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性的同意年齢が13歳の意味

以前、私の住んでいる県の薬剤師会の要職についている方に

「子宮頸がんワクチンの接種年齢はどのように決めたのですか、何かエビデンスがあるのですかね」と聞いたことがある。

返ってきた言葉は「少なくとも、子宮頸がんワクチンの接種年齢に関して女性が会議には参加していない。殆どの男性が「いつ初めての性行為を持つか」と言うことが分からずに議論をしていたら、ある男性が「おそらく、小6くらいで恋人ができるっていうから、その前後くらいでいいんじゃないか」と言うような言葉で現在の年齢に決まったんだよね」と言うことを言っていた。これと言った、エビデンスがあるわけではないと。

現在、性的同意年齢が13歳なのは明治時代に決められた年齢から変わっていない。そこにまず大きな疑問が残る。明治時代の結婚年齢や初産の年齢、寿命などと現代の上記部分は大きな乖離があるのである。お隣の国は最近まで13歳だったのを16歳に年齢を上げている。

日本の司法に柔軟性がないということはみなまで言うなと言うところだけれども、仮に望まない性行為を持った場合、13歳の義務教育中の子どもがどのような暴力や脅迫を用いられたのか、なぜ抵抗できなかったのかと言うことを証言する必要があるし、そこには根拠を添えて整合性の取れる証言をしなければいけない。この部分に関しては性被害に遭った成人ですら難しいことで、根拠を添えて整合性のとれる証言をするというのは精神的にも肉体的にも負荷が大きくかかるのである。もしも、それだけ証言をしても不起訴になったりすることだってあるだろう。

13歳の時の自分を思い出すと「性交渉」と言うものの意味の深さと言うものをロジックに説明できるほど性成熟していなかった、ただ保健体育で習うような程度の知識しかない。そこに「したくないなら、しない。拒否を貫く」と言うことは教えられていないし、では仮に「望まない性交渉を強要された」と言うことが100歩譲って分かったとして、妊娠の恐怖を感じてアフターピルをもらいにいけるのか、その費用が捻出できるのか。もしも、生理が来ない=妊娠したかもしれないということを分かっていたとしても、妊娠検査薬を買うこと自体がすごく高いハードルなのだ。

性交渉の意味と言うものをあまり理解していない場合が13歳では多いだろう。直近まで小学生であるし、教員であるとか立場のある人に褒められたり、相談をして自分の苦しみを理解してもらえたという経験があったら、先生がいうことやすることが「悪いことなわけがない」と思い、性行為に流れてしまうこともあるだろう。その時には「性被害」にあったということは思わなくても、自身が成人し性成熟やグルーミングやエントラップメントだったと認識したときに「これって、先生がひどいことをしたんだ」と思っても、刑事訴訟や民事訴訟の公訴時効は過ぎている。しかし、あまりにおかしいことで納得がいかない。
やったことに対しての被害者が腑に落ちる真実の回答など無いのだ。教師などにしてみたら、意識無意識を別にして明らかに立場を利用して犯行に及んでいるけれども「悪いことをした」と言うことは思っていないことがほとんどなのだろうと思う。

13歳という年齢がなぜ100年たった今でも変わっていないのかである。それは様々な法律にも当てはまるが、時代は移ろい変わっているのだ。13歳の子どもが意味も分からないけれど「したいならいいよ」と言ったら、相手側を罪を問うことが難しくなるのではないだろうか。

性的同意年齢が13歳ならば、なぜ教育委員会などは教師の性犯罪という所謂、不祥事と言葉を濁したようなことを処罰しているのかと言うところに矛盾を感じる。刑事罰に問うとしたら「構成要件を満たすような脅迫や暴行」を根拠を示して説明しなくてはいけない。少なくとも、13歳で「性行為の意味、それによるデメリット」を考えて応じているケースはごく一部であろうと考える。13歳のままであるということは、一部の加害者にとっての利益になることもあるではないか。

もしも、13歳で妊娠や性感染症に掛かってしまった場合、どれだけの負担をその子どもが被るのだろうか。男児であっても性被害に遭うことはあるし、妊娠に限ると女児に限られるが、その精神的、肉体的負担についてはすべて、13歳の子どもが「妊娠って何だろう」と言うあやふやな状態で、身体に不安や傷を残すのである。

なぜ、法律が変わらないのかというところだ。絶妙に13歳と言う年齢で罪に問いたければ・・・と言う部分が姑息に感じてしまう。自身が性交渉をマインドコントロールの様相の下でしてしまったとしても「周りの大人に助けを求められる」子どもはどれだけいるのだろうかということだ。そのうえ、13歳で妊娠などをした場合「なんであなたはこんなことしたの」と叱る親がほとんどだろう。「あなたは悪くない」と言える親がどれだけいるだろう。

13歳の子どもが年上の年齢の人に恋することがあるかもしれない。その恋心を利用して、性的搾取をされたとしても、その時点では被害に気付くことがなく大人になってからそのすべての事実を知った時、正気を保つことも難しいくらいに悲惨な気持ちになるのだろう。中には精神疾患を患ってしまう人もいるかもしれない、そして、「なんであの時わたしは拒否しなかったんだろう」と責める人がほとんどで、「自分には価値がない」と自傷行為に及んでしまうことだって十分に考えられる。仮に13歳ならわかるでしょと言う考えなのかは定かではないが、その時「いいよ」と同意したとしても、そのいいよと言うことがどれだけの理解の元の発言かは分からないのである。少なくとも私が担任から性被害を受けていた15,6歳の頃ですら性行為を否することはなかったし、大事に思ってくれていると初めて信じた大人であったし、それに全幅の信頼を置いている教師が誤ったことをすることはないという気持ちであり、グルーミングやエントラップメントが存在していたからだと考えている。

13歳で性行為を持ったとして、その時に意味はよく分からない。となり、25歳などで「あれはとんでもない人権侵害の性被害だ」と気づいても、何もできないという現実なのだ。私は性的同意年齢は少なくとも18歳にするべきだというように思っている。それが不可能であれば、13歳に受けたそれ以前に受けた性被害を「性被害だった」と認識したときに時効が権利の行使を妨げることがないように、その部分の時効撤廃であるとかは必要ではないかと思う。なぜ、悲しいことを13歳の子どもが当たり前に受け入れられ、全てを理解しているかのように思いあがって法を変えないでいるのかと言う、日本の構造自体に謎があるのである。

13歳の子どもの精神発達は発達が早い子もいれば、遅い子もいる。その部分は一切排除して、「ま、13歳まででいいでしょう」と変えない人たちは、自分の子どもがそのような立場になった時のことを一切考えないのか。バイアスが働いているのか何かは分からないけれども、一人でも被害を減らすためには、様々な専門家との会議が必要である。14歳になると刑罰に問えるから・・・と言うことを言う専門家もいるが、「刑罰に問えることとと性的同意年齢」がどう結びつくかは私の理解力の乏しさからなのか、ひとつも理解できない。

そもそもが13歳が就労できないのに、なぜ性的同意年齢では13でいいのか。そこを結びつけること自体が間違っているのかもしれないけれども、少なくとも13歳で性被害に遭ったから整合性のある根拠をもった証言が出来る子どもがどれくらいいるかである。もしも13歳の子どもが性被害にあったとすべての13歳の被害者が証言できるなら、成人した全ての性被害者は証言出来て当たり前ということにならないだろうか。年齢関係なく、言うこと自体が被害になりうるということを考えると、子どもを守るためにも年齢について精査する必要があると思う。


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