偶然のアフォーダンスは強力なシグニファイアとなり得る
はじめに
ドン・ノーマンは著書『誰のためのデザイン? 増補・改訂版』の25ページにおいて、「偶然のアフォーダンスは強力なシグニファイアとなり得る」と述べています。本の中の例では、ある大学の階段の踊り場にある安全のための「壁」の上に平らな部分があり、そこに飲み物の容器が捨てられている状況が挙げられています。この「壁の上が平らである」という特性は、物体を支えることをアフォードします。そして、誰かがそこに飲み物の容器を置いていくことで、その行為が累積し、「ここに物を捨ててもよい」というシグニファイアとなるのです。
アフォーダンスやシグニファイアの詳細については、先行するさまざまな文献に委ねるとして、ここではその雰囲気を簡単にお話ししてみましょう。
アフォーダンスとシグニファイア
生き物にはそれぞれ、知覚システムや身体システムに基づいた特有の可能性があります。一方で、モノ(環境)にも素材のもつ特性や肌理といった「可能性」が存在するのでしょう。アフォーダンスとは、この生き物が持つ可能性と環境が持つ可能性との間に生じる関係性を指します。生き物がそれに気づくかどうかに関わらず、環境の側にはそれらのアフォーダンスが存在し、生き物と環境の関係性によってその現れ方が変わってくるのです。
たとえば、先ほどの「壁」は、上部が平らであるため、物体を支持・保持するアフォーダンスを提供しています。これは人間に限らず、猫のような生き物にも該当するでしょう。猫の場合、その平らな部分を歩いたり寝たりすることが可能です。このように、生き物の固有の知覚システムによって、環境のアフォーダンスの中で知覚されるものも変化します。
人が環境からアフォーダンスを知覚すると、必要に応じて環境に働きかけるようになります。その働きかけが軌跡として積み重なることで、またはその働きかけを誘発するサインとして可視化や具象化(タンジブル化)されることで、人が環境を能動的に利活用できるようになるのです。こうしたサインを「シグニファイア」と呼びます。そして、こうしたシグニファイアをデザインとして意図的に形作ることが、デザインの本質と言えるのではないでしょうか。
偶然のアフォーダンスは強力なシグニファイアとなり得る
冒頭の「偶然のアフォーダンスは強力なシグニファイアとなり得る」というメッセージは、デザインの着想をより実世界に密着したものにするための手がかりを与えているように思います。たとえば、踏み固められた「けもの道」は、そこが生き物が通ることをアフォードしていたからこそ生まれたものでしょう。その結果、累積された行動の跡が「けもの道」という形で可視化されるのです。こうした累積的な行動を意図的な行為としてデザインに表現することこそ、冒頭のメッセージが意味するところではないでしょうか。
ある日街を散歩していると、その日はゴミ収集の日でした。すると、玄関の門扉にゴミ袋をひっかけたり、門扉の下にゴミを挟んだりしている様子を目にしました。門扉の形状がゴミを保持するアフォーダンスを提供し、その重さがゴミを風で動かないようにするアフォーダンスも備えています。もちろん、門扉自体はゴミを捨てるための道具ではありませんが、こうした偶然のアフォーダンスを手がかりに、デザインの力でそれをシグニファイアとして表現することも可能でしょう。
世界を「見る」と発見がある
世界を観察すると、こうした興味深い手がかりが至る所に見つかります。
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