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【AZアーカイブ】使い魔くん千年王国 第九章&第十章 決闘

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【第九章 決闘(前編)】

さて、おまちかねのギーシュとの決闘であるが……
「準備って…あ、あんた『悪魔使い』だったわね。ひょっとして、あ、悪魔を呼び出すの!?」
ルイズは期待と不安が半ばする目で松下を見る。
「いや、悪魔はこんな短時間で呼び出せるような代物じゃないさ」
「そ、そう。そりゃそうよね…」

魔法陣を作っておけば悪魔召喚は可能だが、まず作るのが大変だ。線を書くには1センチに一声ずつ「エロイムエッサイム」を唱えなければならず、中央の三角形は絞首台からとった三つの鎖で作り、打つ釘は車裂きの刑やその他おそろしい刑に処せられた、昔の犯罪人の額に突き刺した釘でなければならない。魔法陣の内の線に指一本でも入れると、その人はズタズタに寸断されてしまう。

さらに太陽が地平線から登るまでの間に呪文を唱え、大気の生霊を地獄から呼び出して、地水火風のはげしい変動に耐えながら大きな力で引きずり出し、湧き上がる魔法陣の中へ誘導せねばならない。魔法陣の周りにせめて3人、生霊を呼び出すのに最低1人の魔法使いが必要なのだ。単純に手駒が足りない。

それに、運良く悪魔を呼び出せても、従わせるのは難しい。奴らは強欲で報酬がないと何もせず、契約するときは召喚者をペテンにかけて何千億円もふっかけ、尻の毛一本残さずむしり取ろうとする。『ソロモンの笛』のような魔法の道具があれば交渉を有利に進められるが、絶対服従というわけではなく、隙あらば裏切ろうとする。

これだけリスクがあっても呼ばれるのは、奴らの魔力が非常に強くて眷属も多く、現代の地球で言えば戦略核兵器か連合艦隊クラスの破壊力があるからなのだ。

以前松下が召喚した悪魔は「ケチでガメツくて演技がうまい」だけの小悪魔にすぎなかったが、持ち前の才覚によって財界でのし上がり、一代で国を動かすほどの大企業グループを作ってしまった。あの石油王サタンも悪魔の子孫で、250年もの間生き続けた魔法使いだった。

大体そんな大量破壊兵器をあんな馬鹿貴族にぶつけるのは、あまりにも馬鹿馬鹿しい。この世界でも松下のオカルト魔法は使えるようなのだが、油断してボコられるのは避けたいし、あんまり派手なことをしても目立ちすぎて、『世界統一・千年王国建設計画』遂行の下準備がやりにくくなる。さじ加減が難しいのである。

「うむ、ではこれで行こう。今から言う物を持ってきてくれないか」

ヴェストリの広場にて。松下とルイズがようやく決闘の場に到着した。
「よくぞ来た! 随分遅いから、てっきり逃げたものかと思ったぞ!」
「準備に手間取ってね」
「命乞いの準備かい? 殊勝なことだ」

そういうギーシュは、左耳に痛々しい包帯を巻いている。あの後、騒ぎを聞きつけたモンモランシーがギーシュを見て悲鳴をあげ、泣きながら水の治癒魔法をかけたおかげで、左耳はどうにかつながったらしい。ついでに二人の仲もつながった。やなキューピッドだ。

「ではあらためて諸君! 決闘だ! 僕の名はギーシュ・ド・グラモン。二つ名は『青銅』だ!!」
芝居がかった名乗りに歓声が上がる。学院内は娯楽に乏しいのだ。
「ルイズ・中略・ヴァリエールの使い魔、松下だ」
「御主人様の名前を略すなッ!」
今度は失笑が上がる。

「ははは、御名乗り感謝する。勝負は、どちらかが『降参』と言うまで! ところで使い魔のマツシタくん、僕は誇り高いメイジだ。決闘にも魔法を使わせてもらうが、かまわないだろう? この薔薇の造花の『杖』を手放したら使えなくなるから、これを奪ってもきみの勝ちとしよう」
このギーシュ、激昂してはいても案外紳士的だ。子供が相手で見下してもいるのだろう。

「よかろう。ただ、ぼくも魔法使いなので魔法を使わせてもらうよ」
松下が短い樫の木の杖を取り出した。観衆がざわつく。

「ほう、この勝負はおもしろくなりそうだぞ」「ハッタリじゃないか?」「お前、どっちに賭けた?」

「な、なにい? ええーい、行け『ワルキューレ』!」
ギーシュが薔薇の造花を振り、舞い散る花びらから青銅のゴーレム・ワルキューレを造り出す! 世紀の対決の勝敗やいかに!!

