【骨格ボディーメイクセラピストを始めた経緯】
小学生の時に学芸会で「ライオンキング」をやることになりせっかくなら本物も見に行ってみよう!!
とお友達家族と共に劇団四季の「ライオンキング」を見に行った。
ドアが閉まっただけなのに夢のような空間が広がって
リアルな人の熱量を感じられて空間ごと動いてるような小学生だった私は全てを持ってかれて
あの舞台に立ちたい。私もミュージカルをやりたい!!!
って夢に向かって奮闘する日々が始まった!
中学生の頃はひたすらバレエ、
高校からは劇団四季の浅利慶太さんが作ったと言われる
ミュージカル科がある高校に進学し、朝から晩までお稽古づめ!!
人生で最後だからと高3で四季と宝塚を受けるも2次試験で敗退。
滑りどめで受けていた桐朋学園芸術短期大学のミュージカル科に進学するも、家庭の事情などがあり中退し、
そのストレスや精神面からなのか、
20歳の頃ある日突然首が動かなくなったのをきっかけに、
そのまま首から坐骨まで硬直して動かなくなり、首にギブスをつけなきゃいけない日々始まった。
牽引も通ったしカイロも通ったし、ありとあらゆる施術を受けても改善しなくて2年近くはギブスをつけてた気がしてる。
ミュージカル女優になりたくて、
お稽古に通ったり日々魅せられる自分づくりをしてきてたからそのギブス生活が始まって、筋力も、可動域も全てが失われていくし、身体のラインも自分の身体なのに自分の身体じゃなくなっていく。
鍛錬していた体から衰えてしまう自分を受け入れられなくて、気がついたら自分の容姿が嫌いで自信を失ってた。
身体も思うように動かないけど、舞台には近い仕事がしたい!
という思いでその後はヘアメイクの道に進み、某外資化粧品会社に入社し、大好きだったミュージカルに出られてる方々の指定メイク道具にもなっていたことから
関われることはとっても楽しかったが、
背骨への違和感はずっと消えず、可愛いお姉さんたちに囲まれてお客様からも憧れられるような美容部員というお仕事なのに、
劣化していっている自分と可愛いスタッフと…って
自分の一番輝いていた時期があったからこそ
顎が前にで始めたんだろう。なんで目から下の顔が長くなったんだろう。
なんで大転子が出っ張り始めたんだろう。脚もっと長かったはずなのになんで短くなったんだろう。
いつからこんなに背中が大きくなったんだろう。
毎日自分を見れば見るほど、劣化していく自分が大嫌いになり、写真を撮られることも写真に映ることも嫌いだった。
本当に本当に自分が嫌で仕方なかった。
でも30歳を超えたある日「なんで30歳超えたのにそのスタイルキープできるの?」って聞かれたことがあって。
確かに、なんで特に何もしてない割には他の人ほどの大きな体型の悩みはないな。って思った時に
人と何が違うのかを勉強してみよう!って自分は自分を受け入れられてないけど、人のためになるなら!って気持ちで
自分と他の人は何が大きく違うのかを調べ始めたら行き着いたのが骨格だった🦴
骨格について調べていくうちに目に飛び込んできた
『背骨が主役で、手足は脇役』
20代背骨が動かなくて痛みと闘ってきた私には目から鱗の言葉だった。
骨格ボディーメイクを考案したお二人の投稿を見れば見るほど
だから私の身体はこんなふうに劣化してしまったのか。
ずっとずっと今でも背中に木材でもついてるのかくらい硬いけど、
これなら私が長年悩んできた悩みが解決できるかもしれない。
そしてみんなが悩んでる悩みも解決できるのかもしれないと思い
骨格ボディーメイクを学び始めました⭐️❣️
スタイルがいい!とか細い!とかモデル体型が羨ましい!とかよりも私は
どんな体型だろうと一番大切なのは、
“違和感のない身体”“自分の思い通りに動く身体”“心地よい身体”
だと私は思うし、
なりたいと思う体型は自分を表現するための選択肢の一つだと私は思ってるので、
多くの人に骨格ボディーメイクメソッドを通して自分の身体史上一番心地よい身体。心地よい人生を送っていただくお手伝いができればと思いはじめました🙂↕️💓!
これから私自身も、骨格を大移動させていきながら、お客様にもしっかり効果がある施術をしていけるよう役に立つ情報を発信していけたらと思います👙💗
#骨格ボディメイクセラピスト #骨格ボディメイク#骨格メソッド#背骨が主役手足が脇役#骨格大移動