【AZアーカイブ】新約・使い魔くん千年王国 第九章&十章 世界劇場&リッシュモンの変
【第九章 世界劇場】
気絶したモットは数日間休養をとらされ、起き上がるとリッシュモンに心からの感謝と忠節を誓う。自分の杖まで悪徳金融機関から取り返してくれたのだ。命の恩人以上の存在、救世主であった。相当腹黒いものの、あの恐ろしい異能児よりも、よほどまともだ。カネの使い方もはっきりしている。
「……さて、歩けるようにはなったかな。では、従者をつけてやるから、マツシタのところへ行ってくれ。諜報用の暗号で書いた手紙も渡しておく。あいつなら解読可能だろう」
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その頃、松下は平民の富豪の御曹子として、高級ホテルに泊まっていた。貧民窟のチュレンヌを介して、いろいろな情報が日々もたらされる。その他にも王都での情報網は整備した。例の治安維持法で城内に引き篭もっている女王より、よっぽど下情に通ずるようになったはずだ。
「ああ、平民も結構気楽でいいわね。貴族は規則や礼儀作法がとっても厳しいから」
「公爵家ぐらいになればな。下級貴族はその限りでもない。それに、どこでも平民の上流層は貴族並みだぞ。あまりはしたない真似はせんことだな、ゼロのルイズ」
「ご主人様を敬いなさい、この精神的奇形児」
ぎりり、と険悪な空気が漂うが、いつもの事だ。アニエスは気にも留めない。
『地獄の妖怪亭』はしばらく営業停止させたが、スカロンの娘でマネージャーのジェシカが、あのシエスタの母方の従姉妹であることが判明。確かに巨乳黒髪だったが、父親があれって、遺伝子なにやってんの。
「へぇ、シエスタのご主人様なんだ。しかも伯爵様? 本当かしら」
「少々わけありでね。今は平民として、王都の情勢を探っている。きみも協力してくれないか」
「面白そうじゃない、私たちのご意見が女王陛下や『鳥の骨』の枢機卿に伝わるんでしょ? 是非とも言いたい事がたっくさんあるわ。どしどし聞いて頂戴」
「感謝するわ。でも、あんたが店に出て客引きした方が、よっぽど繁盛するわよ。潰れてもいいけど」
「いやー、この店はこう見えても、400年の歴史を誇る老舗なのよ。しかも『漢』専門の。私もこんな店とっとと潰して、金持ちの男をひっかけて遊んで暮らしたいのはやまやまなんだけどさぁ」
スカロンが娘に反論する。
「何てこと言うの、ジェシカ! 400年前、時のトリステインの君主・アンリ3世魅了王陛下から下賜された、この魅了の魔法がかかった家宝『魅惑の妖精の半ズボン』がある限り、わが『魅惑の妖精亭』は潰させないわよ! 常連さんだって悲しむわ」
半ズボンって。つまりあれか、当時は美少年の給仕がいたわけか。そっちはそっちでどうかと思うが。
「……言っておくが、ぼくは履かないからな」
「分かっているわよ。あんたが美少年だなんて、きっと誰も思ってないから」
そんな感じで、情報は着々と集まっていた。
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「……なるほど、分かりました。しっかり目を通しておきます」
ルイズとアニエスから報告書を受け取り、女王は肯く。1週間分のリアルニュースが詰まった、貴重な資料だ。いずれ新聞が出来れば、こうした情報は知識人や、文盲でない庶民にも伝えられるだろう。玉石混交ではあろうが。
女王はルイズを帰し、アニエスと二人になる。
「それと、リッシュモン高等法院長が何か企んでいるとも聞きましたが?」
「調査中です。ただ、破産して行方知れずになっていたチュレンヌとモットが、マツシタにコンタクトしてきました。チュレンヌは貧民窟に棲んでいますが、モットの方は分かりません。身なりはそこそこでしたし」
「なるほど、ではモットの方を調べて下さい。何かつながりがあるのかも」
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モットは用心深く松下にのみ情報を伝え、あとはリッシュモンが用意した平民住宅で、護衛付きで静養している。松下はひとり、リッシュモンとカッフェで密談する。ルイズのお守りはアニエスに任せた。
「……すると、リッシュモン閣下。『薔薇十字団』との連絡法は……」
