Complicated/Heavens to Betsy 【歌詞和訳】
《Riot Grrrl》を知っているか
「ライオット・ガール」は1990年代初頭にアメリカのワシントンから登場した音楽ムーヴメントだ。「Grrrl」の単語は「Girl(女の子)」に「Grrr(動物の唸り声)」を掛け合わせたクールな造語。ガルルルじゃなくて、ガールと読んでいいみたい。90年代当時、ライオット・ガールはその唸り声と共にフェミニズム思想を世間へ響かせた。
ハードコアな音を追求するあまりマッチョな雰囲気が蔓延し、性差別や暴行事件までもが横行していた当時の情けないパンク・シーンにおいて、立ち上がったライオット・ガールたちの歌声は新鮮な残響を残した。パンクで、アンダーグラウンドで、サブカルチャーで、フェミニズム。それがライオット・ガールの運動だ。
しかし当時の日本はこれを一過性の流行だとしてかなり軽く受け流してしまったようで、ネット上を見渡してもライオット・ガールに関する日本語の文献は非常に少ない。Wikipediaを覗いてみても、ビキニ・キル以外のバンドはそもそも日本語の記事すら存在しない状態だ。今回はライオット・ガールの運動が生んだ名詩を和訳することで、少しでも日本のライオット・ガール文献の拡大に貢献したいと思う。
概要
ヘヴンズ・トゥ・ベッツィーは、ギターボーカルのCorin Tuckerとドラムス(ときどきベース)のTracy Sawyerからなる2ピースバンドだ。日本ではかなり知名度が低いけれど、ライオット・ガールのムーヴメントについて語る上では欠かせない存在。
中学校で出会って以来、事あるごとに「バンド組もうよ!」との冗談を飛ばし合いながら遊び回っていた二人の少女は数年後、実際にバンドを組むことになる。1990年の夏、二人はTuckerの実家で練習を始めた。Sawyerは100ドルで買った中古のドラムセットを、Tuckerは父親が手作りしたギターを手にして。
1991年にデビューし、1994年に解散していると書いたら驚くだろうか。二人が楽器の練習を始め、ビキニ・キルやブラットモービルといったライオット・ガールの先駆者に影響を受け、実際にブラットモービルと同じステージに立つまで、たったの約1年だ。それから解散まで、たったの3年だ。決して長くはなかったライオット・ガールのムーヴメントの中でも、特に短いバンド人生である。風のように駆け抜けた3年間だったことだろう。解散は、二人の関係にビジネスが絡んで上手くいかなくなったことが原因だったとか。
今回紹介する曲「Complicated」は、彼女たちにとって唯一のスタジオ・アルバム『Calculated』(1994)に収録されている。気怠く優しいコード進行にのせて、反抗と青春に生きる少女の複雑(=complicated)な心境が歌われる。背伸びせず、唸り、叫ぶ歌声が印象的だ。言葉選びも抽象的で、詩の宛先である相手については性別すら分からないけど、それが彼女の愛したひとであることだけが確かだ。
歌詞和訳
I don't know how to be good to you
You're too close and you know it too
Nobody has a good enough excuse
I'm just fucked up and so are you
どうやって優しくすればいいかわからない
私たち近すぎるの、あんたも分かってると思うけど
ちょうどいい言い訳なんかどこにもない
失敗したの、わたしもあんたも
I love you so much, you could hurt me
So I do it first, so you won't see me
Laugh it off and I don't feel it
Hard as rocks and nails underneath
傷つくくらい愛してるから
先手を打ったら、あなたはもう会ってくれない
笑い飛ばしてよ、感じないから
地面の岩か釘かみたいに固いの
Hardly anyone is sincere
All I know is anger, that is real
I barely know how true goodness feels
I don't even know how to feel
正直な人なんかいない
怒りしか感じなくて、それだけがリアル
ほんとの誠実さがどんなものか知らない
もう感じ方すらわからない
I know I built walls all around
I'm begging you to knock them down
But yours are just as big and mean as mine
Tight defenses and we draw the line
周りに壁を作ったのは私だけど
あんたに壊して欲しくてせがむ
でもあんたの壁も私のみたいに大きくて凶暴で
