丸肉

 子どもの頃からジンギスカンはよく食べていた。
 私の生まれ育った地域のジンギスカン(あえて「鍋」はつけない)は、味付き肉である。

 北海道では、味付き肉のジンギスカンと焼いたあとにタレを付けるジンギスカンと、2つのジンギスカンがある。滝川を中心とする地域は前者で松尾ジンギスカンが代表格、札幌など残り大部分は後者でビール園のジンギスカンが(昔は)代表格だった。
 道外の人が北海道に観光に来て札幌で食べるジンギスカンは後者のタレ後付けタイプである。最近は国産生ラム肉のヘルシー志向高級ジンギスカンが主流みたいで、安いマトンをメインにビールで流し込むのは流行らないらしい。

 と、ここまでで、「味付き vs タレ後付け」と「生ラム肉 vs 冷凍輸入マトン」と対立軸が2つ出てきた。ここでタイトルの「丸肉」を説明する。

 たぶん北海道のジンギスカン創生期は羊毛を取った羊を潰して(食肉用に屠殺して)枝肉として取ったものなので、独特の匂いがするマトンだった。多すぎる脂をいくらか外したり筋を取ったりすると肉が小さくバラバラになる。(そのままでも食べられるが)、これをハムの原木状にまとめ(固め)、一定の厚さにスライスした直径15センチメートルくらいのものを、その形から「丸肉」という。安い肉だけど成形してあるので立派に見える。昭和の時代に北海道の家庭で食べられていたのは丸肉が多かった。
 この丸肉をそのまま焼いて食べるか(ビール園方式)、タレに漬け込む手間を掛けて食べるかで、北海道民は2つの派閥に分かれる。私の子どもの時は後者だったが、市販の味付け肉は割高だったし地元スーパーでは扱っていなかったのと、タレに漬け込んでいるため400グラムの袋で実質的な肉の量が300グラムを下回り馬鹿らしかったので、自宅で丸肉にタレを掛けて漬け込んでいた。
 味付け肉は、臭いマトンを美味しく食べるための工夫なのだが、準備に時間がかかるため、急いで食べたい客と手間を掛けずに提供したいビール園の思惑が一致したものが札幌方式であるといえる。

 「味付け肉のほうが美味しい」「札幌方式はただの焼き肉じゃねえか」と私は思うのだが、味付け肉には重大な欠点がある。それは、「煙が多い」「部屋や服がとても臭くなる」ことだ。あと焼いているうちに味が辛くなったり、鍋が焦げ付いて後片付けが大変だったり。砂糖や醤油や香辛料や、いろいろなものを入れたタレが焦げるのだ、そりゃあ、煙が出るし臭くなる。家の中では差し障りがありすぎてできない。外でじゃないと、安心して出来ない。ああ、車庫が欲しい。

 そしてふと気がつくと、丸肉は絶滅状態だった。スーパーなんかでは味付き肉しか売っていない。丸肉が扱ってなかったり、隅っこにちょこっとある程度だったりする。子どもの頃から札幌方式に慣れている人が、今では家で丸肉ジンギスカンを食べられないなんて惨劇が起きる。台所の換気扇を回して、フライパンで野菜と肉を焼いて皿に盛り付けて……って、もうジンギスカン「鍋」じゃ無くなっている。もしかしてこの状態で、Uber Eatsでデリバリーされてくるのか?

 なので最近、味付け肉の焼き方の主流は、ジンギスカン鍋やプレートにもやしを敷き詰め、その上に肉を(鉄板に触れないように浮かせて)並べて蒸し焼きにする。こうすると肉が柔らかいまま焼け、味が辛くなることもなく、野菜に味が染み、なべやプレートを焦げ付かせない。すると、鋳物のジンギスカン鍋は必要なく、フライパンや一枚198円のジンギスカンプレートで済んでしまう。屋内でジンギスカンをやらなくなったことも相まって、北海道の家庭での鋳物のジンギスカン鍋は絶滅危惧種である。一家に一台たこ焼き器がある大阪の家庭が羨ましい。

 丸肉を焼くなら溝のある鋳物のジンギスカン鍋でないと張り付くから、焦げ付いて張り付いて上手く焼けないんだよ。

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