「ロマリアの教皇が代替わりして、やや疎遠にはなりました。ただ、現教皇の側近のひとりと目されておる、あるゲルマニアの伯爵が、今は仮に代表を務めておるらしいのです」「その伯爵とは……?」
「ブラウナウ伯、アドルフ・ヒードラーという男です。歳は50そこらです」
松下がその名を聞いて、眉根を寄せる。それは、かの第三帝国総統の名前に酷似している。
「彼とも今、連絡が取れなくなっています。伯爵領にもあまり帰らず、大陸中の団員のもとを渡り歩いておるようで。その下には国内有数の銀行や鉱山も抱えており、いまや皇帝や大公・大司教連中に次ぐ富豪だとか」
「ふむ。では、別のルートから探ってみるか。……で、このビラを誰が張り付けているか、目星は付いていますか?」
「部下をやって密かに調べさせてはいますが……貧民窟の住民かも知れませんし」「そっちの方でも、情報はなかったんです。まぁよろしい、協力しましょう」「感謝します。どちらも枢機卿からは、警戒されておりますしなぁ。共存共栄です」
「……ただ、残念ながらアルビオンとの戦争は避けられません。ぼくもタルブで、軍港を調えているし。『レコン・キスタ』の背後にガリアが付いているであろうとは、推測が成り立つのですが……」
「わしは穏健派ですが……ま、仕方ない。やりたい者が戦争すればいいのです。それこそ王党派のいる『薔薇十字団』からも、資金援助があるやも」
松下が再び眉をしかめる。
「まさか、そのために王党派がビラを撒いているんじゃありませんかね。可能性はありそうですが」
「ううむ、その線もありそうですな。だとすると、女王に伝えてもよいのかも。何でも例のウェールズ皇太子は、密かに女王と恋仲だったとも聞きますからな……」
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リッシュモンとの密談も数回に渡ったが、あまりこれといった情報はない。タルブ伯領も平穏そのものだ。たまにシエスタが魔女のホウキで飛来して情勢を伝えている。従姉妹のジェシカは、彼女がマツシタの狂信者になっているのを面白がって見ていたが。
今日は週半ばのラーグの曜日。松下のもとに、また手紙が来た。
「……今度の密談は劇場『タニアリージュ・ロワイヤル座』の客席か。チケットも送ってきた。金持ちのじじいとデートするのも、そろそろ嫌になって来たが……」
「気味の悪い事を言わないで。彼と密談していること、アニエスや女王陛下には、黙っておくからね。今のところ秘密の情報源としては最大のものよ、パトロンとしても」
珍しく、ルイズが空気を読んでくれた。きっと今日は雹まじりの夕立だ。
「『薔薇十字団』の中でのポストは微妙なものらしいがな。じゃあ、きみもたまには同席してくれ。16歳の少女や8歳の少年と、劇場で密談する初老の男か。逮捕されそうだな」
「親戚の娘か孫世代を連れてきたって感じじゃないの? 年齢的には」
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その頃、アンリエッタ女王陛下は、密かに宮中を抜け出していた。激務を頑張ってこなし、1日だけ休日をねだり取ったのだ。身代わりの銃士隊員はベッドに寝かせて、1日部屋に篭らせた。
「政務もあるけれど、私だって羽を伸ばしたいわ。ルイズのところでも行こうかしら」
私服にさせたお付きの女子銃士隊を数人引き連れ、女王はラフな恰好と化粧で王都を歩いていた。誰もこんなところを女王が歩いているとは思うまい。
中央広場の噴水の近くで、男たちが客の呼び込みとビラ配りをしている。
「我らが『タニアリージュ・ロワイヤル座』にて、悲喜劇『トリスタニアの休日』絶賛公演中! 同時公演の冒険活劇『バルバロイ』とともに、コルネイユ氏の名作だよ! 是非いらっしゃい!」
おお、劇場か。ひとつ見てみたい、王宮でも人気のコルネイユだ。10年ほど前、劇の内容が不道徳で、古典劇の鉄則から外れているだのなんだのと批判を受けたが、彼の作品の人気は変わらない。いつの世も、上からの規制より下からの人気が強いのだ。
「よっし、行ってみましょう! 女ばかりというのも、なんですけれど」
銃士隊がさざめくように笑う。