厳重な防御で私たちは線引きする
If you want to go, just go, just go, just go, just go
And I'll watch you walk away
If you want to go, just go, just go, just go, just go
And I'll watch you walk away
I'll die if you go, just go, just go, just go
And I'll watch you walk away
あなたがどうしても行きたいなら
その背中を見守る
あなたがどうしても行きたいなら
その背中を見守る
あなたが行くなら私は死んで
それからその背中を見守る
Oh, stop everything
Oh, stop all of these fucked up games
Oh, promise me we'll be good to each other
Promise me, I need it signed, sealed and delivered
Oh, stop everything
Or my heart will break
Oh, my pride isn't worth it
Help me, this is hurting
もう全部やめて
もうこんな退屈なゲームもやめて
お互い優しくするって約束して
約束して、署名もして、切手も貼って送って
もう全部やめて
やめてくれなきゃ苦しい
私こうなるべきじゃないよ
助けて、こんなの痛いよ
If you want to go, just go, just go, just go, just go
And I'll watch you walk away
I'll die if you go, just go, just go, just go
And I'll watch you walk away
あなたがどうしても行きたいなら
その背中を見守る
あなたが行くなら私は死んで
それからその背中を見守る
Oh, Supergirl
She isn't real
I thought I could fly alone
But I can't even get off the ground
スーパーガールなんて
本当はいない
ひとりで飛べると思ってたけど
起き上がるのも無理みたい
I don't know what else to say
I don't want to push you away
And I need your help today
I can't get off the ground today
他に何言えばいいか分かんない
あなたを避けたくなんかない
あなたに助けてほしいよ今日は
起きる気にもなれないから今日は
歌詞考察/最後に
少女は詩の中で、"You"に対して痛切に語りかける。個人的にはこの詩が、Tuckerから唯一のバンドメンバーであるSawyerに宛てられたもののような気がしてならない。
似た者同士であるが故にすれ違い、互いに壁を作り、その果てには相手と永遠に離れてしまうかもしれない……。「ふたり」が「ひとり」になることを心底恐れる少女の心境が、言葉のなかに表れている。
まあ、本当のところは分からないけれど、ヘヴンズ・トゥ・ベッツィーの短い活動期間やその解散理由を知ると、どうも憶測せずにいられない。抽象的ながら赤裸々に想いを綴るこの詩が、詩人にとっての最後の望みであり、些細な抵抗だったんじゃないか、とかね。1993年に収録されたこの曲は翌年発表され、その年に二人は解散してしまう。『Calculated』はヘヴンズ・トゥ・ベッツィーにとって最初で最後のアルバムとなった。
パンク・シーンでフェミニズムを武器に戦った二人のライオット・ガールは、当時の女の子たちにとって眩く輝くヒーローだったことだろう——まさに「スーパーガール」と同じように。しかしそのスーパーガールも、本当はひとりでは飛べなかったし、地面から起き上がれなかったみたいだ。ヒーローの嘆声は30年後の現代においても、未だに新鮮に響く。
余談ですが
筆者がこの曲を知ったきっかけは、10年前に発売されたインディーゲームの名作『Gone Home』である。アメリカの山奥にある薄暗い屋敷を探索して、そこに住んでいた家族の物語を間接的に発見していくというコンセプトのゲームだ(画面を見るとホラーゲームのように見えるが、全く違う)。
このゲームではライオット・ガールのムーヴメントがひとつの重要な要素になっており、90年代当時を青春と共に経験した少女の生活や心境がリアルに描き出されている。比較的サクッとプレイでき、読後感も良いゲームなので気になった方は是非。PCやPS4、Nintendo Switchなどで遊ぶのがおすすめだけど、アプリもあるのでiPhoneや iPadでもプレイ可能。調べてみて。