「お二人とも、お話は終わりましたでしょうか? 教師からの報告が来ております」
「ああ、入りたまえミス・ロングビル」
オールド・オスマンは美人秘書を呼ぶ。「何事だね?」
「ヴェストリの広場で、生徒たちが騒ぎを起こしているようです」

「騒ぎとな」「どうやら『決闘』をしているようです。暇な教師連中も賭けに加わっている始末でして」
決闘は学院内では禁止しているはずだが、時々違反する馬鹿どもがいる。プライドが高く血の気の多い青少年ばかり集まっているのだから、少々の喧嘩は日常茶飯事だ。

「やれやれ、暇を持て余した貴族ほど面倒なものもないのう。で、誰と誰がやりあっておるんじゃ?」
「一人はギーシュ・ド・グラモン。例のグラモン元帥のご子息です」
「そりゃ、理由は女の取り合いに決まっとるな。もう一人は誰かね?」
「それが……ミス・ヴァリエールの使い魔だそうです」

オスマンは、コルベールと顔をあわせる。さっき話題にしていた当人ではないか。しかも『虚無』絡みかもしれないという、いわくつきの。
「一部の教師達は、騒動の鎮圧のために『眠りの鐘』の使用の許可がほしいとのことですが……」

その音を聞いたものを眠らせる魔法の道具だ。確かに、騒ぎ立てる奴らを傷つけずに止めるにはいいのだが……。
「いやいや、子供同士の喧嘩に、わざわざ大人が出向くこともあるまいて。使用許可は出せん。決闘は放置するようにと伝えよ」
「はあ、分かりました。そのように伝えます」

「よろしいのですか?」
「なに、良い機会じゃよ。彼が伝説の『ヴィンダールヴ』か否かを確かめるためのな」
オールド・オスマンは『遠見の鏡』を使った。ついでに使い魔のハツカネズミ『モートソグニル』を現場に向かわせ、鏡では見えにくい角度での偵察を行わせる。

青銅の女戦士・ワルキューレが松下に襲い掛かる! がらんどうで細身の体は意外に素早く、松下を広場の隅や壁際へ追い込もうとする。
「ははははは、鬼ごっこかい? マツシタくん。安心したまえ、そんなに痛めつけはしないさ」

魔法の戦闘は様々であるが、人は寝ていない限り戦いには何らかの道具を用いる。『魔法使い』はその道具を素早く敵を倒すものに変形させて応酬し、相手の力量と弱点を見抜き、相手がそれを変形させられないような決め手を出して勝敗をつける。これには幻術や錯覚も有効なのだが……。

松下は一枚のタオルを、さっと上空に放り投げた。見る間にタオルの端は鋭い刃物のようになり、ギーシュの手元へハヤブサの如く襲い掛かる!
「くっ?! うわっ」とっさにタオルを払いのけると、それは変化して毒蛇になり、ギーシュの腕に絡みつく!
「ひいっ」ギーシュが怯んで毒蛇を振りほどくと、それはタオルに戻った。幻術だ。だが、これでワルキューレの動きが止まった。

松下が樫の木の棒に魔力を込めて投げつけると、雷神の聖木である樫の木から稲妻が発せられ、正面にいたワルキューレを貫通、破壊する。
「ま、魔法だっ」「なんだあれは? なんの系統だ?!」
系統魔法ではなく、一種の自然魔術(妖術)だ。この世界では『先住魔法』といえるだろうか。
「な、なかなかやるじゃないか。そうでなくてはね!!」
ギーシュは焦りつつ、新たなワルキューレを創造する。

「杖をわざわざ投げ捨てるとは、何を企んでいるんだ?」
もっとも松下は杖がなくても魔法が使える。油断したギーシュにもう一枚、
今度は低めの角度でタオルを投げつける。
「同じ手には二度もかからんよ!」
ギーシュは『錬金』をかけて、刃物と化したタオルを『砂』に変えた。
しかし勢いのついたままの『砂』は、少しギーシュの目に入る。
「くっ、卑怯な!!」

目まぐるしい戦いに、観衆は大喜びだ。賭けの胴元をしているキュルケも大喜びだ。その傍にいる青い髪の少女は、無表情のまま戦いに見入っていた。

その隙に、松下は地面にオリーブ油を注いで手早く呪文を唱え、人の腕のような形をした草を生えさせる。草たちはギーシュやワルキューレの足を掴み、地面に引き倒そうとする!

だが、ギーシュは四体もの武装したワルキューレを同時に創造し、草を切り刻んだ!!
「むむっ」さっき破壊したのとあわせて、六体。そんなに青銅戦士を作れるとは、少し意外だった。しかし、松下の背後からもう一体のワルキューレが蹴りを放つ!「ぐわっ」
「僕が作れるのは全部で『七体』だ……この『青銅』のギーシュをあまりなめるな!」

【第十章 決闘(後編)】

松下はぽーんとワルキューレに蹴り飛ばされ、観衆の中へ落ちた。
「マツシタ! な、なんてことを」
ルイズが駆け寄ろうとするが、興奮した観衆が邪魔で近づけない。
「もう! どきなさいよッ!!」

(油断した……まだ術策はいくつか用意してあるが、ギーシュと六体もの武装した青銅甲冑人形を一人で一掃するにはやはり力不足だ。ぼくの作った『電気お守り』があれば、奴らの『霊波』を攪乱・遮断できるのだがな。となれば、ギーシュの『杖』を狙うか)
ダメージはたいしたことない。しかし作戦は練り直す必要がある。