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サン・レミの寺院の鐘が、11時を打った。松下とルイズは、珍しくも二人で中央広場の噴水のそばにいた。アニエスは留守番だ。ルイズは一応おめかしをしていた。最近街娘の間で流行りの、胸のあいた黒いワンピースに黒いベレー帽だ。松下は、いつもの黄色と黒の縞模様の服に加え、裕福そうな装飾をしている。
「ほら、行くわよ。お芝居が始まっちゃうじゃない」
「別に芝居を見に行くわけではないが……ま、いいか。リッシュモンは向こうで待っているそうだし」
『タニアリージュ・ロワイヤル座』は、豪華な石造りの立派な劇場である。円柱が立ち並び、まるでどこかの神殿を思わせるような重厚な建築だ。おめかしした紳士淑女が階段を上り、続々と劇場の中へと吸い込まれていく。松下は招待券を見せ、ルイズの分のチケットを買ってやった。
舞台には緞帳が下りて、辺りは薄暗く、神秘的な雰囲気。なにせ、『シェイクスピアやセルバンテスが半世紀前まで生きていた時代』風な世界だ。史実の17世紀、フランスではシラノ、モリエール、コルネイユ、スカロン、遅れてラシーヌといった劇作家が活躍した。諷刺劇も多く、古代や中世の歴史・神話伝説に取材しており、いろいろと秘教的な装飾も施されていたとか。興味深い。
リッシュモンは、すでに隣席に座っていた。
「いやいや、お呼び出しして済みません。お待ちしておりました」
「やあ、お待たせしました閣下。ところでこれはなんていう劇なんです?」
「『トリスタニアの休日』よ。今流行しているの。この後でやる『バルバロイ』は活劇ね」「どんな話だい? ぼくは知らないんだが」
ルイズが説明する。こういうことは、女性の方が詳しいのだろうか。
「とある国のお姫さまと、とある国の王子さまが、身分を隠してこのトリスタニアにやってくるの。二人は身分を隠したまま出会い、恋に落ちるんだけど……お互い身分がわかると、離れ離れになっちゃうの。悲しいお話よ」
そんなわけで、若い女の子に人気とのことだった。なるほど、客席には若い女性があふれている。口上も終わり、いよいよ開演である。音楽が奏でられ、美しく劇場内に響いた。
この世は舞台なり。人は男も女もみな役者なのだ。誰もがそこでは一役演じなくてはならぬ。
―――シェイクスピアの喜劇『お気に召すまま』より
なかなかの名演だが、芝居を見ていない客が結構いた。その中にいるのは、密談に励む松下とリッシュモンである。密談の内容は、トリステインの将軍たちが聞いたら、ひっくりかえってしまうような話だった。そこでは非常に高度なトリステインの軍事機密が、まるで世間話のように交わされていた。
「で、国内の艦隊の建設状況は?アルビオンも多くの艦隊を失いましたが」
「タルブの人民を督励してやっておりますが、本格的侵攻までには、少なくともあと半年はかかるでしょう。アルビオンには優秀な技術者がいて、結構なスピードで艦隊を増設しているそうです。ひょっとしたら、『悪魔』かも知れません。奴らはこういう事には非常な才能を発揮するのですよ」
リッシュモンが苦笑する。それなら、この異能児だってそうだろう。
「しかし閣下、劇場での接触とは考えましたな」
「なに、木を隠すには森の中。密談をするには、人ごみの中に限ります。ましてやここではひそひそ話をするのが当たり前。芝居小屋ですから」
「考えてみれば、カッフェの密室で膝をつき合わせて密談していれば、やはり怪しまれますからね。いかに閣下の息のかかった場所とは言っても」
「しかし、マツシタ殿の説いておられる『千年王国』ですか? あれは、新教とは何か関係がおありで? 『東方』出身と言うなら、我らともつながりがあるのでしょうか」
「はは、『東方』の宗教にも、いろいろと宗派対立があるのですよ。『千年王国』はその一つ、神の降す大災害と大戦争のあとに救世主が現れ、選ばれた人民を至福の王国に導くというものです。なに、いずれこの国もその名前で呼ばれることになりましょう。あなたの協力のおかげで……」
すっ、といきなり松下が立ち上がる。リッシュモンは引き止めた。
「まだ、何か? ぼくは少々忙しくなりそうなので」
「なに、カーテンコール(終幕)はそろそろです。どうせなら、最後まで見ていきませんか?」
「この王国の? それとも、閣下のですか?」
「そこまでです、反逆者諸君」
