出歩く必要もなく、要するになにもすることがないとよく言っていた。詳しい事情は知らないのでなんとも言えないが、家からあまり出ず過ごしているのは私も同じことである。もし彼のウザさ──コミュ力の急激な低下がそれと関係あるものだとすると、私もあまり他人事にはできないなと思っている。ひとと対話すること。口ではなく、脳を使って喋ること。相手の気持ちを慮ること。行間を読むこと……それらが衰えるだけで、ひとはこんなにも落ちぶれ簡単に縁を切られる逸材になれるらしい。
 私が出来た人間ならば、こんな一方的な絶交ではなくせめて彼にひとこと物申すことをしたかもしれない。しかしもう、言ってもどうせ……という失望と、その忠告すらさせる気を失せさせたのはあっちだろという責任転嫁しか心に残っていない。罪悪感はあんまりない。
 不幸せでいい、人生負け組でいい。これでハンターたちとおそろいだ。今はただ彼らのいる辺獄に、私も静かに身を寄せていたい。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?