ふと這いつくばっている地べたを見ると、ハツカネズミがいる。そして松下の『右手』が、ネズミの尻尾を偶然押さえつけている。振り返ると女子生徒のスカートの中が見えた。

「な、なに見てるのよ! ギーシュに叩きのめされちゃいなさい」
おお、彼女はさっきのモンモランシーではないか。松下を非情にも蹴り飛ばすが、彼の手にはハツカネズミと、黄色に黒い斑点の蛙、モンモランシーの使い魔『ロビン』が握られていた。

「ちょ、ちょっと! 人の使い魔を盗むなんて、恥知らず!返しなさい! 返しなさいったら!」
ネズミと蛙を手にした松下が、ギーシュとワルキューレらの前に降り立つ。
「おやおや、我が愛しのモンモランシーから使い魔を取り上げるとは。人質のつもりかい? 彼女のためにも、すぐにきみを叩きのめさなくてはいけないじゃないか」

ギーシュは余裕綽々だ。松下はネズミと蛙に何事かを囁くと、魔力を込めた皿に各々を乗せた。そしてネズミを学院の中へ、蛙を反対方向の草むらの中へと投げ入れる。
「きゃあ、ロビン! 帰っていらっしゃい、私のロビン!」
モンモランシーは蛙を追って、草むらの中へ駆け出した。
「何のつもりだ? まあいい、きみを叩きのめす予定に変更はない。行け、ワルキューレ!」

ギーシュは護衛用に二体を残し、四体を松下の周りに配置させる。手には槍や剣を装備しており、ガシャガシャと音を立てながら松下を取り囲むと、一斉に武器を振り下ろした! 松下は無言で身を屈め、ワルキューレの股下から脱出する。
「くそっ、チョコマカと!」
しばらく鬼ごっこが続くうち、観衆の中から悲鳴が聞こえてきた。

「な、なんだよ突然叫んだりして…びっくりしたなあ」
「だ、だって!! あ、足元を見てよ!」
「え……うわあああ?!?」

『蛙』がいた。黄色に黒い斑点の小さな蛙が、向こうの草むらから、足元の地面を埋め尽くすほど無数に!

「「「うわあああああああああああああああああああ!!!」」」
「「「きゃあああああああああああああああああああ!!!」」」

"主はこう言われた。「わたしの民を去らせ、わたしに仕えさせよ。もしあなたが去らせることを拒むならば、わたしはあなたの領土全体に蛙の災いを引き起こす。ナイル川に蛙が群がり、あなたの王宮を襲い、寝室に侵入し、寝台に上り、更に家臣や民の家にまで侵入し、かまど、こね鉢にも入り込む。蛙はあなたも民もすべての家臣をも襲うであろう」と。"
 旧約聖書『出エジプト記』第8章より

観衆は大パニックに陥った。モンモランシーは草むらの中で、蛙まみれになって気絶している。もともと蛙が嫌いなルイズは、地面を埋め尽くす蛙を見た瞬間、失神した。キュルケも驚愕して動けず、硬直して倒れ掛かってきた青い髪の少女を抱きとめるのが精一杯。
「な……なんなのよあの子は……なんなのよぉお……」

ギーシュは呆然としている!
ワルキューレたちはまごまごしている!
観客たちは逃げ出した!

「ま、まさか…はっ、そういえばあの子、蛙のほかに『ネズミ』も持っていた! ままままさか……」
キュルケの悪い予感どおり、学院の中からも悲鳴が聞こえた。
「ひいいいいいいっ」

窓ガラスやドアや木の壁を突き破って、ハツカネズミの大群がこちらに向かってくる!!
「「「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」」」

蛙とネズミの大群は、障害物以外は何者をも害することなく、松下の周囲に巨大な円陣をなして集結する。そして松下が『右手』を振るうと、小人の軍勢のようにギーシュとワルキューレに襲い掛かった!!

「たすっ、たす、助けてくれええええええええええええええぷっ」
ギーシュは圧倒的戦力差に文字通り押しつぶされる。薔薇の造花の『杖』はたちまちネズミどもに齧り尽くされ、口には蛙が入り込んで黄色い毒液を滴らせ、せっかくくっついた左耳も右耳もろとも噛みちぎられそうだ。
「降参!! 降参ですっ!! マツシタさまっ!! 命だけは助けてくださあああああぐぇっげぼっ」
魔力の切れたワルキューレたちが土に還っていく。絶体絶命。

「しずまれっ!!」
松下の力強い声が広場に響き渡る。すると蛙とネズミの大群は潮が引くようにギーシュから離れ、蛙は草むらに、ネズミは学院の外へと去っていった。蛙の使い魔『ロビン』は失神しているモンモランシーのもとへ戻り、ハツカネズミの『モートソグニル』は慌ててオールド・オスマンのもとへ戻っていく。全ては何事もなかったかのように、元に戻った……。

失神している多数の教師・生徒諸君を残して。

"『神の右手』ヴィンダールヴ。心優しき『神の笛』。
あらゆる獣を操りて、導きし我を運ぶは地海空。"
 『始祖ブリミルの使い魔たち』アリャマタ・ド・コリャマタ著 より

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