後ろの席から、低い女の声がした。……そう、我らが女王、アンリエッタ陛下だった。
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【第十章 リッシュモンの変】
誰も二人の主人に兼ね仕えることはできない。一方を憎んで他方を愛し、一方に親しんで他方を疎んじるからである。あなたがたは、神と富とに兼ね仕えることはできない。
―――新約聖書『マタイによる福音書』第六章より
突如現れたアンリエッタ女王は、にっこり笑って3人を睥睨する。
「さあ、お話は全て聞かせてもらったわ、『国家の敵』リッシュモン、それにマツシタ。ルイズも一体、使い魔にどういう教育をしているのかしら? うふふふふふふふふふふふふ」「へ、へ、陛下、こここここれは」
「問答無用、『レコン・キスタ』の手先の売国奴め。とうとう尻尾を掴んだぞ。モットの身柄も押さえた」
いつの間にか現れたアニエスが、ずらりと剣を抜いてリッシュモンに突きつける。尾けていたのか。この目付けにも当然目付けをつけておいたのだが、始末されたか。不覚だった。
「ち、違います、誤解です陛下! わしはただ、彼が陛下の密命を受け、国情を調査するのに協力して」
「それならそうと、私に言って下さればよろしいのに。こんなところでヒソヒソと、国家転覆の謀計を」
「違います違います違います! マツシタ! あんた、どうにかしなさいよ!」
ええい、面倒な。ひしひしと女子銃士隊に包囲されており、怯える二人を連れて逃げるのは難しそうだ。リッシュモンを犠牲にして逃げようか。その後タルブで独立宣言を行い、それこそアルビオンあたりと結託するか。松下が酷い覚悟を決めた時、リッシュモンに手首を掴まれた。
「詳しい事は、あとでお聞きします! これにて御免!」
リッシュモンが手早く呪文を唱え、杖を床に突く。すると客席の床が液体のように溶け、すーっと3人は地下空間へ落下した。慌てて女王たちも飛び込もうとするが、硬い床のままだ。劇場内は突然の騒ぎに、何かの余興かと喜んでいる。
「追いなさい! アニエス、このあたりの地下通路は分かりますか!?」
「調査しました、陛下! こちらです!」
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劇場の地下、下水道を兼ねた地下空間。3人はひたひたと歩いている。臭いし暗いが、しょうがない。こんな下水道が存在するだけで、王都の衛生状態はかなりマシだ。
「……やれやれ、撒けましたかな。よもやあんな場所で、女王陛下ご本人が出てこようとは」
「寿命が縮んだわ。一体どう言い訳すればいいのよ! マツシタが、余計な事言うからでしょ!」
「しょうがない、『薔薇十字団』のことも、洗いざらい話そう。ルイズもいるし、タルブの信奉者集団があるから、ぼくをすぐにどうこうは出来まい」
「いいや、お前たちは、ここで人知れず始末する」
アニエスの声。ふわりと路地裏の排水孔から飛び降り、用意していた拳銃で、あやまたずリッシュモンの心臓を狙う。
「閣下!」
だが、銃弾は空中で静止し、液体となって落ちた。
『危ないところであったな、リッシュモン。そして「東方の神童」、「虚無の担い手」よ』
「……お、おお、我が『守護天使』!」
リッシュモンの背中に、大きなグリフォンのような翼が生える。ついで赤金色の角が現れ、神々しい有翼の、黄金の雄牛が彼の背後に顕現する。ソロモン王の召喚した72の霊の一柱、『有翼の総裁』ザガム(別名をハアゲンティ)であった。
モーセがシナイ山からなかなか下りて来ないのを見て、民が(モーセの兄)アロンのもとに集まって来て、『さあ、我々に先立って進む神を造って下さい。エジプトの国から我々を導き上った人、あのモーセがどうなってしまったのか、分からないからです』と言うと、アロンは彼らに言った。『あなたたちの妻、息子、娘らが着けている金の耳輪をはずし、私のところに持って来なさい』彼はそれを受け取ると、のみで型を作り、若い雄牛の鋳像を造った。すると民は『イスラエルよ、これこそあなたをエジプトの国から導き上った、あなたの神だ』と言った。
―――『黄金の子牛』:旧約聖書『出エジプト記』第三十二章より
