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被害者の明日と加害者の明日の違い

今日の朝、委任状に署名捺印をして、必ず秘匿にて手続きをお願いする旨を書いた書類を返送し、弁護士に掛かる金額を振り込んできた。
その金銭っていうものは、誰にとっても同じ価値である。
けれども、この私が支払った予納金は全く価値のないようなものに感じた。
淡々と、ATMを操作して1枚の用紙が出てくる。
何年か前にも見たような、そんな精神的な世界の復讐のために支払った。
まだ、その時は、出所間もなくして不審死を遂げるとは思っていなかったので、かなり用意周到に色々な調べをしていたと思う。
主人から「それって、やる意味あるのかな。どのちみ全員放棄するだろう」
私自身、そう思っているし、その前提の下でただ、損害賠償請求権の時効を迎えることを待つのは、私にとって本意ではないことだった。
今までの判決に意味を持たせることも、何もできないからだ。
最期の人が放棄したとき、初めて私は、加害者の死をもってこの民事事件の終結を不条理な形で終結させることが出来る。

今振り返れば、加害者は控訴、上告の期間だけでも1年以上あったけれど、
未決拘留日数は80日しかなかった。
8年前の事件と呼ぶけれど、すでに10年たっているのだ。

今日、なぜ私は控訴審の傍聴に行かなかったのかということを考えていた。
控訴された場合、検察官と裁判官と被告人の3人で審理をするわけで、殊更、一審での判決を覆すような証拠がない限り、8割は棄却されてしまう。その時、一番心配していたのは、裁判員裁判で上回った求刑を控訴、上告で、減刑されることだった。民意の反映を司法に取り入れるために作られた制度が、裁判員たちが手も届かないところで減刑されるということは、裁判員裁判の存在意義を根底から否定するものに相違ないと感じている。
控訴審の傍聴に行かなかった理由は何だったのだろう。
まず、遮蔽措置というものもない。そこに徹底して個人情報を守ってきた私が事実を知りたいといって、傍聴することは果たして正しいことなのだろうか。上告の主たる理由は量刑不当であったと記憶している。
単純に今までの裁判官が判決を考える刑事裁判の場合、求刑の7,8掛が暗黙のもので、裁判員裁判の導入によって、性犯罪や虐待事件の果てに子供が命を落とす事件に関しては、判決を上回る判決もやむを得ないという感じになっている。それが民意ではないだろうか、性犯罪の場合、自分の妻が、娘が、妹が、と置き換えて考えるだろう。虐待事件であれば、自分の子どもだったり、自身の子ども時代を重ねたりするだろう。一部の犯罪に対してのみ量刑が厳罰化されているというのは、当然の話であって、それを反映させることが目的の裁判員裁判にもかかわらず、法秩序という言葉を持ち出していかがなものかと発表する法学者も少なからず存在する。
きっと、私の事件の場合でも強制わいせつ致傷罪の中では重い部類になるため、重かったというのと裁判員裁判だったことが極めてその判決をとれた大きなファクターとなっている。

しかし、加害者が死んだからと言って、私の尊厳であるとか事件がなかったことになる、心身の障害がなくなることはないのだ。
ある記事をみた「死んだから、罪を償ったことにはならないだろう」その通りだと思う。凶悪殺人によって命を奪われた被害者の方々は当然、死刑を望むだろう。死刑が執行されたその日「なんで、今日なんだ」という文章を見ると、少なからず身内を殺された家族が望んだ死刑が執行されても、ただただ複雑な気持ちになり、その元死刑囚の死によって失われた家族が戻ってくるのであれば、まだ救われるかもしれない。しかし、最後に見た家族の言葉や表情を永遠になぞり続けることしかできない。生きていたら、きっとこれくらいの年齢になっている、どんなことをしたりしていたのだろうかと思う日々が永遠に続いてゆく。

この司法制度の大きな落とし穴は、加害者(有期刑などで生きて出所できる人間)と被害者の生きなおすという努力の差である。
極端であるが、例を挙げてみよう。
「被害者は、ある日、家に帰ったら更地になっていた、自分は帰る場所がないと、その場に立ち尽くし絶望する。となりで家族も立ち尽くす。」
しかし、「加害者は、ある日、人の家を更地にしたけれど、衣食住も人権も守られ、出所後の更生保護施設まで紹介される。」
この家というのは、土地家屋という意味ではなく被害者が築き上げてきた精神的なものであったり、尊厳、心身の健康、社会的地位、経済的なものだ。

そのどれ1つも、加害者も司法も国も回復することなく、その更地に戻していく。現場となった更地に、戻ることが恐ろしい人間は引っ越しをしたり、転職をする、はたまた働けない場合もある。

私自身、事件後に貯金していた1000万ほどの預金を切り詰めて生活をしたり、納税も何もしていない人間の言葉をだれが真剣に聞くだろうかと思い、社会人たれ(本村洋さんの上司のかたの言葉)という気持ちで、何もなかったかのように働いていた。だけれども、大なり小なり職場では女性というだけで、性的な発言であるとかセクハラは往々にして起きる。私は、労働組合に相談して、相手は降格減給処分となり、それを見届けて退社した。

毎日思う、起きたときに。
「ああ、あれは全部悪い夢で、実は何にも起きてなかったんじゃ・・・なんてことはないね」と。

あの事件発生の直前まで持っていた、誰からも見ても平穏な普通の幸せすらもが無くなった、周りの人の精神的負担も相当なものだったと思う。
その屈辱を晴らすためにも、私は戦うことを選んだ。
正直に言えば、性犯罪の被害件数は犯罪白書に乗っているが、性犯罪の通報率は極めて低い、「暗数」と呼ばれるものがあり、実際の届よりもその背景には、それ以上の被害があるということ。
私自身、比較的正義感が強い人間であるが、見知らぬ男にある日突然、力でねじ伏せられ屈辱を受けたということを、好き好んで公判の際でも話したい人はいない。その話をしているとき、相手側弁護士からは「あなたにも落ち度が」というようなことを言われたが、駅から降りて、まっすぐ家に帰る私に何の落ち度があったのか。「あなたは女性ですよね、弁護士という仕事でしょうからわかりますが、落ち度とはなんでしょうか」と。
ものすごく、憤る中で悲しみであるとか屈辱をはるかに超えた、処罰感情を向けることしかできない。
いまでも、加害者が死んだから、この事件が終わったなんて思っていない。
絶対に終わるわけがない。私が、死ぬまで忘れることはないだろうし、
加害者が死んだことで忘れられるものならば、忘れているのだ、とっくの昔に。

年齢が増すにつれて、もうあの日のような幸福を取り戻すことは難しいのかと思ってしまう。消化試合のように生き、来世があるとは思わないけれど来世に期待というような諦めがある。
法の元にはすべての人間は平等であるというのは、紙の上の話であって、実際には紙の上でしかない。その不条理を条理にすることは生きている間に、できることだろうか。

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