「なるほど、ザガムか。古の守護神獣であり、錬金術に優れている魔神だ。つまり『薔薇十字団』も、悪魔召喚に成功しているのか。さほどに強力でも凶悪でもない堕天使だな。悪人で穏健派の彼には相応しいかも知れん」
『然り。我は他の悪魔のように、争いを好まぬ。ただ知識を人の子に伝えたゆえ、《神》によって追放されたのだ。人の子の女王よ、ここは杖を収めよ。この者は金銭を好むが、別段汝の国を裏切ってはおらぬ』
「ふざけるな、悪魔『ども』め! ここは《聖女の王国》トリステインの王都だぞ! 汚らわしい悪魔などに指図されるいわれはないッ!」
アニエスと銃士隊は銃弾を放つが、全て液体となって流れ落ちる。
『土は金に、石は銀に。あらゆる金属は流れる水銀に帰一し、水銀は金の母胎となるべし。また曰く、水は葡萄酒に、葡萄酒は血液に、血液は聖なる油となって、選ばれし者の頭に注がれん……』
弾切れだ。アニエスは激昂して剣で切りかかるが、それも『水銀』に変わる。
「せ、先住の魔法……!」
『我は悪魔の中でも弱きもの、されど真の『錬金術』により、人の子に我を傷つけることは叶わぬ。例えばこの地下を流れる下水を浄化し、液体を気体や固体とし、逆巻く氷雪の嵐とも成せるのだぞ、女王よ』
いくつもの石つぶてが悪魔の周囲に浮かび上がり、様子を伺うようにくるくると旋回する。
『さあ、決断せよ女王。我らと戦うのであれば、我は支配下にある地獄の33軍団を喚起せしめ、速やかに汝らを殺戮するであろう。いざ、勝敗を決しようか。それとも、降伏するか?』
石つぶてが、ざあっと女王たちに襲い掛かる。それらはぶつかる前に、目の前でぴたりと停まる。よく見れば、黄金だ。
「そういうわけです、アンリエッタ女王。残念です、とても残念です。もし貴女が『ノン』と言えば、ぼくは貴女を拉致してタルブへ逃れ、アルビオンとでも結託するでしょう。トリステイン王国は、六千年の歴史に幕を下ろしますな」
松下は飄々と女王を脅迫する。ルイズはあまりの事に声も出ない。
女王は脂汗を流すが、ようやく口を開いた。
「……いいでしょう。その『薔薇十字団』について、知っていることを洗いざらい吐きなさい。悪魔ザガムよ、あなたの知識も必要です。アルビオン攻めの軍資金を創造していただかねば」
「陛下!!」
「アニエス、ダングルテールの生き残りの貴女が、虐殺を命じたリッシュモンを恨むのも理解できます。しかし、国家の命運は、私情で左右してはなりません。アンリエッタ女王の名のもとに、彼らを赦します」
女王はきっぱりと言い放つ。アニエスはがっくりとくずおれた。崇敬する女王に復讐を否定されては、生きている意味がない。
「貴女は私の剣、私の盾。それに近衛隊長と言えば、元帥とも同格です。胸を張りなさい。復讐の炎を義憤に変え、私と枢機卿の命令に従い、敵を打ち滅ぼしなさい!」
一方、松下は。
「リッシュモンにザガム、ひとまずきみたちを『亜使徒』としよう。金銭や知識に執着しては、身を滅ぼすぞ。それらはもっと大きな目的のために、用いるべきなのだ」
「……それは、『千年王国』とやらの建設ですか?」
女王が微笑むが、松下は動じない。
「ええ、陛下。貴女とてお分かりでしょう、この世がいかに、地獄に近いかと言う事を。戦争、飢餓、疫病、貧困、無知、欺瞞、嫉妬、情欲、暴力、拝金主義。地獄の数を上げれば、まったく数え切れません。それに、悪魔よりも人間の方が、よっぽど恐ろしいのです。だからこのぼくは、唯一なる神の御名のもとに、この世界を一つにしなければならない。トリステインやアルビオン、ガリアやゲルマニアやロマリア、いやハルケギニアという枠組みさえ超えて、世界のあまねく人民が、貧窮や不幸から解放される地上の楽園。それが『千年王国』なのです!」
「……では、私の王権も要らないということになりますね」
「そうです! 新しい権威と新しい王国が現れ、天地が更新され、人間も覚醒して新しくなります。貴女は王国を担う重圧からも解放され、一人の市民として幸福な生活を送れる。粉挽きどころか、奴隷や乞食だって解放され、気軽に貴女と会話できる。それが革命の後に来る、新しい世界です! 魔法が使えるというのは技術に過ぎない、科学が、機械工学が発展すれば、平民だってメイジに勝てる! その時代は、もうすぐそこです!!」
松下の大演説は、王都トリスタニアの下水道に、殷々と響き渡った。
ルイズは頭を抱えた。